四葉からは逃げられない   作:シャケナベイベー

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デートⅡ

 車に揺られること数時間。

 

「……おぉ」

 

 龍郎は思わず感嘆の声を漏らした。

 

 その遊園地はとても巨大だった。

 

 山々に囲まれた広大な敷地。

 色鮮やかなゲート。

 空へ伸びる観覧車。

 

 そして絶叫系アトラクションから聞こえてくる悲鳴。

 

 完全に遊園地である……当たり前なのだけど。

 

「凄いわねぇ」

 

 真夜が楽しそうに目を輝かせる。

 一方、深夜も僅かに目を見開いていた。

 

「……思ったより大きいのね」

「最近出来たばっかりなのに凄い人気らしいな」

 

 弘一がそう補足する。

 

 実際、人も多い。

 

 家族連れや学生、仲睦まじいカップルなど。

 夏休み真っ只中ということもあり、かなり賑わっていた。

 

 一方、龍郎は微妙にそわそわしていた。

 

 遊園地なんて前世含めても殆ど来たことがない。

 子供の頃に家族旅行や修学旅行などで行ったくらいだろう。大人になってからはこういった場所とも縁は無かった。

 

 つまり、まともに“楽しむため”に来るのは久しぶりだった。

 

(うわぁ……なんかテンション上がるな)

 

 少しだけ胸が高鳴る。すると──

 

「龍郎さん」

「ん?」

 

 隣から深夜が声を掛けてくる。

 

「……迷子にならないでね?」

「子供扱いしてない?」

「事実でしょう?」

 

 真顔だった。

 龍郎はジト目になる。

 

「流石に迷子にはならないって」

「でも、龍郎は考え事すると周り見えなくなるからなぁ」

 

 弘一まで追撃してきた。

 

「うっ……!」

 

 否定出来ない。

 実際、前世でも仕事中に考え込み過ぎて電車を乗り過ごしたことがある。

 

「じゃあ──」

 

 真夜がにこっと笑う。

 

「姉さんが手繋いでれば安心ね!」

「真夜!?」

 

 深夜が即座に反応した。龍郎も少し固まる。

 真夜は“良いことを言った”とばかりに満足げだった。

 

 しかし手を繋ぐときたか。

 

(いや子供同士なら普通……か?)

 

 だが、深夜の反応が完全に普通じゃない。

 

「て、手って……」

 

 視線が泳いでいる。

 そんな深夜を見て、真夜は楽しそうだった。

 

「だって姉さん、龍郎さん居なくなったら絶対探し回るでしょう?」

「そ、それは……!」

 

 否定出来ないらしい。

 龍郎は苦笑した。

 

「まあ、はぐれないようには気を付けるよ」

「……本当に?」

「本当に」

 

 深夜はじっと龍郎を見る。

 数秒後。

 

「……なら良いわ」

 

 小さく頷いた。小さなお姫様の許しを貰えたようだ。

 

 だがその直後、不意に風が吹く。

 

「っ」

 

 深夜の白帽子がふわりと浮いた。

 

「あ」

 

 帽子が人混みの方へ飛んでいく。

 

 だが次の瞬間、龍郎が反射的に腕を伸ばしていた。

 そして華麗に空中で帽子を掴み取る。

 

「おっと」

 

 そのまま自然に深夜へ差し出した。

 

「ほら」

「…………」

 

 深夜が固まる。

 

 至近距離で帽子を差し出す龍郎。

 

 少し細められた黒い瞳。

 

 そして──

 

「似合ってるんだから、飛ばされないよう気を付けろよ」

 

 さらり、と何気なく放たれた一言。

 その瞬間、深夜の思考が止まった。

 

「っっっ……!」

 

 顔が一気に真っ赤になる。

 真夜が吹き出し、弘一は空を仰いだ。

 

(無自覚って怖いなぁ……)

 

 当の龍郎本人だけが、本気で何が起きたのか分かっていなかった。

 

「……深夜?」

 

 龍郎は首を傾げた。

 

 帽子を受け取ったまま、深夜がぴたりと固まっている。

 

 顔が赤い。

 というか赤過ぎる。

 

「だ、大丈夫か?」

「…………」

「深夜?」

 

 呼ばれてようやく深夜は我に返った。

 

「〜〜〜っ!!」

 

 だが返ってきた瞬間、余計に恥ずかしくなったらしい。

 帽子を胸元へ抱え込み、ぷるぷる震えている。

 真夜は完全に限界だった。

 

「ふ、ふふっ……!」

 

 肩が震えている。

 弘一も片手で口元を押さえていた。

 

「龍郎さぁ……」

「ん?」

「それ、かなり駄目なやつだからね?」

「何が?」

 

 本気で分かっていない顔だった。

 弘一は遠い目になる。

 

 目の前の少年は無自覚で女の子を落としに行く。

 

 しかも天然、タチが悪い。

 

 一方、深夜はまだダメージを受けていた。

 

(似合ってるって言った……)

 

 しかも自然に。

 何でもないことみたいに。

 

 深夜は帽子のつばをぎゅっと握る。

 

 胸が熱い。

 嬉しい。

 恥ずかしい。

 苦しい。

 

 感情がぐちゃぐちゃだった。

 

「姉さん、顔戻ってないわよ?」

「う、うるさいわ……!」

 

 真夜が追撃する。

 深夜は帽子で顔を半分隠した。

 そんなやり取りを見ながら、龍郎はようやく察する。

 

(……あ、もしかして褒め方まずかった?)

 

 だが変なことを言ったつもりはない。

 本当に似合っていたからだ。

 

 白いワンピース。白帽子。夏の日差し。

 

 絵画から抜け出してきたかのようなそのビジュアル……大変に絵になるだろう。全国の画家が諸手を挙げて描き出そうなルックスも相まっているのかもしれない。

 

「まあまあ、せっかく来たんだからまずは遊ぼうか」

 

 弘一が空気を変えるように笑う。

 

「そうだな」

 

 龍郎も頷いた……その時だった。

 

「きゃああああああ!!」

 

 絶叫が響き、四人の視線が自然とそちらへ向く。

 巨大なレールに急降下。

 

 見るからに絶叫系アトラクションだった。

 

「うわぁ……」

 

 龍郎が若干引く。

 しかし真夜の目が輝いた。

 

「乗りましょう!!」

「「えっ」」

 

 龍郎と深夜の声が揃った。

 弘一は笑っている。

 

「真夜は絶対好きだと思った」

「楽しそうじゃないですか!」

 

 真夜はノリノリである。

 一方で妹とは反対に深夜は明らかに顔が引き攣っていた。

 

「……あの高さから落ちるの?」

「落ちるねぇ」

 

 弘一が爽やかに頷く。

 深夜は黙った。実は高所系が少し苦手だったから。

 

 龍郎がちらりと深夜を見る。

 

「……無理そうなら別のでもいいぞ?」

 

 気遣う声。

 その瞬間、深夜の中で何かが弾けた。

 

「だ、大丈夫よ」

「いやでも」

「乗るわ」

 

 即答。

 しかも妙に気合いが入っている。

 真夜が吹き出した。

 

(姉さん絶対無理してる)

 

 一方、龍郎は少し心配になる。

 

「本当に平気か?」

「平気」

 

 深夜は真顔で頷く。

 だが帽子を持つ手が微妙に震えていた。

 

「……絶対無理してるだろ」

 

 龍郎は半眼になった。

 

「してないわ」

 

 深夜は真顔だった。ただし声が若干硬い。

 加えて帽子を持つ手が震えている。

 

 その一方、真夜は完全に楽しんでいた。

 

「姉さん、今ならまだ引き返せるわよ?」

「引き返さない」

「へぇ〜?」

 

 真夜は愉しそうに笑みを形作る。

 何故って深夜の理由が分かり易すぎるのである。

 

 “龍郎と一緒だから”……それだけで頑張っている。

 弘一は苦笑しながら肩を竦めた。

 

「まあ、そこまで怖くないと思うよ」

「その“思う”が信用ならないんですけど」

 

 龍郎は真顔だった。

 何せ目の前のジェットコースターは普通に高い。そして速い。悲鳴が絶えない。

 

(うわぁ……)

 

 前世でも絶叫系は得意ではなかった。だから適当なアトラクションに乗ったりして時間を繋いだりもしていた。

 

「もしかして龍郎も苦手かい?」

 

 弘一が楽しそうに聞いてくる。ぶん殴りたい衝動を龍郎は抑えた、偉い子。

 

「いや苦手ってほどじゃ……」

 

 そこまで言い掛けて龍郎は気付いた。

 深夜がこちらをほんの少し不安そうに見ていることに。

 

(……あー)

 

 その瞬間に理解した。

 もし自分まで怖がったら、深夜は余計乗りづらくなる。

 

「まあ、乗れば慣れるだろ」

 

 だから、龍郎は肩を竦めて笑った。

 その言葉に深夜の表情がほんの少し柔らかくなる。

 

「……そうね」

 

 嬉しそうだった。

 真夜はその様子を見て、もう笑いを堪えるのに必死である。

 

(姉さんってば本当に分かりやすい)

 

 すると係員が手を振った。

 

「次のお客様どうぞー!」

 

 係員の明るい声が聞こえてくる。

 いよいよである。龍郎は観念した。

 

「……行くか」

「ええ」

 

 深夜も静かに頷く。

 だが階段を登る辺りから、明らかに口数が減った。

 

 そしていよいよ座席へ案内される。

 

「うわ近っ」

 

 二人掛け。

 当然のように龍郎と深夜が隣同士になった。真夜と弘一は後ろ。

 真夜がにこにこしている。絶対わざとだ。

 

「……深夜?」

「な、何かしら」

 

 声が硬い。

 隣を見ると、安全バーを握る手にかなり力が入っていた。

 

「やっぱりやめるか?」

「やめない」

 

 即答。

 だが次の瞬間、コースターが動き始めた。

 

「っ」

 

 深夜の肩が跳ねる。龍郎は思わず苦笑した。

 

「……そんな怖い?」

「こ、怖くないわ」

 

 強がりが丸分かりである。そしてガタン、ガタン、とコースターが上昇を始める。

 

 地面がどんどん遠くなるし風が強い……その時だった。

 

「……っ」

 

 ふいに龍郎の左手へ、柔らかな感触が触れる──深夜だった。

 

 顔を真っ赤にしたまま、視線を逸らしたまま、そっと龍郎の服の袖を掴んでいた。

 

「…………」

 

 龍郎の思考が止まる。その一方、深夜は内心もう限界だった。

 

(無理、怖い……!)

 

 高いし速いし揺れる。

 今更“やっぱり降ります”など絶対言えない。

 

 だから気付けば龍郎の袖を掴んでいた。

 その瞬間、それを見ていた後ろの真夜が無言で弘一の腕を叩いた。

 

(見た!?)

(見たよ)

 

 完全に観戦モードである。

 龍郎は数秒固まった後小さく息を吐き、

 

「……落ちないから大丈夫だ」

 

 出来るだけ優しい声でそう言った。それを聞いた深夜の顔が更に真っ赤に染まる。

 

 そして恐怖のジェットコースターは急降下を始めた。

 結論から言えば、四葉深夜はジェットコースターが嫌いになったと言うべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェットコースターを終えた四人のうち、弘一と真夜は飲み物を買ってくると言ってその場を離れ、龍郎はまるで親の仇かの如くジェットコースターを睨み上げる深夜に付き添ってやることにした。

 

「深夜、大丈夫か?」

「うう……何なのよあれ……! あれならまだ叔父様の精神干渉系統の訓練を受けていた方がマシだわ……!」

 

 訂正、すっかりトラウマになってしまったらしい。

 涙目で縋ってくるその姿にちょっとした愛らしさのようなものを感じながら龍郎は深夜の背を擦る。

 

「そんなに怖かったのか?」

「……逆に龍郎さんは怖くなかったの?」

「四葉式の訓練と比べたら“ああ、こんなもんだったんだ”で済んだ」

「それは龍郎さんがおかしいだけよ」

「凄い悪意のない返しだなぁ」

 

 逆にちょっと傷付いてしまった。

 その時、ふと龍郎は気付いた。

 

「深夜」

「……なあに?」

「ちょっと砕けた話し方になってるな」

 

 そう、遊園地に着くまではどこか距離を感じるような喋り方だった深夜が、高揚感からか少し砕けた物言いになっていたのだ。

 

 打ち解けてくれたみたいでなんだか嬉しい。龍郎の言っている意味を理解したのか、深夜の顔がバッと紅くなる。

 

「え、あ、その……」

 

 口をパクパクさせながら何か言わなければと思考を回す深夜だが、結局何も良い案は浮かんでこなかったので小さくコクリと頷いた。

 

「その、嫌に感じたなら、ごめんなさい……」

「なんでさ。俺は嬉しいぞ、距離が縮まった感じがして」

「うぅ……」

 

 深夜が帽子をより深く被って紅くなっている顔を見られまいと隠そうとする。

 そんな彼女を眺めている内に弘一と真夜が人数分の飲み物を持って帰ってきた。

 

「オレンジジュースを買ってきた……って、何この状況?」

「仲良くなった証ってとこだ」

 

 手をヒラヒラさせながら龍郎は弘一に向けてそう言い、オレンジジュースを受け取った。

 真夜は深夜の様子がおかしいことに気付いたのかニコニコと満面の笑みで話しかけに行く。

 

「姉さん、顔が真っ赤よ」

「……気の所為よ」

「へぇ、そう?」

 

 コロコロと鈴のように笑いながら真夜は姉の隣に腰掛ける。

 そして弘一が龍郎に「次はどこに行く?」と声をかけようとしたとき──

 

「すまない、少し良いかな?」

 

 不意に声を掛けられた。四人が声のした方に目を向ければ、そこにはスーツに身を包んだ数人の男女が立っていた。

 

(こんな真夏にスーツとかよくやるよ……)

 

 サラリーマンか何かかな……なんてことを考えながら、龍郎は深夜を背に庇う。同じように弘一も真夜を後ろに退避させた。

 

「何か用ですか?」

「いやいや、我々は決して怪しいものでは──」

「それなら懐に隠してあるCADに手を伸ばさないでくださいよ」

 

 弘一が冷たい目でそう言えばスーツ姿の男達はぴしりと固まる。精々十代の子供に見抜かれるとは思わなかったのだろう。

 

 それに、もしここで事を起こせば隠れてこちらを見守っている四葉の者たちが駆け付けて即座に無力化されるだろう。

 その時、弘一がコソッと龍郎に耳打ちする。

 

「こいつら、確実に裏社会の人間たちだ」

「深夜達が狙いか?」

「多分ね」

 

 何とまぁ恐れ知らずな連中である。いくらこの時点では名を轟かせてないとはいえ、それでも十師族の人間に手を出そうとするとか愚の骨頂だと思う。

 

 警戒を緩めず、連中を睨んでいた龍郎はふと背後の一人が懐からCADを取り出したのを視認した瞬間に深夜を抱えた。

 

「弘一!!」

「ッ!!」

 

 弘一が素早く障壁魔法を展開、その一秒後に障壁が揺れた。

 

「馬鹿、なんで撃った!?」

「もう誤魔化すのは無理でしょう!?」

 

 何やら言い合いを始めた二人の他のスーツの連中がCADを起動させ魔法を撃ってくる。

 

 遊園地であることもお構い無しらしい。魔法による火の手が上がり、悲鳴が広がった。

 龍郎と弘一は深夜と真夜を抱えてその場を離脱。追いかけてくるスーツたちを撒くことに専念する。

 

「龍郎さん、彼らは……!」

「多分どっかのテロ集団! 魔法の発動に躊躇いが無い!!」

 

 「四葉だ!!」と悲鳴じみた声が聞こえる。どうやら待機していた四葉の人間が制圧に来たらしい。

 

 しかし、どこに潜んでいたのかスーツの軍団がワラワラと湧いてくる。

 

「ゴキブリかよ……!」

 

 障壁魔法を展開して魔法を防ぎながら龍郎は吐き捨てる。

 四葉の人と合流出来れば良いが、逃げ惑う人とスーツの軍団がごっちゃになっていて分かり辛い。

 

「龍郎さん、降ろして」

「は? 何言って──」

「大丈夫よ」

 

 覇気のある言葉に押され、龍郎は抱えていた深夜を降ろす。

 地面に降り立った深夜は自分達に迫ってくるスーツの軍団を見据える。

 

「──跪きなさい」

 

 次の瞬間、深夜の両目が輝き追手たちがバタバタと倒れていく。それを見て弘一は口笛を吹いた。

 

「ルナ・ストライク……もう出来るのか」

「まだ本領には程遠いけれど」

 

 龍郎と弘一は揃って深夜に拍手を送る。わずか十歳にしてこれほどの魔法を行使出来るのだからさすがと言えよう。

 

「深夜お嬢様! 真夜お嬢様!」

 

 その時、数人の男女が龍郎たちのもとに駆けてくる。先ほどまで他のスーツの軍団たちを相手にしていた四葉の人たちだ。

 

「ご無事でしたか!」

「ええ、龍郎さんと弘一さんが護ってくれたから」

「そうでしたか……二人とも感謝する。お嬢様たちを守ってくれてありがとう」

「俺は何もしてませんよ」

「そう謙遜しなくても良いと思うけど」

 

 クスクス笑いながらそんなことを言う弘一の横腹を軽く殴り、龍郎はさっさと連行されていくスーツの軍団を眺める。

 

「普通のテロリストにしては随分と四葉を恐れてたな」

「奴らがどこに属してるのか……徹底的に洗わないと不味いかもね」

 

 弘一の言葉に頷き、龍郎は深夜たちの方に向かう。

 

 心中で嫌な予感を感じながら。




次回から時間は飛んで2062年の舞台になりまぁす!!
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