ピザとバトル!
「何見てんのよ? さっさと自分の席に帰りなさい」
テーブルに置かれた超巨大ピザを前に、空崎ヒナは眉間に深い皺を刻み、目の前で優雅に腰を下ろしている生塩ノアを冷え切った眼光で睨みつけた。
「なるほど、見られていると食べ進められない……と。衆人環視のステージと至近距離での対面観察とでは、精神的負荷のパラメータに明確な違いがあるようですね」
ノアは白磁の頬に薄い微笑みを浮かべたまま、微動だにせずヒナの瞳の奥を射抜くように見つめ続けている。
瞬きひとつしないその双眸は、感情の通った人間のそれではなく、獲物の筋肉の収縮を走査する高性能カメラそのものであった。
「シノン、これアリなわけ? 明らかな妨害行為で反則負けじゃないの?」
ギロリと首を巡らせ、実況ブースの川流シノンを射抜くヒナ。
冷や汗を滝のように流したシノンは肩をすくめ、手元の分厚い大会公式ルールブックを猛烈な勢いでめくる。
「え、えぇと…この場合は「『大会規約第33条:進行妨害の定義については、直接的な物理的干渉をもってのみ反則と認定する』。ただ着席して観察しているだけであれば、一切の違反行為には該当しませんよ?」あ……とのことです!」
シノンの発言を遮るように、ノアが寸分違わぬ条文を滑らかに暗唱してみせる。
「チッ……主催者自らが屁理屈を捏ねるだなんて、実にタチの悪い組織ね。まぁいいわ……そこでアホ面晒して指でも咥えて見ていなさい」
ヒナは苛立たしげに舌打ちすると、ノアから視線を切り捨て、目の前の2トンの超質量ピザへと向き直った。
ガッ!! バクバクッ!! ゴクン!! モグモグ!!
右手で巨大な照り焼きサーロインの塊を鷲掴みにし、左手で分厚いモッツァレラチーズの層を引き裂き、口元を直接ピザの山へと沈める。右手、左手、そして顎の3つを同時に連動させた超人的な捕食運動。
対面に座るノアはピザには指一本触れず、顎の骨の動き、喉仏の上下、咀嚼時の側頭筋の隆起、果ては脂を飲み込む瞬間の瞳孔の開き具合に至るまで、ギョロギョロと眼球のみを異常な速度で動かしながらヒナの一挙一動を観察し始めた。
そんな怪異たちの睨み合いが続く最中、他の参加者たちのテーブルの様子を見てみよう。
・ヒフミの場合
競技開始からわずか2分。阿慈谷ヒフミは早くもグロッキー状態へと陥っていた。
「ふぅ…ふぅ…ふぅ……もう、無理ですぅ……」
喉元まで脂っこいチーズの匂いがせり上がり、息だけが苦しげに詰まるが、手は鉛のように重くなって動かない。
普通の女子高生の胃袋など門前払いの超高密度ピザ。ニンニクと濃厚ソースの猛毒のような暴力が、ヒフミの消化器官を情け容赦なく蹂躙していた。
「(こ、こんなの無理です……! 人間が完食できる限界を100倍は超越してますよ…! こうなったら……私の『最強の奥の手』………必殺……!!)」
「う……ううぅぅぅ………っ」
ポロポロと、大粒の涙が琥珀色の瞳から零れ落ち、テーブルの上に水滴の輪を作る。
ピザを持つ手はプルプルと震えて今にも力尽きそうだが、それでも彼女は健気に、小さく一口ずつ……ゆっくりと、それでも懸命に食べ進めていく。
その痛々しくも健気な様子を巨大スクリーンで目撃した観客席からは、瞬く間に同情と庇護欲に満ちた大歓声が沸き上がった。
「見てよあの子……あんな巨漢や怪物たちに囲まれて、泣きながら必死に耐えてるよ……!」
「もう十分頑張ったよヒフミちゃん! 無理して食べなくていい、誰か早く救護班を呼んであげてぇぇ!!」
そう、これこそがヒフミの必殺技――『女の涙』である!!
女の涙は男の暴力とイコールであると一部で揶揄されることがあるが、進化心理学および動物行動学の観点において、小さく無力な個体が過酷な境遇で健気に苦闘する姿は、観察者の脳内に強力なオキシトシン分泌を促し、無条件の庇護欲求を励起させる――すなわち『ベビーシェマ効果』の悪用であった!!
「(アッハッハ! あとは他の誰かが完食するまで、涙目でモグモグと食べてるフリを続けて時間を潰すだけです……!!)」
ピザの陰に隠した口元をハムスターのように小さく動かし、必死に咀嚼している演技を続けるヒフミの瞳の奥で、邪悪な計算がキラリと光っていた。
・ハスミの場合
「う〜む……この芳醇なコク、舌の上でとろける濃厚さ、そして圧倒的な食べ応え……どれを取ってもデリシャス」
フォークとナイフを上品に操り、一口大に美しく切り分けたピザを、ハスミは目を細めてじっくりと咀嚼していた。
開始からきっかり300g分を食べ終えたところで、ハスミは優雅にナプキンで口元を拭い、近くにいた大会スタッフをチョイチョイと手招きする。
「どうされましたか、ハスミ選手?お水のおかわりですか?」
「マヨネーズプリーズ」
「は?」
「あとタバスコもください。それとトンカツソースに明太マヨ、あぁ塩辛もいいですね。わさび醤油におろしポン酢、食べるラー油もお願いします。あ、できれば刻み海苔とパルメザンチーズも追加で」
矢継ぎ早に調味料の追加注文を連打するハスミ。
ここをレストランかなにかと勘違いしているこの女は、「明日の朝食とお弁当は、持ち帰った分をカリカリに揚げ直した特製フライドピザに仕立て上げましょうかねぇ」と大会後の持ち帰りメニューの算段を脳内で巡らせながら、極厚サーロインにトロトロのチーズを贅沢に絡めて美味しく頂いていた。
・アカリの場合
鰐淵アカリ選手は、開始1分で腹痛を訴え、救護班の担架に乗せられて静かに途中棄権していった。
・ヒヨリの場合
「うわああああああああああああああん!!!!!!! お肉美味しいですううううううううう!!!!!! チーズもニンニクもソースも全部美味しいですうううううううううう!!!!!!」
顔面を茶色い照り焼きソースと脂でベッチャベチャに染め上げながら、まるで飢えた野生のハイエナのようにピザの山へ顔面から突っ込む槌永ヒヨリ。
観客席は唖然として静まり返っていたが、それは彼女のあまりに下品な食べ方に引いているからではなかった。
ズズゥン! ズズウゥゥゥン!!!
ヒヨリがピザの塊を喉へ流し込むたびに、メキメキと骨格が軋む不気味な重低音がスタジアムに響き渡る。
ピザを平らげていくごとに、ヒヨリの身体そのものが物理法則を無視してグングンと巨大化していたのだ。
現在、推定身長5m。
衣服が破れることもなく超質量を取り込み続けるその肉体は、巨大化に伴ってますます代謝を加速させ、食欲の炎は衰えるどころか勢いを増していく。
「うわああああああああああん!!!!! 足りないですううううううう!!!!! ラーメン大盛り10杯と特盛カツ丼20杯も追加してくださああああああああああああい!!!!!!!」
「追加注文なんてできるわけねぇだろ巨○兵ッ!! ここは出○館の配達エリア外だボケナスがァァァッ!!」
実況ブースでシノンが頭を抱え、マイクが割れるほどの勢いで激しいツッコミを入れる。
フードファイトの最中に出前を要求するようなトンチキな精神性は、いかに過酷なアリウス分校であっても培われることは決してない。
良い子のみんな! アリウスにもマトモな生徒はたくさんいるから誤解しないでくれ!
ガッ!! バクバクッ!! ゴクン!! モグモグ!!
多種多様な珍獣や詐欺師がひしめく修羅場の中にあって、空崎ヒナは圧倒的なスピードでトップを独走していた。
そして現在、ピザの消費量ゼロでぶっちぎりの最下位に沈む生塩ノアは焦る素振りすら見せず、ヒナのテーブルに肘をついて頬杖をつき、ギョロギョロと激しい眼球運動を繰り返しながら、ヒナの骨格の動き、胃袋の蠕動音、呼吸のリズムに至るすべてをデータとして貪り続けていた。
「(チッ……動物園の檻の外から珍獣を見物するような目でジロジロ見やがって……。完食したら賞金100万クレジットをひったくって、さっさとゲヘナに帰るに限るわね)」
ヒナが心の中で悪態をつきながら、2tのピザのちょうど半分を平らげた――まさにその瞬間。
ガタッ。
ノアが無言でパイプ椅子から立ち上がった。
そして、自分が持ってきた椅子を片手で軽々と持ち上げると、スタスタと何事もなかったかのように自席へと戻っていったのだ。
「(はぁ……ようやく目障りな虫が消えたわ。これで落ち着いて胃袋を満たせる)」
ヒナは息を整え、再びピザを口へ運ぼうとした。
しかし――そんなヒナとは対照的に、自席へ戻ったノアは、開始から放置されて完全に冷め切った直径10mの巨大ピザを前に、胸の前でパン! と小気味よい音を立てて両手を合わせた。
「いただきます」
それが、すべての始まりの合図であった。
ガッ!! バクバクッ!! ゴクン!! モグモグ!!
「ッ…!?」
ヒナだけではない。観客席のアコも、コノカも、実況のシノンも、涙を浮かべていたヒフミまでもが、その異様な光景に息を呑んで目を奪われた。
そこには――先ほどまで観察されていたヒナと寸分違わぬ姿勢、右腕と左腕の全く同じ角度、同じインターバル、そして1秒間に正確に咀嚼する回数に至るまで、狂気的な精度で『空崎ヒナの捕食運動』を完全再現してピザを貪り喰らう生塩ノアの姿があった。
ズババババッ! と音を立て、ノアの小さな口の中へと超質量のピザが雪崩のように吸い込まれていく。
ノアは、食べるフリをして涙を拭っていたヒフミの記録をわずか10秒で瞬く間に追い抜くと、調味料をブレンドしてマイペースに舌鼓を打っていたハスミの残量を一瞬で置き去りにし、5mの巨体で暴食の限りを尽くしていたヒヨリの背中を、疾風の如き勢いで抜き去った!
「ッ…! なんなのよその動き、気持ち悪いわねぇ!!」
己の鏡像を見せられているかのような不気味さに鳥肌を立てたヒナであったが、プライドが即座に恐怖を塗り潰す。ヒナは奥歯を噛み締め、再びギアをトップへと叩き込んで猛烈なスピードで食べ進めた。
バッ! バババッ!! バババババババババババッッッ!!!!!
しかし、第2位へと浮上したノアの学習率はさらに跳ね上がっていた。
ヒナの運動データを最適化し、無駄な筋収縮を削ぎ落としたノアの両腕は、もはや肉眼では捉えられない超高速の残像を形成。
巨大なピザの円盤が、まるで超音波カッターで削り取られるかのように凄まじい勢いで縮小していく!
残り時間、あとわずか!
スタジアムの全観客が総立ちとなる中、2人の怪物が繰り広げる前代未聞の超速捕食バトル!
そして――。
「そこまでぇぇ!!!」
シノンの絶叫がマイクから響き渡り、終了のゴングが鳴り響いた。
「勝者………空崎ヒナ!!!」
シノンが高らかにヒナの席を指差す。
そこには、ソースの一滴すら残らず舐め尽くされた大皿の前に座り、肩を上下させて荒い息を吐き出すヒナの姿があった。
「あらあら、負けちゃいましたね」
一方、自席で何事もなかったかのようにナプキンで指先を拭うノアの前には、定規で測ったかのように美しく手のひらサイズに切り分けられたピザの破片が、たったの1枚だけ残されていた。
総重量2トンのうち、残量わずか『50g』。
文字通りの紙一重、刹那の差による敗北であった。
しかし――スタジアムに歓声は上がらなかった。
割れんばかりの拍手も、勝者を称えるファンファーレも存在しない。
得体の知れない怪異の暴走を見せつけられた観客たちは、ただただ気圧され、スタジアムは重苦しい静寂に包まれたまま大会の幕を閉じた。
大会終了から1時間後。ミレニアムサイエンススクール自治区、高層ビル群の合間に位置する人通りのない薄暗い裏路地。
ヒタ……ヒタ……と、苛立ちに満ちた足音を響かせながら、空崎ヒナはズンズンと歩いていた。
「チッ…まだ虫唾が収まらない」
チナツやアコが提案してきた祝勝会の誘いを「疲れたから1人にして」と冷たく突っぱねたヒナは、行き場のない不快感を晴らすように道端の空き缶を蹴飛ばした。
路地裏に屯していた不良生徒やスケバンたちも、ヒナから立ち上る尋常ならざる殺気を感じ取り、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「〜〜〜っ。〜〜〜♪♪」
曲がり角の手前に差し掛かったその時、壁の向こうから微かに鈴の鳴るようなハミングが耳に届いた。
ヒナの足がピタリと止まる。
それは紛れもなく、今この瞬間、キヴォトスの中でヒナが『最も顔を合わせたくない人物の声』であった。
踵を返して別の道へ迂回しようとしたヒナであったが、即座に自らの足を踏み止まらせた。
「(………なぜ、私がわざわざ逃げないといけないの? この空崎ヒナの辞書に、後退なんて文字は存在しないわ)」
エベレストよりも高くそびえ立つ傲慢なプライドが、ヒナの脳裏から『回り道』という選択肢を完全に消滅させた。
ヒナは鋭い眼光を滾らせ、ズイッと路地裏の曲がり角を曲がった。
「あはははっ♪ それは実に興味深いお話ですわ!」
そこにいたのは、スマートフォンの画面を見つめ、楽しげに誰かと通話しながら談笑している生塩ノアの姿であった。
勝者であるはずの自分は腸が煮えくり返るほどの苛立ちに苛まれ、敗者であるはずのこの女は春の陽だまりのように楽しげに会話に花を咲かせている。
その歪な構図そのものが、ヒナの神経を逆撫でし、怒りの炎に油を注いだ。
路地の角から現れたヒナの姿を片目だけで捉えたノアは、「急用ができましたので、また今度お話ししましょう」と告げ、スマートフォンの通話を切った。
「ご機嫌よう、空崎さん。大食い大会の優勝、おめでとうございます」
完璧な淑女の礼儀正しさで頭を下げるノア。
しかし、ヒナは殺気立った眼光を隠そうともしなかった。
「なにがおめでとうよ……舐め腐りやがって」
ヒナは足元に転がっていた錆びた空き缶を、軍靴の踵でペチャンコに踏み潰した。
「お前
最 後 の 最 後 で 手 を 抜 い た で し ょ ?」
ヒナの殺意に満ちた睨み付けを正面から浴びながらも、ノアの柔らかな微笑みはmm単位たりとも崩れなかった。
「ほう、私としては全力を尽くした白熱の接戦だったと思いますが……どうしてそのように思われたのですか?」
ノアは薄紫色の瞳を細め、小首を傾げてみせる。
「コンマ0.02秒。最後の1切れをフォークで切り分けた後、あんたはそのまま咀嚼の筋肉を意図的に止めた。実況も、観客席のバカどもも誰一人気づかなかったでしょうけれど……私の目は誤魔化されないわよ」
「あらあら」
ノアはクスリと口元を手で隠すと、スッ……と両目を半開きにした。
「それじゃあーーーー大差をつけてあなたを公開処刑した方が、ご満足いただけましたか?」
背筋を冷たい氷で撫でられたような感覚。
ヒナには即座に理解できた。その半開きの瞳に浮かんでいたのは、敗者の悔恨などでは断じてない。
矮小な獣を見下す、底知れぬ『嘲笑』の色であった。
「……なるほど、お前がコノカに喧嘩を売ったミレニアムの女ね。だけど残念でした。そんな猿まがいの安い挑発に、この私が乗るわけないでしょ」
「そうですか? お野菜も食べられない幼稚なヒナちゃんなら、プライドを傷つけられてバカ猿のように喚き散らすと思ったんですがねぇ」
サラサラと淀みなく、ヒナの逆鱗を土足で踏み躙るノア。
ヒナの額にビキビキと青筋が浮かび上がるが、ここで激昂して暴力を振るえば、この気味の悪い女の術中に嵌まるだけだ。
ヒナは奥歯が砕けんばかりに噛み締め、両の拳を震わせて耐え忍んだ。
「ぃ…言いたいことはそれだ、け? その貧困な語彙がつ、尽きたならとっとと失せなさい」
顔面をピクピクと痙攣させながら、ヒナはシッシッ!と乱暴に手で払いのける仕草をした。
しかし――ノアは一歩も引こうとせず、むしろ楽しげにスマートフォンの画面を指先で弾いた。
「そういえば、さっきまで新しく出来たお友達と、ヒナちゃんについてお話ししてたんですよ」
「あ…? いきなり何言ってんの?」
その瞬間、ヒナの全身の血液が凍りついた。
ノアが画面をクルリと回転させ、ヒナの眼前へと突き出してきた通話履歴の表示。
そこには――【空崎ヒナコ】の名前が、鮮明に刻まれていた。
「お母様から、幼少期のヒナちゃんについてのお恥ずか……ブフッw とても可愛らしくて面白いお話しをたくさん聞けましてね。今度ご自宅にアルバムを見せてもらいに伺う約束を――」
その刹那。
ボゴオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!
それから先の言葉が、生塩ノアの唇から紡ぎ出されることはなかった。
ヒナの渾身のストレートが、音速を置き去りにしてノアの顔面の中央へと深々とめり込み――
ドゴオオオオオオォン!!!!!
ノアの華奢な肉体は背後のコンクリート壁へとロケット弾の如く叩きつけられ、分厚い壁面をクモの巣状に粉砕した。
「この私を脅そうなんて100億年早いわよ、ガリ勉」
お得意の暴力で黙らせたヒナは少しスカッとした表情を浮かべ、踵を返して路地から踏み出そうとした。
だが――。
「パンチ力500t。キヴォトス生徒の平均値の、およそ50倍」
瓦礫の中から、淡々とした呟きが響いた。
ヒナが戦慄して振り返ると、そこには首が真横へと直角にあらぬ方向へとへし折れた生塩ノアが、ゆらりと立ち上がっていた。
ゴキリッ! メキメキッ!!
ノアは自らの手で顎を掴み、力任せに首の骨を正常な位置へと強引に戻した。
鼻や口元からボタボタと滴り落ちる鮮血を、ポケットから取り出した純白のレース付きハンカチで丁寧に拭き取るが、ハンカチは一瞬で真っ赤にずぶ濡れとなる。
「お痛はいけませんよヒナちゃん? お母様にこのことをお話しま――」
ドギャアアアアァッ!!!!
ヒナの神速の下段回し蹴りが、ノアの脇腹へと突き刺さった!
衝撃波がアスファルトを円形に削り取り、ノアの身体を地面へと叩きつける!
「キック力2000t。志真コノカの最大値より200tほど低いですね。やっぱりお野菜を食べないと大きくなれませんよ?」
地面にめり込んだまま、血まみれの顔でニヤニヤと見上げてくるノア。
その底なしの不気味さにブチ切れたヒナは、倒れたノアの身体の上に馬乗りになるとーーー。
ドゴォッ!! バギャッ!! ドギャァッ!!! バギイイイィッ!!!!!
感情をかなぐり捨てたヒナの両拳が、超高圧の杭打機のようにノアの顔面、胸部、腹部へと狂ったように連打される。
肉が潰れ、骨が軋む凄まじい破壊音の嵐。
だが――その暴力の驟雨のただ中にあっても、ノアの口は止まらなかった。
「700t。900t。600t。1400t。1100t……」
殴られるたびに鮮血を吐き散らしながらも、ノアの瞳からは一切の光が消えず、ヒナの筋力出力の波形を、その漆黒の脳細胞へと刻々と記録し続けていた。
そして――。
「それでは……1800tといきましょうか」
仰向けに倒れたままのノアの右腕が、筋肉の予備動作を完全にゼロにした不可視の軌道で跳ね上がった。
ドスッ!!
正確無比な右フックが、馬乗りになっていたヒナの無防備な左脇腹へと突き刺さる!
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!?」
声にならない悲鳴。
実母である空崎ヒナコのお仕置き以外で味わったことのない、内臓を雑巾のように絞り上げられる激痛。
ヒナは目を血走らせ、たまらずノアの身体から転がり落ちるように後方へと飛び退いた。
「ほう……無警戒状態の急所であれば、1800tでも有効打として機能する、と。またひとつ、貴重なデータを学習できましたね……おや?」
ゆっくりと立ち上がったノアは、ヒナの脇腹を殴り抜いた自らの右腕へと視線を落とした。
そこにあったのは、複雑骨折の極致。
右前腕の骨が皮膚を突き破らんばかりに「く」の字に曲がり、手首はあらぬ方向を向いて垂れ下がっていた。
ゴキメキ……バキリ……ッ!
ノアは眉ひとつ動かさず、左手を使って無理やり折れた骨を皮膚の下で押し込み、力づくで関節を繋ぎ合わせた。
息を乱し、脇腹を押さえて立ち尽くすヒナは、その異様な光景に戦慄を禁じ得なかった。
「……あんた、一体何がしたいのよ? 痛みを感じないの?」
「痛みなら、正常に神経伝達物質として知覚していますよ? ですが……それが不快だからといって拒絶するなど、とんでもないことです。この世に二つとない尊い『経験値』を拒むなど、私には到底できません」
ノアは、コツリとハイヒールを鳴らして一歩前へ進み出た。
「この宇宙において、寸分違わず同じ事象など一度たりとも存在しません。その美しく素晴らしい記憶のすべてを『私の世界』へと収めたい……その
コツリと、もう一歩踏み出す。
「だから安心してくださいーーーーーーその脳細胞を一つ残らず喰い尽くしてあげるわ、
空崎ヒナと寸分違わぬ声色、表情、そして残虐な眼光。
ヒナの模倣体へと変貌した生塩ノアは、ヒナの眼前へと立つと、ゆっくりと右拳を頭上高くへと掲げた。
「それじゃあ次は、倍の3600tでーーーーーーーー」
ボゴオオオオオオオン!!!!!!!
ノアの顎先を、下から撃ち抜く強烈な衝撃。
ギョロリと目だけを動かしたノアは、眼下で踏み込んできたヒナを見下ろした。
そこには、激痛の走る左脇腹を右手で強く押さえつけながらも、血の滲む右拳を真上へと振り抜いたままのヒナが立っていた。
「……120t。軟弱ね、
ガクン。
そこで、生塩ノアの神経伝達は完全に途絶えた。
ドサリ、と。
糸の切れた操り人形のように、ノアの身体が路地裏のアスファルトへと力なく崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
荒い息を吐き出しながら、ヒナは倒れ伏したノアを見下ろした。
「……最初からチグハグなのよ、あんたは。その化け物じみた心に、ヤワな肉体が最初から追いついていないのよ。肉体の発する悲鳴を『経験』などと嘯いて無視し続けたツケを、今ここでまとめて払ってもらっただけよ」
ヒナはゆっくりと姿勢を正す。
「あんたは所詮……『メダカ』と同じよ。満腹中枢が壊れているから、与えられた餌を無限に胃袋へ詰め込み続け……最後には自らの腹を破裂させて自滅する。私がこれまで見てきたどんな凶悪犯や愚民どもよりも……救いようのない『大馬鹿者』よ、あんたは」
壊れた操り人形のようにピクリとも動かなくなった生塩ノアを見下ろすと、ヒナは地面へ血混じりの唾を吐き捨て、薄暗い路地裏の闇の中へと歩み去っていった。
【暴食 VS 強欲 ―― 暴食の勝利!】
またひとつ、学習しました。
七つの大罪編が終わった後、誰の話が見たいですか?
-
先生
-
ヒナママ
-
ヒナパパ
-
KMU一味