ウマ娘 ロストロード   作:ツカッチ

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トレーナーのみなさん、こんにちは。

キタサンの笑顔を見たロードの反応は……。


第二十三話 笑顔の約束 後

「いつまでそんな顔をしているつもり?」

 

 瞬間。キタサンから、笑顔が消えた。

 先ほどまで淀みなく動いていた彼女の口が、ぴたりと止まる。

 

「……そんな顔って。」

 

 しばらくして。

 

 キタサンは、小さく呟いた。

 

「あたし、いつも通りだよ?」

 

 その声には、先ほどまでの明るさがなかった。

 

 それでも。

 

 まだ笑おうとする。

 

 けれど、一度消えた笑顔は戻らない。

 

「いつも通り?」

 

 ロードは、問い返した。

 

「そうだよ!」

 

 キタサンは答える。

 

「負けちゃったけど、レースは最後まで走り切ったし!」

 

「後悔なんてないよ! だから――」

 

「それ、本当に思ってる?」

 

「……っ。」

 

 言葉が止まった。

 

 ロードの視線から、逃げることができない。

 

 キタサンは俯いた。

 

 自分でも分かっていた。

 さっきから口にしている言葉が、本心ではないことくらい。

 

 次がある。もっと強くなればいい。

 

 そんなことは分かっている。

 

 分かっているからこそ。

 

 今、苦しくないわけがなかった。

 

「……俺は。」

 

 ロードが、静かに口を開く。

 

「俺は、そんなつもりで約束したわけじゃない。」

 

 キタサンの肩が、小さく揺れた。

 

「笑顔でまた会おうって、あの時確かにそう言った。」

 

「でも。」

 

 ロードは、一度言葉を切る。

 

「この状況で俺のために笑ってほしいなんて、微塵も思ってない。」

 

「俺のために無理をして、自分の気持ちを押し殺して、みんなを心配させるなら――」

 

 ロードは、キタサンを真っ直ぐに見た。

 

 

 

「俺はもう、キタサンのレースは観れない。」

 

 

 

「……っ!」

 

 キタサンが、息を呑む。

 

 周囲の誰も口を挟まなかった。

 

 ロードの言葉は、決して優しくはない。

 

 けれど。

 

 そこに嘘がないことだけは、誰にでも分かった。

 

 その言葉の後、キタサンは少しも動かなかった。

 

 反論もない。俯くこともない。

 ただ、虚ろな瞳でロードを見つめていた。

 

「………。」

 

 ロードは、そんなキタサンの様子をしばらく見ていた。

 

 そして。

 

「沖野トレーナー。」

 

 不意に名前を呼ばれ、沖野が顔を上げる。

 

「少しだけ、二人にしてもらえませんか。」

 

 その言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちた。

 

「……分かった。」

 

 沖野は静かに頷く。

 今キタサンをどうにかできるのは、この場にロードしかいないと考えていたからだ。

 

「じゃあ……終わったら連絡してくれ。」

 

「はい。」

 

 ロードが頷く。

 

 沖野はもう一度だけキタサンを見る。

 

 何かを言いたそうにして。

 

 しかし、最後には何も言わなかった。

 

「……お前ら、行くぞ。」

 

 沖野の言葉を合図に、スピカのメンバーたちもゆっくりと歩き出す。

 

 テイオーとマックイーンは何度も振り返った。

 スペとスズカも不安そうに足を止めかける。

 ウオッカとスカーレットは固く拳を握る。

 ゴールドシップも少しだけ顔を俯かせていた。

 

 けれど。

 

 誰も、キタサンには声をかけなかった。

 今の彼女に必要なのが自分たちではないことを、誰もが分かっていたから。

 

 やがて。

 

 その場には、ロードとキタサンだけが残された。

 

「……座ろう。」

 

 ロードは、自分が座っていたベンチへ視線を向けた。

 

 キタサンは何も答えない。

 ただ言われるがままに歩き、ゆっくりとベンチへ腰を下ろした。

 

 ロードもまた、ベンチに向かう。

 

 けれど。

 

 彼が向かったのは、キタサンの隣ではなかった。

 

 反対側にあるもう一つのベンチ。

 キタサンと背中を合わせるかのように、静かに腰を下ろす。

 

 互いの顔は見えない。

 ただ、相手がそこにいることしか分からない。

 

「……隣、座らないんだね。」

 

 しばらくして、キタサンが呟いた。 

 

 その声は、普段のキタサンからは考えられないほど、小さなものだった。

 

「そのほうが、キタサンにとってもいいだろ。」

 

「……どうして?」

 

「………。」

 

 ロードは答えなかった。

 

 否、答えるつもりがなかった。

 

 もしこの後キタサンが泣いたとしても、その涙を自分に見せないようにするため。

 そんなことを言えば、きっと彼女はまた泣くことすら我慢してしまう。

 

 だから。

 

「俺の顔を見ながら話すより、こっちの方が話しやすいかなって。」

 

 それだけを答えた。

 

「……そう、かも。」

 

 キタサンは、それ以上聞かなかった。

 

 二人の間に静かな時間が流れる。

 

 けれど。

 

 背中越しに感じる温もりだけが。

 

 互いがすぐそこにいることを、確かに伝えていた。

 

「……一つ。」

 

 しばらくの沈黙の後、ロードが口を開いた。

 

「俺の話を聞いてほしい。」

 

 キタサンは答えない。

 

 ただ、背中越しに小さく頷いた。

 

「キタサンがさっきまで頑張って笑っていたのは、俺と交わした『笑顔でまた会おう』って約束を守りたかったんだよね。」

 

 キタサンの反応は分からない。

 それでも、構わず続けた。

 

「でもそれは誰も喜ばないし、喜べない。みんな心配して当然だよ。」

 

 キタサンは、何も言わない。

 

 ただ。

 

 ロードの言葉を、静かに聞いていた。

 

「もちろん、作り笑顔が悪いって言いたいわけじゃない。特に、さっきのウィニングライブには必要なものだと思う。」

 

「たとえバックダンサーでも、ファンに感謝を伝えるために笑顔を見せなきゃいけない。」

 

「でも。」

 

 そこで、一度言葉を切る。

 

「全部が終わった後まで、ずっと笑っている必要はないんじゃないかな。」

 

「悔しい時は悔しがればいいし、泣きたいなら泣いてもいい。」

 

「じゃないと、見ているみんなも辛いし……何より、キタサン自身が辛くなる。」

 

「……うん。」

 

 キタサンは、小さな返事をする。

 

 ロードは星空を見上げながら、話を続けた。

 

「俺は――キタサンに笑顔でいてほしい。」

 

 背後で、僅かに空気が動いた。

 

「でもそれは、約束を守るために笑えってことじゃない。」

 

「悔しがって、泣いて、自分の感情を整理して――」

 

「そこで初めて、俺たちは笑顔で再会できるんだと思う。」

 

 静寂。

 

 背中合わせの二人の間に、静かな時間が流れる。

 

「だからさ、キタサン。」

 

「今、無理に笑う必要なんてないよ。」

 

「約束を守るのは、今日じゃなくてもいい。明日でも、明後日でも、一週間後でもいい。」

 

「キタサンが、本当に笑えるようになった時でいい。」

 

 ロードは、ベンチの背もたれに身を預けた。

 

「その時にまた、笑って会おう。」

 

 しばらく。

 

 二人の間に、静かな時間が流れていた。

 

 ロードは何も言わない。

 

 キタサンもまた、何も言わなかった。

 

 ただ。

 

「……っ。」

 

 背後で、小さく息を呑む音がした。

 

「…………。」

 

 何かを堪えるような。

 

 必死に、息を整えようとしているような音。

 

「……ひぐっ。」

 

 微かな嗚咽。

 

 ロードは、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……っ、う……。」

 

 声を出さないようにしているのが、分かる。

 

 唇を噛んで。

 

 何度も息を飲み込んで。

 

 それでも。

 

 押し殺していた感情は、もう止められなかった。

 

「……悔しい。」

 

 消え入りそうな声だった。

 

「……悔しいっ……!」

 

 言葉と一緒に。

 

 小さな嗚咽が漏れる。

 

「ロードくんに……みんなに……」

 

 震える声。

 

「あたしがっ……」

 

 最後まで言えない。

 

 何度も、息を吸う。

 

「……あたしが勝つところ、見せたかったのに……!」

 

 その直後。

 

 再び、嗚咽を押し殺す音が聞こえた。

 

「……っ、うぅ……!」

 

 ロードは、振り返らなかった。

 

 目を閉じたまま。

 

 ただ、その声を聞いていた。

 

 泣きたければ、泣けばいい。

 

 今のキタサンに必要なのは、ずっと胸の奥に閉じ込めていた感情を、誰にも隠さず外へ出すことだった。

 

 だから。

 

 ロードは、何も言わなかった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 どれほどの時間が経ったのか。

 背後から聞こえていた啜り泣く声は、いつの間にか止んでいた。

 

「……もう、大丈夫か?」

 

 ロードが静かに尋ねる。

 

「……うん。」

 

 少しだけ掠れた声が返ってくる。

 

 ロードは頷いた。

 

「じゃあ、沖野トレーナーに連絡するよ。」

 

 そう言ってスマホを取り出そうとした時。

 

「……待って。」

 

 ロードの動きが止まる。

 

 キタサンが、小さく続けた。

 

「……隣、座って。」

 

 一瞬。

 

 ロードは何も言わなかった。

 

 それから。

 

「分かった。」

 

 短く答え、立ち上がる。

 

 そして、これまで背中合わせに座っていたベンチを離れ、キタサンの隣へ腰を下ろした。

 

 二人の間には、僅かな距離があった。

 

「……あのさ。」

 

 不意に。

 

 キタサンが口を開いた。

 

「……あたしのこと。」

 

 そこで、言葉が止まる。

 キタサンは膝の上で、両手を握った。

 

 何かを言い出すことを、まだ少しだけ迷っているようだった。

 

 それでも、勇気を振り絞る。

 

「あたしのこと……まだ、信じてくれてる?」

 

 ロードは一瞬だけ目を丸くした。

 

 けれど。

 

「当たり前じゃん。」

 

 すぐに、いつもの調子で言った。

 

「え……。」

 

「キタサンがどんな結果を残そうと、俺はキタサンを信じ続けるよ。」

 

「で、でも……あたし、14着だったんだよ。」

 

 キタサンは、俯きながら呟いた。

 

 声に、先ほどまでの明るさはない。

 

 自分でも分かっている。

 

 今日の自分は、何もできなかった。

 

 先頭を走っていたのに。

 

 最後の直線で、次々と抜かれていった。

 

 ドゥラメンテには、大きく突き放された。

 

 その結果が、14着。

 

「その……こんなダメダメなあたしを信じる理由なんて、どこにも――」

 

 言葉が、そこで途切れる。

 

 キタサンは膝の上で、ぎゅっと拳を握った。

 

 ロードは、そんな彼女を見つめていた。

 

 そして。

 

「理由なら、あるよ。」

 

 あまりにも迷いのない声だった。

 

 キタサンが顔を上げる。

 

 ロードは、少しも躊躇うことなく彼女を見ていた。

 

 

 

「俺は、キタサンのファンだから。」

 

 

 

「……ファン?」

 

 思いもよらなかった言葉に。

 

 キタサンは、ぽかんと口を開けた。

 

「そう、ファン。」

 

「ファン……!?」

 

 思わず声が大きくなる。

 

 そんなキタサンを見て、ロードは少しだけ笑った。

 

「あの日……河川敷で握手を交わした日から、キタサンのファンだよ。」

 

 あの日。

 

 何もできなかった自分。

 

 やりたいことすら見つけられず。

 

 ただ、立ち止まっていた自分の前に。

 

 彼女は現れた。

 

『まずは、やってみよう!』

 

 できるかどうかなんて、関係ない。

 

 結果がどうなるかも分からない。

 

 それでも。

 

 まずは一歩を踏み出す。

 

 そんな彼女の姿勢に。

 

 ロードは、確かに心を動かされた。

 

「キタサンは、俺の背中を押してくれた。」

 

「できるかどうか分からなくても、とりあえずやってみる。」

 

「俺には、自分からその一歩を踏み出せなかったから。」

 

 ロードは、空を見上げた。

 

「……キタサンにとって俺は、“ただの友達” かもしれないけど――」

 

 ロードは、キタサンを見る。

 

「俺にとってのキタサンは、“憧れ” なんだ。」

 

 その瞳には。

 

 迷いも。

 

 曇りもなかった。

 

 ただ真っ直ぐに、目の前の憧れを見つめている。

 

「………。」

 

 キタサンの胸が、僅かに高鳴る。

 

 ファンだと言ってくれた。

 

 憧れだと言ってくれた。

 

 それは、どうしようもなく嬉しかった。

 

 けれど同時に、少しだけ引っかかるものがあった。

 

「た……ただの友達なんかじゃ、ないよ。」

 

 キタサンは胸の前で拳を握る。

 ドク、ドク、と心臓が全身を叩いている。

 

 怖い。

 この気持ちを伝えるのが、堪らなく怖い。

 

 けれど、ここから誤魔化す方法は、何も浮かばなかった。

 

 頭が真っ白になりながらも、キタサンはロードを見た。

 

「あたしはっ……ロードくんのことが……!」

 

「お、元気そーじゃん。」

 

「「……っ!?」」

 

 二人の動きが止まる。

 

 聞こえた声の方へ視線を向けると。

 

 そこには。

 

「よっ。」

 

 いつものように笑うゴールドシップの姿があった。

 

 その後ろには、沖野やスピカのメンバーたちもいる。

 

「連絡はまだしてないですよね?」

 

 ロードが首を傾げる。

 

「連絡は確かに来てないな。」

 

 沖野は後頭部に手を当てる。

 

「ただ……やっぱり心配になってな。」

 

 そう言いながら沖野はキタサンを見た。

 

 その姿は、先ほどまでとは違う。

 

 少し赤くなった目。

 けれど、確かにそこには生気が戻っていた。

 

「まぁ。」

 

 沖野は、僅かに笑う。

 

「それは杞憂だったみたいだ。」

 

「キタちゃーん!!」

 

「!?」

 

 勢いよく飛び出したテイオーが、キタサンに抱きつく。突然の出来事に、キタサンは目を丸くした?

 

「ボクたち、本当に心配したんだよ!?」

 

「テイオーさん……。」

 

 その後ろから。

 

 スペやスズカ、マックイーンたちも続く。

 

「ほ、本当に大丈夫ですか?」

 

「無理していない?」

 

「何かあったら、ちゃんと言ってくださいね。」

 

 次々と声をかけられ。

 

 キタサンは、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 そして。

 

「……ごめんなさい。」

 

 深く、頭を下げる。

 

「みんなが心配してくれてるのに。」

 

「大丈夫なふりをして。」

 

「平気な顔をしてれば、みんなも安心すると思ってました。」

 

 拳を握る。

 

「でも。」

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 

「全然、違いました。」

 

「余計に心配させちゃって。」

 

「……本当に、ごめんなさい。」

 

 一瞬の沈黙。

 

 すると。

 

「もう!」

 

 テイオーが頬を膨らませる。

 

「謝るくらいなら、最初から頼ってよ!」

 

「そうですよ!」

 

 スペも、困ったように笑った。

 

「私たち、キタさんの先輩なんですから。」

 

「一人で抱え込む必要なんてないのよ。」

 

 スズカが優しく言う。

 

「ええ。辛い時は、仲間に頼ることも大切です。」

 

「……はい。」

 

 マックイーンの言葉に、キタサンは小さく頷いた。

 

 その瞳はまだ少し赤い。

 

 けれど。

 

 もう、先ほどまでのような虚ろな色はなかった。

 

「……次からは。」

 

 キタサンは、皆を見渡す。

 

「ちゃんと、言います。」

 

「悔しい時は悔しいって。」

 

「辛い時は辛いって。」

 

 そして。

 

「だから……これからも、よろしくお願いします。」

 

 一瞬。

 

 皆が顔を見合わせる。

 

 そして。

 

「もちろんです!」

 

 最初に答えたのは、スペだった。

 

「当たり前だよ!」

 

「ええ。」

 

「当然ですわ。」

 

 次々に返ってくる声。

 

 それを聞きながら。

 

 キタサンは、ゆっくりと笑った。

 

 今度は。

 

 何かを隠すためではない。

 

 本当に。

 

 心からの笑顔だった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 キタサンを囲む仲間たちの輪から、ロードは静かに離れた。

 

 彼女の周りには、すでにテイオーやスペたちが集まっている。

 

 泣いてしまったことを謝るキタサン。そんな彼女に、仲間たちは次々と言葉をかけていた。

 

 もう、自分があそこにいる必要はない。

 そう判断したロードは、少し離れた場所でその様子を見守っていた沖野、ウオッカ、スカーレットの元へ歩いていく。

 

「……どうやって、キタサンを立ち直らせたんだ?」

 

 ロードが近づいてくると、沖野は真っ先にそう尋ねた。

 

 その声には、純粋な疑問が含まれていた。

 

 ウィニングライブの後、自分たちは何度もキタサンに声をかけた。

 

 無理に笑わなくていい。

 悔しいなら、悔しがっていい。

 

 けれど。

 

 何を言っても、キタサンは笑顔を崩さなかった。明るい声で『大丈夫だ』『平気だ』と、そう言い続けていた。

 

 そんなキタサンが、今は仲間たちの前で、泣いたことを素直に謝っている。

 

 そして。

 

 もう一度、ちゃんと笑えている。

 

「別に、立ち直らせたわけじゃないですよ。」

 

 ロードは、少しだけ首を横に振った。

 

「話をしただけです。」

 

「話?」

 

「はい。」

 

 ロードは一度だけ、キタサンの方を見る。

 

 仲間たちに囲まれている彼女の姿。

 

 先ほどまでとは違う。

 

 そこにあるのは、誰かに見せるために作った笑顔ではなかった。

 

「……レース前に、キタサンと約束をしたんです。」

 

 そして。

 

 ロードは、これまでの経緯を話した。

 

 ダービーの前。レースを終えた後、笑顔でまた会おうと交わした約束。

 

 キタサンが、その言葉を守ろうとしていたこと。

 

 負けても、悔しくても。

 自分の前では笑っていなければならないと、そう思い込んでいたこと。

 

 そして。

 

 ロードが、その約束の意味を変えたこと。

 

 悔しいなら悔しがればいい。

 泣きたいなら泣いていい。

 

 感情を押し殺したまま笑うのではなく、ちゃんと自分の気持ちと向き合った後で、また笑って会えればいいのだと。

 

 ロードが話し終えるまで。

 

 沖野たちは、誰も口を挟まなかった。

 

「……なるほどな。」

 

 やがて。

 

 沖野が、小さく息を吐く。

 

 その視線の先には、キタサンの姿があった。

 

 赤く腫れた目元。

 時折、照れくさそうに笑う姿。

 

 けれど。

 

 先ほどまでの不自然な明るさは、もうどこにもなかった。

 

「俺たちも、似たようなことは言ったんだけどな。」

 

 沖野は、どこか自嘲するように笑った。

 

「もっと悔しがっていい。」

 

「無理に笑わなくていい。」

 

「辛いなら、辛いって言っていい。」

 

 どれも。

 

 間違った言葉ではなかったと思う。

 

 少なくとも。

 

 キタサンを心配していたからこそ、出てきた言葉だった。

 

「でも、届かなかった。」

 

 沖野の言葉に。

 

 ロードは何も言わなかった。

 

「あいつはずっと笑ってた。」

 

「俺たちが心配すればするほど、大丈夫だって言って。」

 

 沖野の声がわずかに小さくなる。その声色には、悔しさが滲んでいた。

 

「……多分、あの時のキタサンには。」

 

 スカーレットが、小さく口を開く。

 

「『泣いていい』って言われても、泣けなかったのよ。」

 

 ロードたちが、彼女へ視線を向ける。

 

「 “泣かないようにしてた” んじゃなくて、“泣いたらダメだ” って、自分で決めてしまってた。」

 

「だから、あたしたちが何を言っても、キタサンは自分の決めたことを変えなかった。」

 

 その言葉に。

 

 沖野は小さく頷いた。

 

 まさに、その通りだった。

 

 キタサンは、頑固だった。

 

 笑うと決めた。

 大丈夫だと決めた。

 約束を守ると決めた。

 

 だから。

 

 周囲がどれだけ心配しても、彼女は自分で決めたその形を崩そうとはしなかった。

 

「……ルベウスの『レースを観れない』の一言が、一番効いたのかもな。」

 

 不意に、ウオッカが呟いた。

 

 ロードの視線が、そちらへ向く。

 

 ウオッカは思い返す。

 

 ロードの言葉を聞いた瞬間。

 

 キタサンの笑顔が、消えた。

 

 誰が何を言っても崩れなかったものが。

 

 あの一言で、初めて止まった。

 

「俺たちは、とにかくキタサンを傷つけないようにしてた。」

 

「これ以上辛い思いをさせないようにって、言葉を選んでた。」

 

「……確かに、言われてみればそうかもな。」

 

 沖野はウオッカの話に賛同し、ロードへと視線を向けた。

 

 そして、少しだけ苦笑するように話し始める。

 

「『自分のために無理をするなら、レースは観れない』……。」

 

「あの言葉は、キタサンにとって相当効いたはずだ。」

 

「……そうでしょうね。」

 

 ロードは否定しなかった。

 

 あの言葉を聞いた時。

 

 キタサンの表情は、完全に止まっていた。

 

 自分が何を言われたのか。

 

 理解するまで時間がかかったように。

 

 ただ虚ろな目で、その場に立ち尽くしていた。

 

「言い方は、かなり悪かったと思います。」

 

「でも……」

 

 ロードは、一度言葉を止める。

 

 何かを思い出すように。

 

 少しだけ視線を伏せた。

 

「……似たようなことをする人がいたんです。」

 

「似たようなこと?」

 

 スカーレットが首を傾げる。

 

「無理をして、本当の気持ちを隠して。なのに、俺の前で笑っている。」

 

 ロードは、ゆっくりと続けた。

 

「それは、いったい……?」

 

 沖野が尋ねる。

 

 一瞬だけ。

 

 静寂が落ちた。

 

 そして。

 

 

 

「ーー俺の両親です。」

 

 

 

 その答えに。

 

 三人は、僅かに目を見開いた。

 

 ロードは、遠くを見るような目をしていた。

 

「俺が小さい頃、自分のことを色々と調べていた時期がありました。」

 

 自分の脚。

 

 自分の身体。

 

 そして。

 

 自分が、他のウマ娘たちとは違うということ。

 

「両親も、悩んでいたんだと思います。」

 

 ロードの将来について。

 

 この先。

 

 どんな道を選ぶのか。

 

 選ばせることができるのか。

 

「でも、俺の前では。」

 

 ロードは、小さく笑う。

 

「一度も、そんな顔を見せませんでした。」

 

「いつも通り笑って、『大丈夫だ』って言って。」

 

「『何も心配することなんてない』って。」

 

 両親は。

 

 きっと、ロードを心配させたくなかった。

 

 自分たちが不安な顔を見せれば。

 

 子供であるロードも、不安になる。

 

 だから。

 

 笑っていたのだろう。

 

「……でも。」

 

 ロードの声が、少しだけ低くなる。

 

「ずっと見ていたら、少しずつ分かってくるんですよね。」

 

 誰も口を挟まない。

 

「二人が俺の前では笑っていること。」

 

「でも、その裏で悩んでいることくらい。」

 

「何となく、分かってしまう。」

 

 ロードは、静かに息を吐いた。

 

「もちろん、両親を責めるつもりはありません。俺のためにそうしていたんでしょうから。」

 

「それでも。」

 

 そこで。

 

 ロードは言葉を止めた。

 

「……嫌だったんです。」

 

 真っ直ぐに。

 

 そう言った。

 

「自分が原因で、誰かが、本当の気持ちを隠すのが。」

 

 三人の表情が、僅かに変わる。

 

「俺のために笑っている。」

 

「心配させないために、平気なふりをする。」

 

「……そんなことをさせている自分が、嫌だった。」

 

 そして。

 

 ロードの視線は、自然とキタサンへ向かう。

 

 仲間たちと話している。

 

 先ほどまで泣いていたとは思えないほど。

 

 今は、穏やかな表情をしていた。

 

「キタサンは、俺との約束を守るために笑っていた。」

 

「……言い方を変えれば、俺が原因だったんです。」

 

 その言葉に。

 

 沖野たちは、何も言えなかった。

 

「だから。」

 

 ロードは、続ける。

 

「あのままのキタサンを、見ていられなかった。」

 

「俺のために。俺との約束のために。」

 

「自分の気持ちを押し殺しているなら。」

 

 少しだけ。

 

 困ったように笑う。

 

「……それを止めるのは、俺の役目だと思ったんです。」

 

 静かな風が吹き抜ける。

 

 しばらく。

 

 誰も言葉を発さなかった。

 

 やがて。

 

「……ルベウスがああ言った理由も、よく分かった。」

 

 沖野が、ゆっくりと口を開く。

 

「キタサンを突き放したかったわけじゃない。」

 

「むしろ、逆だったんだな。」

 

「はい。」

 

 ロードは頷く。

 

 そして、沖野は小さく笑った。

 

「結果的には。」

 

 一度、言葉を探すように間を置く。

 

「俺たちができなかったことを、お前はやってのけたってわけだ。」

 

 ロードは首を横に振った。

 

「俺は何かをしたわけじゃないですよ。」

 

「キタサンが、自分で感情を出しただけです。」

 

「それでもだよ。」

 

 沖野の声は、はっきりとしていた。

 

「きっかけを作ったのは、お前だ。」

 

 ロードは、少しだけ目を丸くする。

 

 沖野は、キタサンの方を見た。

 

「……ありがとうな、ルベウス。キタサンを助けてくれて。」

 

 一瞬。

 

 ロードは何も答えなかった。

 

 すると、隣で聞いていたウオッカが静かに口を開く。

 

「……悔しいけど。」

 

 拳を、軽く握る。

 

「俺たちじゃ、何もできなかった。」

 

「そうね。」

 

 スカーレットも、キタサンへ視線を向ける。

 

「無理してることは分かってた。」

 

「笑顔が作り物だってことも。」

 

「……でも。」

 

 スカーレットは少しだけ言葉を止めた。

 

「あたしたちは、その笑顔を崩すことができなかった。」

 

 崩す。

 

 それは少し、乱暴な言葉かもしれない。

 

 けれど。

 

 あの時のキタサンには、きっと必要なことだった。

 

 自分自身で作り上げた、絶対に崩してはいけない笑顔。

 

 その殻を、誰かが取り払う必要があった。

 

「ルベウス君がいなかったら。」

 

 スカーレットは、真っ直ぐにロードを見る。

 

「キタサンは、あのまま笑ってたと思う。」

 

「無理をして、一人で抱え込んで、そしてーーもっと辛くなってた。」

 

 そう言って、スカーレットは微笑んだ。

 

「だから、ルベウス君。」

 

「キタサンを助けてくれて、ありがとう。」

 

「……俺からも。」

 

 ウオッカも続けた。

 

「ありがとな、ルベウス。」

 

 沖野、スカーレット、ウオッカの三人から向けられた言葉。

 

 ロードは、少しだけ困ったように笑った。

 

「……どういたしまして。」

 

 そう答えながら。

 

 ロードは再び、キタサンの方を見る。

 

 仲間たちに囲まれ。

 

 何かを言われて。

 

 困ったように笑っている。

 

 けれど。

 

 もう。

 

 その笑顔に無理はなかった。

 

 ロードは、静かに息を吐く。

 

 そして。

 

 ほんの少しだけ。

 

 安心したように目を細めた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 一行がトレセン学園に帰って来た頃には、時刻は21時を回っていた。

 正門でロードたちが雑談していると、そこに一台の車が現れる。それは、沖野の車だった。

 

 それは、ロードを家に送り届けるため。いくら雰囲気が大人びていると言っても、彼は中学2年生。まだまだ子供である。

 

 ロードは、その助手席のドアへ手をかけた。

 

「では、失礼します。」

 

「またな、ルベウス!」

 

「気をつけてねー!」

 

 スピカのメンバーたちが、それぞれロードへ声をかける。

 

 ロードも軽く手を上げ、それに応えた。

 

 そして。

 

 車へ乗り込もうとした、その時。

 

「……ロードくん!」

 

 大きな声で名を呼ばれる。

 振り返ると、キタサンが立っていた。

 

 何かを言いたそうに。けれど、なかなか言い出せないように。

 両手を胸の前で握りながら、もじもじとしている。

 

「……あ、あのね。」

 

 キタサンは、ゆっくりと顔を上げる。

 

「もう、自分の気持ちを隠したりしないって約束するから……。」

 

 その声には、ほんの少しだけ不安が混じっていた。

 

 やはり。

 あの言葉は、キタサンにとって大きな衝撃だったのだろう。

 

 それでも。

 

 もう一度。

 

 自分から、一歩を踏み出す。

 

「次のレースも……観に来てほしい。」

 

 一瞬。

 

 ロードは、キタサンを見つめた。

 

 そして。

 

 ふっと、微笑む。

 

「もちろん。絶対に観に行くよ。」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 キタサンの表情が、パッと明るくなった。

 

「ほ、本当!?」

 

「うん。」

 

 嬉しそうに笑うキタサン。

 

 その姿を見て。

 

 ロードは、少しだけ目を細めた。

 

「……やっぱり。」

 

「?」

 

「キタサンは、その顔が一番似合ってる。」

 

「………。 ッ‼︎!⁇」

 

 一瞬。

 

 キタサンの動きが止まる。

 

 そして。

 

 みるみるうちに、顔が赤くなっていく。

 

「かっ、揶揄わないでよ!」

 

「揶揄ってなんかないよ。」

 

「っ……!」

 

 どうして、こうも平気な顔をしてこんなことが言えるのか、キタサンには分からなかった。

 

 その一方で。

 

 キタサンの尻尾が、勢いよく左右に振れている。嬉しいという気持ちだけは、隠しきれなかった。

 

「それじゃ。」

 

 ロードは、再び車のドアへ手をかける。

 

「おやすみ、キタサン。」

 

 キタサンは、赤くなった顔のまま。

 

 それでも。

 

 しっかりとロードを見る。

 

「うんっ!」

 

 そして。

 

「おやすみ、ロードくん!」

 

 その声を聞きながら。

 

 ロードは、沖野の車へ乗り込んだ。

 

 ゆっくりと走り出す車。

 

 テールランプがどんどん遠ざかっていく。

 

 その赤い光が見えなくなるまで、キタサンは手を振り続けた。

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 夜の風が、頬を優しく撫でる。

 

 長かった一日が、ようやく終わろうとしていた。

 

 日本ダービー。

 

 結果は、14着。

 

 決して忘れられるような一日ではない。

 

 けれど。

 

 今のキタサンの表情には、レース直後にあった苦しさはもうなかった。

 

 もちろん。

 

 悔しさが消えたわけではない。

 

 14着という結果を、受け入れられたわけでもない。

 

 それでも。

 

 自分の気持ちから目を逸らさず、ちゃんと向き合うことができた。

 

「……そういえば。」

 

 不意に。

 

 テイオーが、隣に立つキタサンへ視線を向けた。

 

「最後、ルベウス君と何の話してたの?」

 

「え?」

 

 テイオーは、先ほどの光景を思い出すように首を傾げる。

 

「ほら、『揶揄わないで!』って叫んでたじゃん。」

 

 その言葉に。

 

 キタサンの身体が、ぴたりと固まった。

 

「な、何でもないです!」

 

 勢いよく答え、プイ、と顔を背ける。

 

「その割には、尻尾の動きがすごかったよな。」

 

 追い打ちをかけるように、ゴールドシップが言った。

 

「えっ!」

 

 思わず自分の尻尾に触れるキタサン。

 しかし、すでに尻尾は落ち着きを取り戻している。

 

「教えてよ〜。」

 

 テイオーが、にやにやと笑いながら顔を近づける。

 

「教えてくれよ〜。」

 

 ゴルシも同じような表情を浮かべる。

 

 二人のあまりにも分かりやすい態度に、キタサンはますます居心地が悪くなっていった。

 

 周囲を見れば。

 スペは興味深そうにこちらを見ており、スズカも僅かに口元を緩めていた。

 ウオッカとスカーレットも、何だかんだ気になっているのか会話を聞いている。

 

「………。」

 

 逃げ場は、どこにもなかった。

 

「……その。」

 

 キタサンは、小さな声で呟く。

 

「……言われたんです。」

 

「ん?」

 

「何を?」

 

 全員の視線が集まる。

 

 キタサンはさらに顔を赤くしながら。

 

「……『その笑顔の方が、似合ってる』って……。」

 

 一瞬。

 

 静寂が訪れた。

 

 そして。

 

「ヒュ〜!」

 

「愛されてんなぁ、キタサン!」

 

「もう付き合っちゃえば?」

 

「なっ……!?」

 

 一斉に飛んできた言葉に、キタサンの顔が爆発したように赤くなる。

 

「ち、違いますから!」

 

「何が?」

 

「そ、それは……!」

 

 反論しようとする。

 

 しかし。

 

 何が違うのかと聞かれると、上手く言葉が出てこなかった。

 

 ロードが自分を大切に思ってくれていることは、間違いない。

 

 自分も。

 

 ロードのことを――。

 

「……っ。」

 

 そこまで考えた瞬間。

 

 キタサンは慌てて頭を振った。

 

「みなさん。」

 

 その時。

 

 マックイーンが、『パン!』と手を叩いて言った。

 

「キタさんは疲れているんですから、あまりからかわないであげてください。」

 

「「「はーい。」」」

 

 素直な返事。

 

 もっとも。

 

 全員が本当に反省しているかどうかは、怪しかった。

 

「キタさんも。」

 

 マックイーンは、今度はキタサンへ視線を向ける。

 

「夜更かしはダメですわよ。明日は学校です。」

 

「……はい。」

 

 キタサンは素直に頷いた。

 

 スピカの中で。

 

 どうしてもマックイーンには頭が上がらない。

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。」

 

 沖野がいない今、自然とスペがそう言う。

 

 一行は、寮へ続く道へと歩き始めた。

 

 トレセン学園の夜は、すっかり静かになっている。

 

 昼間には多くのウマ娘たちで賑わっている校内も、この時間になると人影は少ない。

 

 街灯の明かりだけが、等間隔に並ぶ道を照らしていた。

 

 聞こえるのは。

 夜風に揺れる木々の音と、スピカのメンバーたちが交わす、他愛もない会話だけ。

 

 先ほどまでの重苦しい空気が嘘だったかのように。

 

 みんなは、いつものように笑っていた。

 

 その中を歩きながら。

 

 キタサンは、ふと隣を見た。

 

 そこには。

 

 先ほどから何事もなかったかのように歩いている、ゴールドシップの姿がある。

 

「……ゴールドシップさん。」

 

「ん?」

 

 キタサンの声に、ゴールドシップが振り返った。

 

 キタサンは、少しだけ迷う。

 

 けれど。

 

「ありがとうございました。」

 

「……は?」

 

 ゴルシの足が止まった。

 

「急にどしたよ。」

 

「いえ。」

 

 キタサンは、前を向く。

 

 そして。

 

 ほんの少しだけ笑った。

 

「特に、理由はありません。」

 

「いや、あるだろ。」

 

「ありません。」

 

「嘘つけ!」

 

 怪訝そうな顔をするゴルシ。

 

 けれど。

 

 キタサンは、それ以上何も答えなかった。

 

 それは、東京レース場での出来事。

 

 あの時、あと少しで。

 自分は、ロードに気持ちを伝えていた。

 

『あたしはっ……ロードくんのことが……!』

 

 その続きを。

 

 あと一言。

 

 口にしてしまっていたら。

 

 きっと、もう後戻りはできなかった。

 

 だけど。

 

(……あの時じゃ、ダメだった。)

 

 気持ちを伝えることが悪いわけではない。

 

 むしろ、いつかは伝えたいと思っている。

 

 けれど。

 

 あの時のロードは。

 

 まだ、自分の気持ちを受け止められる状態ではなかった。

 

 ……いや、受け止められなかったのではない。

 

 きっと。

 

 いつものように笑って。

 

 困ったような顔をして。

 

 上手く躱してしまっただろう。

 

 そんな未来が、簡単に想像できた。

 

(……だから。)

 

 あの時突然現れて、会話を止めてくれたゴールドシップには、深く感謝している。

 

 結果的に。

 

 あの乱入があったからこそ、自分は、大切な気持ちを間違ったタイミングで伝えずに済んだ。

 

 けれど。

 

 その理由を本人に伝えるつもりはなかった。

 

「おい、キタサン。」

 

「はい?」

 

「ルベウスがいなくなった途端、情緒不安定になるのなんなん?」

 

「なッ!?」

 

 キタサンは思わず大きな声を上げる。

 

 その声に。

 

 少し前を歩いていた仲間たちが振り返った。

 

「どうしたの?」

 

「いやっ……!ゴールドシップさんが変なこと言ってるだけです!」

 

「おいコラ責任転嫁すんな!」

 

「ゴールドシップさん?」

 

「アタシへの信用度はゼロかよマックちゃん!?」

 

 ゴルシの抗議を聞きながら。

 

 キタサンは、思わず笑った。

 

 作った笑顔ではない。

 

 誰かとの約束を守るためのものでもない。

 

 ただ。

 

 楽しいから。

 

 自然と、笑っていた。

 

 夜のトレセン学園に。

 

 キタサンの笑い声が、小さく響いた。

 

 

 つづく




少し寄り道をしましたが、またストーリーを進めていきます。

少し話は変わりますが、ドゥラメンテの故障のニュースを見たキタサンが無意識に喜んでしまうシーン、すごく好きです。その後のネイチャも好き。

では、また次回。

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