──見えたのは、尊敬する
光、それが彼女を貫いていた。
首から上が、何の抵抗もなく、血の一滴も撒き散らさず、文字通り消し飛んでいた。
ただ、記憶はそこまでだ。以降は何も覚えていない。
痛みも、衝撃も、恐怖も、何一つ感じなかった。
ナツキ・スバルにとって、それらはいずれも『死』の訪れに欠かせない介添え人だ。
泣き叫ぶような痛みも、血肉が奪われる衝撃も、全てを喪失する恐怖もない。
あるいはその『死』は、スバルの知るどんな『死』よりも優しかったのかもしれない。
もっとも、死の瞬間、その脳まで蒸発させられたスバルに、『死』の優しさを感じ取る猶予などなく、思い返して余韻に浸る余白もやはりなかった。
まるで瞬きのように、一瞬だけ視界が暗く閉ざされたかと思った刹那、ナツキ・スバルの失われた命は再生し、逆流し、再び現実に投げ出される。
──投げ出されていた。
◆
「ようやく『砂時間』を越えたと思えば、予想外の歓待が待ち受けていたものだ」
瞬きをしたと思った直後、目の前には嘆息する騎士がいた。
「────」
そんな姿でも欠片も優雅さが薄れない『最優』を前に、ナツキ・スバルは呼吸を忘れる。
ふらふらと視線を動かせば、金色、紫色、青色と、鮮やかな髪色の少女たちが立っている。
それから、傍らには柔らかく微笑む銀髪の少女と、優しく手を握ってくれているドレス姿の幼女の存在があって──、
「スバル?」
「スバル、ぼーっとし過ぎかしら。安心するにも限度があるのよ」
ふいに両隣から名前を呼ばれ、同時に繋がれた手が引かれる感触にスバルの意識は回帰する。
──直後、スバルの全身を貫いた理解という名の戦慄は計り知れない。
「まさ、か……」
額に手を当て、スバルは自分の拍動と体内を巡る血流の音に打ちのめされる。
連続した意識に生まれた数秒の空白、それはスバルが何度も味わってきた『死』を体感したことの影響──ナツキ・スバルの存在の消失と、再誕だ。
死んだ、死んだのだ。またしても、スバルは『死』を迎えた。
「スバルさん、大丈夫ですか? 体調に異変でもありましたか?」
「アリーゼさん、か?」
「? はい……瘴気は防いでいるはずですが、『砂時間』を抜けたことで何か変化がありましたか?」
「……いや、大丈夫だ。今ので聞きたいことは聞けた。──ああ、聞けた」
心配げに見つめてくるアリーゼに首を振り、スバルは深呼吸して周りを見回す。
すぐ傍らにエミリアとベアトリスがおり、周囲には別の顔ぶれが揃っている。
足下には砂が広がり、頭上には星々が輝く夜の空があり、──そして、向こうには見渡す限り一面の花畑がある。
「最高に心臓に悪い思いをしたよ。──また、あの砂と戦わなくちゃいけないのかと」
抜けるような息が漏れて、スバルは肩の力を抜きながら繋がれた小さな手の感触を確かめた。
そして──、
「──今回のセーブポイントは、ここかよ」
九死に一生、それが笑い話にもならない。
不幸中の、本当に不幸中の幸いは、あの『砂時間』に再チャレンジしなくてもよいこと。
そして、厳然たる不幸──『死に戻り』したリスタート地点の悪さにスバルは奥歯を噛む。
ラムの『千里眼』で『砂時間』を乗り越え、メィリィのお陰で花魁熊をやり過ごし、そして今は作戦会議の最中。
この後、監視塔に進むことを決め、一行は竜車に乗り込み──そして、おそらくあの光に貫かれる。
残り時間は、5分もない。
「スバルさん? どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
スバルに見つめられ、首を傾げるアリーゼは、当然それを知らない。よく見れば彼女は、傍らにいるメィリィの頭を自然と撫でていた。
エミリアに、ベアトリスに、アリーゼに。それぞれ意味は異なるが、大切な人がいる。彼らを決して死なせないために。
「挙動不審で悪かった。ラム、メィリィも、助かった。二人のお陰で無事『砂時間』を突破できた」
ラムが高慢に、メィリィは上機嫌に鼻を鳴らす。
「──んで、早速で悪いんだが、こっからの行動について一つ相談がある。その点について、みんなと話し合っておきたい」
うまく説明する方法、そんなことに頭を悩ませる必要はない。ただでさえ残り少ない時間の無駄だ。
ただ包み隠さず、伝えられるだけの真実を伝えて、彼らの信頼に応える。
それこそが、『死に戻り』した事実を明かせなくても、『死に戻り』した結果を持ち帰ることのできるスバルにできる、未来を仲間たちと共有する唯一の手段だ。
荒唐無稽な話を、真剣に受け止めてもらえるかは分からないが。
──ナツキ・スバルにできるのは、仲間を信じて、自分を信じてくれと願うだけなのだから。
「あの塔から、ここを狙撃できる魔法とかってある?」
「あの塔から……?」
エミリアが塔を見上げ、釣られて皆もそちらを見やる。
──見敵必殺の白光。子細のわからないそれがアリーゼを、そしておそらくスバルを死に到らしめた原因だ。
アリーゼの死を目の当たりにしなければ、スバルは何の理解のないまま二度目を迎えていたはずだ。
死因の情報を持ち帰れた現状でも、あの光が何なのかは分からないが、貫かれた角度から、それなりに高度のある場所から放たれたのだと──この場でそんなことができるは、あの監視塔しかなかった。
「私じゃ難しいかも。マナは手元から離れれば離れるほど、扱いが難しくなるから……」
「私が精霊術を使えたとしても困難だろう。この距離ではおそらくメイザース辺境伯でも難しいのではないだろうか」
「マジかよ」
白光の対策を考えなくてはならないのに、まさかの技量そのもので上をいかれている可能性が高いときた。
「──そもそもの話、バルスは何故そんなことを聞くの? 目の前の花畑より重要だとでも?」
と、絶句するスバルの意識を戻したのは、己の肘を抱いたラムの一声だった。
彼女に水を向けられ、スバルは言葉を選ぶと、
「ああ……なんなら起こさなければいい魔獣の方が良心的。こっちの事情なんか無視して、今にも魔法が飛んできそうな感じがするぜ」
「根拠は勘だけ?」
「……まぁ、そうだな」
ここが、スバルの説明で最も説得力のない部分だ。根拠が提示できない以上、スバルは勘で物事を押し切るしかない。故に、さぞラムには呆れられると思ったのだが。
「そう。──厄介ね」
スバルの答えに、ラムは真剣な表情を作っていた──否、それはラムだけではない。
「え? あれ、勘だぞ? もっと疑ってかからないのか?」
「これがただの勘ならそう思うかもしれないけど、スバルの勘でしょう? だったら、疑うより心配した方がいいと思うの」
「あまり自分を卑下しないことだ。君も、多くの修羅場を潜り抜けた一人だろう。そうした人間にしか働かない直感はある。経験則と、そう言い換えてもいいものだ」
「野鼠は大雨の前に住処を変えると言うわ。バルスの勘も馬鹿にはできないでしょう」
「それは十分馬鹿にしてるだろ。……って、そうか」
代わる代わる、エミリアが、ユリウスが、ラムが、勘を根拠としたスバルの発言にそれぞれ私見を述べる。
それだけでなく、戦闘組である三人は、いつ攻撃が飛んできてもいいように、そっと体勢を整えてさえいた。
「『賢者』が友好的ではない可能性も、噂程度にはありますから」
「せやね。ミルーラでも、『賢者』は今も塔の上から砂丘を見下ろして不埒な輩に天罰を下すっちゅー話を聞いたし」
アリーゼやアナスタシアまでも、別の角度から根拠を示してくれて。勘だろうとスバルを信じると、そう言ってくれて。その、みんなの姿勢に救われてしまう。
そんな感慨に鼻の下を指で擦り、スバルは視線を仲間たちから逸らした。──故に、スバルは気付かない。最初に気付いたのは、ラムだった。
「──バルス、それは」
「え?」
ふと、真剣な声色で言われ、スバルはとっさに彼女の視線を辿った。ラムの視線の先はスバルの胸元だ。そこを見下ろして、気付く。
スバルのマントの胸元に、見慣れない赤い光点が浮かび上がっていた。
「────」
一瞬、スバルの頭をとある単語が過る。あまりに、この世界に似つかわしくない単語。
──レーザーポインター、と。
「──っ!」
凄まじい速度と正確さで、監視塔から放たれる光がスバルへ一直線に飛来する。
風すら置き去りに、音もなく獲物を串刺しにするそれはまさしく『死』そのものだ。ナツキ・スバルを蒸発させる一撃、それは為す術なくスバルを殺す。
──狙われた瞬間、ナツキ・スバルがたった一人であったなら。
「ふっ──!」
白光が弾かれ、遠くへ消えてゆく。
スバルに見えたのは、それを為したと思われるラムが、拳を振り抜いた体勢でいることだけだ。まさか、人を蒸発させる光を殴り飛ばしたのかと。
「ラム! 長期戦はダメよ!」
「分かっているわ! ──次が来る!」
スバルのそんな感慨を余所に、初めて聞くアリーゼの叫びにラムの応答と、状況は目まぐるしく変化する。
なおも消えない、スバルの胸の上の赤い光点。ここを標的に、光がくる。
「エミリア様!」
「任せて!」
次弾がくる。直前、ラムがエミリアの名前を呼ぶ。
一瞬の視線の交錯で、エミリアが頷く。
視界の端、光が瞬く。一直線に、『死』がくる。
「──させない!」
赤い光点の浮かんだスバルの胸元に、片手ほどの大きさの氷の盾が現出する。
多重展開される氷の防壁。同時に六枚を展開したのは一度目の脅威を見たからか、それともラムからの視線で何かを察したのか──それは無駄にならなかった。
氷壁に光が吸い込まれる。
一枚目が容易く、二枚目と三枚目もないもののように突破される。しかし、四枚目に抵抗があり、五枚目はコンマだけ耐えた。
そして、最後の六枚目で、明らかに光の速度が鈍る。
「来ると分かっていて、やらせはしない──!」
振るわれる騎士剣が、スバルへ突き刺さる寸前の白光を渾身の力で打つ。
ユリウスだ。決死の表情の彼が、エミリアの氷壁が緩めた勢いを見事に捉えた。くるくると回転し、弾かれた光が砂の上に突き立つ。白い煙が上がった。
容易に死をもたらす白光、その正体は──、
「……これ、針か?」
正体不明であった光が、砂の上に眩く突き立っている。夜の黒の中、鮮烈に瞳に焼き付く暴力的な白──それは細く長い、針のように見えた。
その針も、尻の部分から崩れ、風に呑まれて消えていく。
「バルス! 感想は後!」
消える光を捕まえようとして、腕を伸ばしたスバルにラムからの警告。
二度の攻防経て、胸の上の赤い光点は消えた。けれど、これしきのことで攻撃が収まるはずもない。
「ベア子、やれるか!?」
「愚問なのよ!」
スバルの問いに、できないとベアトリスは答えない。
意識を切り替える。頼れる相棒の答えに奥歯を噛んで、覚悟が決まった。
次の瞬間、赤い光点が消えた理由を一同は察した。
塔が光った。けれども、それは一つではない。
正しく五つ。瞬時に判断できたのは、極限状態で思考が加速していたからか。
「っ──!」
「止まって──っ!」
「しぃ!」
三つと二つ。
前者はラムが圧倒的暴力で捩じ伏せ、後者はエミリアとユリウスが互いの能力の限界を駆使して。彼らによりその全ては防がれた。
その刹那に、チャージが完了した。スバルとベアトリスの『秘儀』が炸裂する。
「──E・M・T」
「かしら!」
砂対策のフードを撥ね上げ、スバルが大口を開いて称賛──否、詠唱する。
それに合わせ、ベアトリスがスバルの内側からなけなしのマナを徴収し、複雑怪奇な魔法の術式を構成、全く新しい、未知の魔法が紡がれる。
──スバルとベアトリスが編み出した、三つのオリジナル・スペルの一つだ。
魔法が完成した瞬間、スバルとベアトリスを中心に淡い光が周囲へ広がる。まるで光球がスバルたちを包み込むように展開、フィールドが完成する。
「これは……」
何事かと驚くユリウス、その彼の視界の端、再び光がスバルへと迫ってくる。刹那、身を硬くしたユリウスだが、続く変化に驚きは持っていかれた。
スバルへ迫る白光、それが光のフィールドへ入った瞬間、勢いを喪失したのだ。
「力を、失った?」
騎士剣が振るわれ、矢のような速度の光が軽々と打ち払われる。
無論、速度をなくした一発とはいえ、軽く弾けるものではなかったが、そこはユリウスの技量の達者さだ。続く攻撃も、難なく彼に防がれる。
「絶対無効化魔法、E・M・T。──このフィールドじゃ、魔法の力は効果を失う」
ベアトリスと手を繋ぎ、空いた方の手を塔へ突き出したスバルが宣言する。
これは、スバルとベアトリスのコンビが開発した三種の切り札の一枚。強敵と渡り合うことを想定して作られた、陰魔法の極致だ。
「ただ、長くはもたねぇ。具体的には、俺のマナがすっからかんになったら終わりだ。そして今、穴の開いたバケツみたいにドバドバ出てってる」
「想像の埒外の効果だ。その分、反動の大きさは窺える。手立ては!?」
「わからん! ひとまず、ここはいったん退いて……」
と、駆け寄ってくる仲間に応じて、スバルは離脱する方向を探ろうとする。
その、切迫した状況の中、彼女の揺らぎは明確な異変として捉えられた。
「ラム!?」
「騒がしくしないで、頭に響くわ」
咄嗟に駆け寄るスバルを、ラムが掌で制する。
もう片方の手で自分の額を覆ったラムは、浅い呼吸を繰り返している。一瞬、何事かと思わされたが、すぐに器の反動──肉体を酷使したからだと理解する。
エミリアとユリウスが二人がかりでようやく二つ防いだ光を、ラムはたった一人で三つ殴り飛ばして見せた。その瞬間的暴力に、身体が耐えきれなかったのだ。
「大丈夫なのか!?」
「大丈夫よ。少しすれば、回復するわ」
「本当か、なら今はここから──」
──その言葉に安堵したと同時、『世界』が破けた。
「あ──?」
「──っ! マズったのよ!」
眼前、夜の砂海にありえざる変化が生じて、ベアトリスが声を裏返らせた。
「空間の捻じれが、E・M・Tでほつれるかしら!」
「それで、どうな──」
スバルの問いかけは最後まで続かず、代わりに、足が地を離れる浮遊感がある。
そのまま、『世界』が乱雑に、紙を破くように捻じれ、裂かれ、ほどける。天地も無関係に生じる亀裂、それがスバルたちを、竜車を、まとめて呑み込んだ。
「ヤバい……エミリア!?」
「スバル──」
突然の暗闇、その中へ放り込まれ、重力の干渉を見失ってスバルは叫んだ。
上下左右がわからなくなり、竜車がどこにあるのかもわからない。ただ、スバルの叫びに呼応したエミリアの声が、遠く、遠くなるのが聞こえて。
「これは──」
マズい、と言い切るよりも先に、破けた空間の向こう側にスバルは放り出された。
◇◇◇
「──いつまで寝ているの。いい加減に起きなさい、バルス」
「ぽろろっか!?」
脇腹を鋭い感触に抉られ、衝撃にスバルは奇声めいた悲鳴を上げた。
思わず跳ね起きる。途端、舞い上がった砂を盛大に吸い込み、猛烈に咳き込む。
「うぇ! ぺっぺ! かーっ、ぺっ! なんだ? 何がどうなって……うお!?」
口の中の砂を吐き出し、慌ててその場に立ち上がろうとする。が、その視界の無さに加えて、踏ん張った足を砂に取られ、とっさに手をつく。その手が砂に沈み、顔から砂山に突っ込んだ。
「おげっ! がふっ! ぺっぺ!」
「……この非常時に、まだ砂が食べ足りないの? 卑しさここに極まれりね」
「人がオヤツ感覚で砂齧ってるみたいに言うなよ……」
容赦のない罵声に言い返し、スバルは再び砂を吐きながら顔を上げた。
とはいえ、立ち上がることはしない。できない。
「ここは……」
「無風で、この気温の低さ。……おそらく、地下でしょうね」
闇色に染まった視界に、よく通る声。それは──
「──ラム、か?」
「他の誰に見えるの? レム、なんてつまらない答えは期待していないわよ」
「レムとお前は顔は似てても、内面から滲み出るものが似ても似つかねぇよ。それに、そもそも暗すぎて何も見えねぇ」
そう、この場は僅かな光源すらない暗闇だった。息遣いすら聞こえてくるこの距離でもラムの顔は見えない。
「……お前、体調は? 『千里眼』の消耗とか、あの光の迎撃にも……」
「ハッ! ずいぶんと紳士ね。でも、可愛いラムの心配は要らないわよ。大人しくしていれば、じきに回復するわ」
「そりゃよかった」
アリーゼがラムに施した治療は、マナ器官である角の一部復活だ。先ほどの戦闘で消耗したマナは、回復できる。
その事実に安堵して、改めて状況を確認する。とはいえ、その目は変わらぬ黒しか映さない。完全な暗闇では目が慣れることもないのだと、スバルは初めて知った。
「さっき、お前は地下って言ってたけど……」
「分断される前のベアトリス様のお言葉を信じるなら、空間の歪みが原因でしょうね」
「つまり、空間の歪みに吹っ飛ばされた……分断? そうだ、他のみんなは!?」
淡々としたラムの報告を聞く間に、ようやくスバルの意識が理解に追いついた。
スバルは反射的に右へ左へ視線を振るが、漆黒の空間に、望んだ姿は一つも見つからない。
「言った通り、分断されたわ。砂丘のまやかしを、バルスの魔法が無効化した結果ね。ここが塔への正しい道なのか、ただの地下道なのかは分からないけど」
「なんでそんな落ち着いてんだよ!? どうして、俺とお前の二人が一緒に……」
「それを、バルスが言うの?」
静謐なラムの声に、顔を青くしたスバルが息を詰まらせた。
直前の光景、ベアトリスが叫び、目の前の空間が破けたことは思い出せる。そのとき、スバルはとっさにラムを抱きかかえていたのだ。
そして、空の裂け目に一行は呑み込まれ、気付いたときには──、
「ここで、俺とお前が一緒にいて……」
「エミリア様やベアトリス様の姿は見えない。……とんだドジを踏んだものね」
「言ってる場合か! 今はみんなとの合流を……違う! レムだ!」
「────」
「俺とお前みたいに、誰かと一緒ならいい。でも、もし逸れてたら……」
エミリアとユリウスの二人は問題あるまい。ベアトリスとメィリィも、それぞれ独力で何とか生き延びる力がある。アナスタシアも襟ドナに入れ替われば、おそらくプリステラで『色欲』を撃退した切り札があるはずだ。アリーゼだって、ユリウスが何としてでも助けるだろう。
──だが、寝たきりのレムだけは話が別だ。
「みんなとの合流もだが、一番はレムの確保だ! あいつを、こんな寂しい場所に放っておけない。それはダメだ。絶対にダメだ……!」
「……バルス」
「クソ、俺のせいだ。俺が連れてくるなんて言ったから、あいつが、レムだけは……」
「バルス、落ち着きなさい。今は焦っても……」
「落ち着け? できるかよ、そんなこと! お前はっ──いや、何でもない」
最悪の可能性に混乱するスバルは、咄嗟に口を噤んだ。今、あと一歩で、言ってはいけないことを言うところだった。
レムが危なくても平気なのかと。──瘴気に侵された時のように、そう糾弾するところだった。
スバルが踏み止まったことで、ラムは短く「気休めだけど」と呟くと、
「逸れたエミリア様たちが何処にいるかまでは分からないけれど、全員同じ場所にいるわ」
「そりゃ朗報だけど、何でそんな事が分かるんだ?」
「バルスの地竜に、ラムの『千里眼』が繋がったのよ」
「なるほど、そういう」
ラムとパトラッシュ、人と地竜ではあるが、気位の高さは似ている気がする。
「『千里眼』で、パトラッシュたちの居所がわかったりしないのか?」
「無理ね。距離が離れすぎていて、その前にラムの限界が来るわ」
つまり、一度無理をしてパトラッシュと視界を共有し、その安全を確認してくれたのだろう。
「……そうか、サンキューな」
スバルは一言だけ謝意を述べた。
「話がまとまったところで、行くわよ」
「行くって、何処に?」
「地上よ。光もない、水もない、何より朝になればアリーゼの治療効果も切れる。風を頼りに、出口を探すしかないわ」
「動ける間に動かなきゃなんねぇってことか」
「当然でしょう」
水もない、光もない。時間が経てばアリーゼの治療効果が切れ、ラムの不調と瘴気が襲ってくる。
遭難時には不用意に動くなとは言われるものの、これは動くしか選択肢がなかった。
「最良は塔に繋がることね。エミリア様やユリウスは、微精霊と対話できるなら迷わずに済むでしょうし、そこで合流できればいいわ」
「だな。にしても微精霊の道案内か、エミリアたんは結構有効活用してるよな。俺の場合、ベア子との繋がりが強すぎて、微精霊をビビらせちまうからできねぇんだけど」
「ベアトリス様のお情けで生まれた半人前の術師だもの。期待はしてなかったわ」
「ぐぬぬ……」
直球で役立たずと言われ、言い返せないので言い返さなかった。結局、戦力的に有能な人材は、それ以外でもちゃんと能力を活かせるという話だ。
対して現状ベアトリスがいないスバルは、戦闘も索敵も治癒もできない。ラムはその肉体から出力・時間共に制限があるときた。
「……これ、詰んでね?」
「そうね。あちらには光源も、水も食料も、案内役も治癒要員もいる。どこからどう見ても、この人選に悪意しかないわね」
「いやほんと、それな」
あまりに理不尽な分断の仕方。
己の運の無さに、スバルは落ち込むを通り越して、もはや悟りが開けそうだった。
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