ルナ・ライズ   作:とんかつ野郎

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続きます。


好きな人の耳を触らせてもらう

 

 

 

 

 

 貸しだともなんとも思ってはいなかった。

 

 

 実際そうする他にとれる手段もあの場には無かったわけで。

 あそこでミルコがそうしていなければ、ヘドロに溺れ体を乗っ取られるのは傍から見ても明らかだった。そのため感謝こそすれ責められるようないわれはないだろうと、それがミルコの主張だったのだけど。

 あまりに屈託のない笑顔で100%の感謝を向けられると、何故だかこちらが悪いことをしたような心持ちになってくるのだから不思議だ。

 

 抱えていなかったはずの罪悪感の種は、心の底にじくじくと根っこを伸ばしていて。

 だからかもしれない。病院のベッドにいた彼に、柄にもなく何かできることはあるか? と聞いてみた。このままじゃ寝覚めが悪いという独りよがりな理由だが、とはいえ何かしてあげたいと思ったものだから。

 

「耳触ってもいいですか」

「............おう」

 

 だが、これは多分違うと思う。

 

 

 

 

 

 

 ヒーロー・アシガルは混乱していた。

 

 

 原因は言うまでもなく、たっぷり数秒悩んだ折におずおずと差し出されたミルコの頭である。

 個性の通りウサギのように艶やかな白い髪と、穴が開いたり先が欠損してしまってこそいるが、彼女の感情の起伏に合わせて動くうさ耳がぴょこりと伸びている。

 ちなむと今もピクリと動いていて可愛らしいとか思ったりするが、間違ってもそれを口に出すとこの千載一遇の機会が顔面への浴びせ蹴りといういつもの光景に変わってしまうわけで。

 

 なのでこの場ではそういう発言は控え目の前の光景をできる限り楽しむことに――

 

「おい」

「あっすいません出遅れましたすぐ触らせていただきますありがとうございます」

「おう」

 

 最低限の会話でだけ済ませ、アシガルはそっと側頭部に手を伸ばして。

 ひとまず耳の先端ではなく根本へと触れようと。すると手先が純白の髪の毛に触れ、ガサツなイメージに反し絹のような柔らかでさらりとした感触がした。

 そのまま髪を根本まで辿ると、うさ耳の生え際である綿毛のような部分にたどり着く。触ったことはないけれど、春先のタンポポはこんな具合の触感なんだろうか、と思ったりした。

 

「......」

 

 もう少しやいのやいの言われるかと思ったけれど、彼女は何も言わず落ち着いていて。

 座高の関係上表情は伺えないが、特に文句もなさそうなのでこのまま楽しませて貰おうと思う。

 

「先の方いきますね」

「ん」

 

 なぞるようにうさ耳を根本から中腹へいくと、穴開きの部分に指が触れる。

 

「痛くは、ないんですか?」

「今はそんなでもねえさ」

 

 彼女はぶっきらぼうにそう返す。

 前はどうだったのか、というのを想像するのは憚られた。聞こうとも思えなかった。

 

「ちゃんと手入れされてるんですね」

「当たりめーだろ。私をなんだと思ってんだ」

「頼れるヒーローだと思ってますよ。しかし、これじゃ手ぐしだと良くないな。コームとか持ってたりします?」

「無いな。家にはあるけど」

「それなら家行きますか。あっ蹴らないでくださいすみません」

 

 もはや彼女が蹴りの姿勢に入る前に察せるようになってきた。

 そこまで察せるのならそもそも言わない選択もできるはずのアシガルに、その気になれば余裕で蹴り倒すこともできるミルコである。お互いこのやり取りそのものを楽しんでいる節があるように思う。

 

(ちょっと固い部分もある)

 

 指先は上へ上へ。

 基本的には滑らか肌触りかつ柔らかさがあるが、ときおり軟骨のような感触がある。ただでさえ満足感が高いのにまだ楽しませてくれるのかこのウサ耳。どうしてくれよう。

 そう考えながら撫でるようにしてうさ耳の先端へと辿り着いて。今までは外側しか触れていなかったが、少しだけ耳の内側も触ってみようと親指を潜り込ませ――

 

「ッ!???」

 

 のけぞるように飛び上がられた。

 次いでガタガタと椅子を引く音と共に、慌ただしく距離を取られてしまう。

 

「すみません! 痛かったですか!?」

「いや、そういうわけじゃねーんだが......。とりあえず終わりだ、終わり! お わ り だ !」

「ぐっ、了解です。ありがとうございました!」

「これで恨みっこなしだかんな!」

「はい!」

 

 彼女は終始日常生活用の義手を口元にあてながら会話していた。

 そのため表情は完璧には把握できないが、少なくとも口調ほどには怒っていなかったように思う。しかし耳の触り方に関しては一考の余地がありそうだった。ああいったリアクションを見れるのはとても、とても悪くないのだけど、そのたびに距離を置かれてしまうのでは仕方がない。

 

「なんかムカつくことこと考えてそうな顔してんな」

「何で昭和のヤンキーみたいな絡み方なんですか。今どき流行らないですよ」

「いいや、絡まれるお前が悪い」

 

 そんなこんなでやたらと遠い距離から拙い舌戦を繰り広げていたわけだが、ほどなくして病室ドアのスライド音がして。次いで、気まずそうに割り込んでくる声がある。

 

「あ~。直近だと今日くらいしか予定が合わないってんで来てみたが、日を改めようか?」

 

 数日ぶりだけれどよく覚えている声。

 気絶前のアシガルがおもむろに呟いていたらしい飲み会の約束。戯言と聞き流されても仕方がないそれを律儀にも果たしにきてくれたレディ・ナガンが、気まずそうに苦笑を浮かべていた。

 

「いえ行きましょう」

「遅えよ。速く行こうぜ......ったく」

 

 まだまだ現役らしいリカバリーガールが問診に来てくれたこともあり、火傷も完治。

 ダツゴクについて気になる情報も得たとのことだったので、報告や状況の共有、という体も兼ねて近場の個室居酒屋に行ってみることになって。

 

 冷静に考えるとアルコールが混ざる場で両手に花というのはいかがしたものか、とか考えてしまったのだけど、ライフルと蹴りの餌食にはなりたくないので心の中にだけ書き留めておいた。

 

 

 

 

 

 




Tips
ミルコ:一回本気で蹴り飛ばすのも視野
アシガル:ラッキーだと思ってる
ナガン:律儀
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