「会長の目、元に戻ったんですね」
「ええ、そうですね」
恒例となっているかぐや様の自室での雑談。最近はオレも出席する機会が増えてきた。それは生徒会が解散して白銀とかぐや様の接点が減少してしまったことによるフラストレーションもあるのだろう。
「普通の美的感覚で言えば綺麗な目の方がいいとは思うのですが」
「まあ、一般受けはいいよな。オレは違和感すごかったけど」
「良かったですね。かぐや様の大好きな会長に戻ってくれて」
「だっ……何言ってるのこの大馬鹿者」
「大馬鹿……?」
マズイ、また愛がキレた。前の白銀惚れさせ計画みたいになるのは絶対に避けたいんだけど。
「私は別に会長の事なんて好きでも何でもないと何度言えば……」
「――まあ。実際その通りなのかもしれませんね」
「えっ」
愛の急激な豹変にかぐや様は戸惑った。
オレに言わせれば、愛の悪戯スイッチが入っただけなのだが、当の本人であるかぐや様からすれば恐怖もいいところだろう。
「口では『人間は中身だ』『外見は関係ない』などと言ってはいますが……実際は美醜で態度が変わる程度の気持ちだった訳じゃないですか。私と違って。そんなのって……ねぇ」
愛は「私と違って」という言葉と同時にオレに体を寄せた。
オレはそれを拒むことはせずに委ねるが、自分から寄せることはしなかった。
ただ、私と違ってって何?もしかして女装のこと言ってたりするのかな?
あれは醜じゃないからかぐや様のそれには当てはまらないのではないだろうか。
「どうやら好きでも何でも無いっての本当みたいですね。すみませんでした。今まで変な勘繰りしてしまって」
愛はそう言って頭を下げる。その時にオレの腕を掴んでいたので、オレも頭を下げることになった。
「いえ…その……判れば…いいのだけれど………」
かぐや様の言葉に覇気がなくなってきた。体裁としては正しいのだが、深層心理でこれを否定して――いや、違うな。割と表層心理で否定しているな、コレ。
「もし付き合ったりなんてしたらどうせすぐに冷めて破局。結婚してもすぐ離婚。どうせ未来の無い関係になってたでしょう」
そんなかぐや様の状態を愛は意図的に無視して言葉を畳みかける。告白の先にあるであろう未来を示し、そのまた先の未来を予言することでかぐや様の心を的確に抉ってきた。
「所詮恋に恋してただけの偽物。まがい物ですからね。私と違って」
愛は言い切ったのだろう。ハンッと鼻を鳴らしてから視線をかぐや様から外す。その後にオレの量頬に両手を当てた。そしてその後にムニムニと頬をいじくる。
「肌モチモチー」じゃないのよ。
「な……なんでそんな事を言うの……?」
「あーはいもう止めますから。そんな顔する位なら好きじゃないとか言わなきゃ良いのに。ずるいし」
かぐや様の瞳には大粒の涙がジワリと浮かんでいる。声は高く、猫なで声に近かった。ぶりっこ特有のあざとさなどなく、自然に出てしまったもののようだ。
愛はオレの頬から手を離し、かぐや様の方に改めて向いた。
「好きじゃない!断固として好きじゃないけれど……仮に好きだとしたらちゃんと本物の愛だから!!」
「「仮って何?」」
最近はかぐや様の言葉のツッコミとしてオレと愛の言葉がハモっていることが多い気がする。
翌日。
オレは柏木に呼ばれて外庭のベンチに向かっていた。
「助けてってどういう事だろう…」
彼女の所属しているボランティア部のことで何か相談があるのだろうか。その場合は「助けて」と一言で済ませるよりも要件を伝えることが柏木らしさというものだが。緊急のことでそこまで頭が回らなかったのだろうか。
そしてオレが外庭についたときには、柏木とかぐや様がいた。
(帰ってもいいだろうか)
オレがそう思うのも無理はないだろう。絶対碌なコトではない。
「……何か用か、柏木」
「助けてください…」
「状況は推察できるうえに、お前の心境も推察できてしまうが、一応聞こうか。かぐや様の相談に乗っていた、合ってるか?」
「違います!これは友達の話です!!」
「なるほど」
オレはかぐや様の話だと理解した。
ああ、柏木が顔を赤くして俯いている。かぐや様のピュアッピュア具合には流石の柏木でも真正面から受け止めることは難しかったらしい。その被害を分散させるためにオレを召喚したのだろう。
「…それで、その内容とは?」
これまた大いに推測できるが。
「……これは友達の話ですけれど、最近気になる男の子の容姿が大きく変わってしまったんです。それで、彼女はその変化に多少なりショックを受けまして……美醜で揺らぐ程度の想いなんて本物の愛じゃないのかと思い詰めてしまって……」
「……フーン」
思ってたより昨日の話で動揺してたんだぁ……。そんで、本物の愛…ねえ。
「フーンとは何ですか、フーンとは!!」
「ああいや、すみません」
別に「よくもまあそんな恥ずかしい事を人前で平気で宣えるな」とか思ってるだけですよ。
流石に言葉は飲み込み、かぐや様からの非難にオレは素直に謝罪する。完全にオレに非があるからだ。
「ちなみに、柏木は何て言ったんだ?」
「恋なんてその程度のものだと…ちょっとしたことで冷めたり盛り上がったりなんて往々にしてあるものだと……」
「正しいね」
「でも!人の美醜で態度を変えるなんて『本物の愛』とは対極にあるものでしょう!?『本物の愛』はそんな簡単に揺らぐものじゃないでしょう!?」
「よくもまあそんな恥ずかしい事簡単に言えますね。尊敬します」
「早坂くん!?」
大丈夫だ柏木。半ばトリップ状態にあるかぐや様はこの程度の悪口は簡単に聞き流せる。
「……大丈夫ですよかぐやさん。その子の抱えてる想いはほんも……本物の愛ですから」
この子、言い切りやがった。すげぇ。
そしてごめん。オレの主人が本当に迷惑をかけた。
「本当?これは本物の愛?」
これはとか言っちゃったよ。相談音痴にもほどがあると思うんだけれど。
本当にごめんね柏木。
すると、とある人間がぬっとあらわれた。人間とは言ったが、オレにはその存在が悪魔に見えてしまった。疲れてるのかもしれないな。
「なんの話してるんですか~?なんだか本物の愛とかおもしろワードが聞こえてきたのですが~~っ!」
どうやらオレの目は正常だったらしい。病院に掛かる必要はなかったようだ。
「ええ、私が相談に乗ってもらっていたんです。本物の愛とは何かって」
かぐや様が答える前に柏木が泥をかぶってくれた。そろそろお礼の品々を考えるべきだろうか。お菓子で足りるだろうか。お金とか、高価なものは慣れているだろうし…。そうだな、おすすめのスイーツとかを教えてやろう。田沼とでもいっしょに行けばいい。
「えー柏木さん、私たちもう高校二年生ですよ~?この年にもなってそんな……」
藤原にはお礼参りが正しい対処だろう。ゴット柏木を馬鹿にした罪は重い。
「ちょっと待ってください。その相談は柏木さんではなくて私が…」
そう言ってかぐや様が無駄な訂正しようと試みるが、それは柏木本人によって阻止される。彼女からしたらせっかく恥をかいてまで守ったかぐや様の体裁が失われてしまうことに等しいからな。無理もない。
「参考までに聞くが、お前はどう思うんだ?」
オレも誤魔化しに参戦しよう。藤原の興味を逸らすくらいはできるからな。
「そんなの簡単ですよ~!本物の愛ってのは美女と野獣みたいに外見に囚われない愛のカタチです!相手の姿が変わったくらいで冷めちゃうなんて最低!偽物ですよ!!」
((考え得る限り最悪な答え!!))
最低なのはどっちだよ。えっへーって感じで誇らしげに言いやがって。
藤原はお友達に呼ばれて行ってしまった。この後始末はどうすればいい?押し付けやがって。
「やっぱり…私の愛は偽物……」
「あーあ、私って言っちゃったよ」
「主語を取り繕う余裕もなくなってる……」
かぐや様はそれだけでなく、周りに配慮する余裕もなくなっているようだ。
「姿形が変わっても私は絶対に添い遂げるのに!!」
「うっうん!わかってます、分かってますよ!」
柏木がずっとかぐや様の対応をしているけど、オレいる?
いらなくね?
「大丈夫ですよ、偽物なんかじゃないですよ、かぐやさん!人間誰しも趣味趣向はあるんですから!相手のすべてを好きになるなんて不可能なんですから!」
「真理だね」
やっぱオレいらなくね。
「どうしたんですか?さっき藤原先輩がしたり顔で去っていきましたけど」
「おお、石上」
「愛華先輩、ちわっす」
藤原の次は石上か。こいつはリアリストのはずだからかぐや様にビシッと言ってくれるだろう。
「石上くんは…本物の愛を手に入れられなくて苦しんだことはある…?」
オレ、相談に関わらず言葉には質問の仕方ってものがあると思うんだ。そしてそもそもあまり聞くべきではないこともあると思うんだ。
まあ、かぐや様はあまりこういった深い相談をしてこなかった弊害もあると思うけど。にしてもちょっとまだなんかあるよね。
「本物の愛?何言ってるんですか?もう少し現実を見ましょうよ、この現代社会、誰も打算なしに人を愛することなんてできないでしょう」
そうだそうだ。オレはこの事実を大いに否定したいものの、その勢いでビシッと言ってやってくれ。
見れば、柏木もフンスフンスと賛同している。言葉にはしていないが、彼女の本心はこちらなのだろう。
「まったく馬鹿みたいですよ……各々が胸に抱いた等身大の愛…それこそが本物の愛だってなぜ気づかないんですか?」
ちょっと待ってくれ。確かにビシッと言ってくれとは思ったし、それは達成されているのだが、結構ベクトルが違う。
そして自分の胸に手を当てるな。お前の方がしたり顔に見えるぞ。
「じゃ、僕はこれで…」
「石上くん…たまには良いこと言うじゃない……」
石上の言葉の賛否はともかく、かぐや様の胸には深く刻まれたようだ。まあ、間違ったことは言ってないと思う……よな?
柏木は心の底から気持ち悪いと思っているみたいだけれど。まあ言い方ってものがあるよね。
「ちなみに、愛華はどう思うの?」
ここでオレが呼ばれた理由が出来たな。いらない子扱いはされないようだ。
「…オレが知っているのは、『その人のすべてを知りたいと思う』のが恋。『その人のすべてを知ってなお、それを受け入れたいと思う』のが愛、という事です。ですが、これは間違っているのだと思っています」
「それはどうして?」
「人はだれしも、自分の醜い部分を隠したいと考えます。それは好きな人も恐らく例外ではなく、この世は欺瞞と虚構で作られていると思っています。だというのに、『愛する』という言葉があり、行為がある。ならば、オレの考えている愛はないでしょう」
自分で話していて驚く。まさかここまで言葉が出るとは思わなかった。
「まだ結論は出ていないので仮定にはなりますが、たとえ受け入れられないことがあっても、離れたくないと思えば、それは尊いものなんじゃないですかね。愛し方に間違いは……ない、と、思います」
「最後ちょっと投げやりにならなかった?」
「気のせいです」
本当に気のせいです。
何なら最後の言葉はとても言いたくない言葉でした。
ただ、これは本当なんだろう。間違った愛などない。
あるのは、その愛を受け入れることが出来るのか否かだ。
それは、その人の問題なのか、それとも愛する側の問題なのかはわからない。
「でも、そうよね。この世に間違った愛などないのよね!」
「前向きになってきましたね、その調子です」
すると、もう一人の来訪者が。今回は先の2名のような相談相手になりうる存在ではなく、話の渦中の存在だ。
つまり、白銀だ。
「おう、三人とも」
「おお、しろが……」
オレは白銀の方を振り返って言うが、途中で声が止まってしまった。柏木も白銀の姿を見たようで、悲鳴を上げている。
いわゆる黄色い悲鳴なんていう平和なものではなく、純度100%の恐怖から来る悲鳴だ。もし今の時刻が夜だったらオレも少なからず声を上げていたかもしれない。
「寝てないな、寝ろ」
「ああ、最近ちょっと徹夜続きでな。ちょっと目に来てしまったようだ…」
「見た瞬間に女子から悲鳴が上がるような目をしているのに、『ちょっと』という言葉を使うのは厳しいものがあるんじゃないか?」
しかも目だけじゃなくて足にも来てるし、ふらっふらだそお前。
これでは幾らかぐや様が目つきが悪いのが好きだとしても、限度ってものが……。
「か、会長…駄目ですよ……保健室、保健室で休みましょう……」
あれ、なんだかかぐや様の様子がおかしい。顔は上気しているし、息は欲情したかのように荒い。運動後のような健全なものでなく、不健全な雰囲気を醸し出しているように見えた。
類は友を呼ぶんだな。変人には変人が集まるのだ。
「いけない…いけないわ私…いけないってわかってるのに私どうして……」
ええい、手の甲を口に寄せるな。溢れるよだれを拭っているように見えるだろう。
そのまま、かぐや様は白銀に付き添って保健室に行ってしまった。外庭にはオレと柏木だけが残る。
「…あれは、本物の愛なんかじゃないんじゃ……」
「……まあ、愛し方は人それぞれだ」
悍ましいことにな。
「オレも少し様子を見てくる」
「あ、うん…行ってらっしゃい……」
オレは柏木に一言言ってから外庭を移動する。移動中に柏木へのお礼の品と、藤原へのお礼参りの内容を考えていると保健室に到着するのはすぐだ。
「白銀、だいじょ……」
保健室の扉から顔を出したオレの視界に真っ先に移ったのは、白銀の顔――目――をじーっと見つめるかぐや様の姿だった。
そして、それを窓から見る愛。外から見ている。その顔は何かを憂慮するような、そんな複雑な表情だった。
オレはかぐや様を見なかったことにし、愛のもとへと移動する。
「オレはとても不安に思っているのだが」
「かぐや様は絶対不良と付き合ったら自分も不良みたいな恰好する女だよ」
「懸念がリアル過ぎないか?」
だがそれはかなり正しいのかもしれない。伊達に長く関係を持っているわけではないな。
―――本日の勝敗。
柏木及び愛華の負け
月日が経ち、生徒会選挙が終了した。
結果は、下馬評の通りに白銀が当選。対抗馬であった伊井野は敵である白銀の実質的な手助けにより僅差にまでもつれ込む接戦を演じたが、残念なことに当選とまではいかなかった。
しかし、この一年間を有効活用し、成長できたのなら、次の選挙での当選は確実と言っていいだろう。頭何個も抜けて堅物という印象から、学校のことを良く考えている真面目、という印象になったので忌避感も少なくなったはずだ。
オレとしても伊井野に対する忌避感は薄れている。未だに誤解しやすいという欠点はあれど、それも徐々に治っていくだろう。
伊井野からすれば誤解のバーゲンセールである生徒会に属しているのだ。それで多くの経験を積むことが出来るだろう。そうすれば、物事を一度立ち止まって考えるということを学ぶはずだ。
ちなみに、オレも生徒会に属することになった。庶務として生徒会の雑用を行うのだ。主な仕事は掃除だな。
本来ならかぐや様の恋愛頭脳戦の邪魔をしないために生徒会室に入るのは憚られるべきなのだが、オレはかぐや様の従者ではないので問題ない。それに、かぐや様からしても一人より二人の精神なのだろう。
オレは比較的早く帰るためあまり助力はできないのだけれども。
「んじゃーな、白銀、石上」
「今日も早いな。別にいてくれてもいいんだが」
「なんか風野先輩に呼ばれててな。今日はそのせいだ。……普段は、別に長居する必要を感じないからだな」
「そうか……ああ、引き留めて悪い。また明日な」
「また明日です」
「おう」
形式的な挨拶を交わした後、オレは生徒会室を退出する。その後は風野先輩と会うために3年の教室へと移動するのだ。
すると、目的の人に会う前にとある人が話しかけてきた。
「お、早坂くーん!こんにちは!」
「こんにちは、子安先輩。上機嫌ですね、いい事でもありましたか?」
「うーん、普段通りだけど、特別なことはあったよ!応援団やることになったんだ~、副団長!」
話しかけてきたのは3年の子安つばめ先輩。秀智院の難題女子の一人に選ばれている。
ちなみに難題女子というのは、性格などに難があるわけではない。見てくれがいい且つ、交際関係になるという視点に立った時に難しいというだけだ。
子安先輩の場合、友人や後輩、先輩という立ち位置から一歩抜け出すのが難しいという言葉を使うのが適切だろうか。誰も彼も等しく接するのだ。
人気の面でも条件を満たしている。高校生としてはかなり珍しい純粋さで大勢の好感を買っているのだ。本人にそのような意思はないが、その事実がよりその傾向を助長しているのだろう。
「子安先輩で副団長なんですか。そしたら団長は誰が行うことになっているんですか?」
「風野だよ、あの人結構ノリノリでね!」
「へえ、風野先輩ですか。まあ適任ですね」
「やっぱそう思う?……って、そう言えば風野が探してたよ。引き留めちゃってごめんね!」
「大丈夫ですよ。それよりも、あの人どこに居ましたか知ってます?」
「普通に教室にいたよ!」
「ありがとうございます。では」
「うん!またね~」
子安先輩と別れ、彼女の言葉通りに教室に行く。すると、風野先輩がいた。
「先輩、何の用ですか?」
「お、来たな早坂!いやーお前に頼みがあってな」
「頼み?」
風野先輩がオレに直々に頼みがあるとは驚いた。彼の人脈からすればどんな頼みも協力してくれるはずなのに。オレにしか出来ない事なのだろうか?
「ああ。そろそろ体育祭だろ?お前には応援団の白組の副団長をやってほしくてな!」
「はあ、応援団ですか。それも副団長」
確かにオレにやってもらうのならオレにしか出来ない事だが、何か狙いでもあるのだろうか。
ただ、他にも懸念点はあった。
「副団長は例年は3年がやることなのでは?それに、オレは子安先輩と対極に位置できるような人間ではないと思いますよ」
「それだけはないだろ…それに、特に決まりはないから2年でもできるぞ」
「そうなんですか…分かりました。それなら受け入れますよ」
「ありがとな!」
ちなみに、オレはこの判断を後悔することになる。
「じゃあ、オレはこれで」
「おう、またな!」
教室を出て、今日は帰ろうと判断したときにオレのスマホが震える。連絡が来た合図だ。
連絡してきた人は愛。しかし、オレはその連絡の内容の見当がつかない。特に定期連絡もないはずだ。
ならば、緊急の何かがあったという事。
内容を見てみると、かぐや様が倒れて病院に搬送されたという事だった。
「……なるほど」
オレは病院まで急ぐことにした。
「不整脈というのでしょうか……突然心臓が激しく鳴り出し…時折死んでしまうのではないかと思うほど胸が痛くなって……」
そして現在。かぐや様はオレと愛の付き添いのもと病院に赴いていた。ちなみに、診てくれているのは『世界の名医10選』に選ばれている田沼正造だ。ちなみに柏木の彼氏である田沼翼の祖父に位置する。
「お話を伺い大体のところはわかりました。いいですか四宮さん、慌てずに聞いてください」
「はい…」
まさか生きている中でこの言葉を聞くことになるとは。余命がどうこうだったらどうしよう。愛も不安そうな表情をしている。
田沼先生はおもむろに口を開き、そして。
「――それは恋の病でしょう」
………?
……え、え?
オレは今どのような顔をしているのだろうか。笑っていることはないと思いたいのだが。
愛の方を見れば、愛はとてもとても引いた顔をしている。心の中を勝手に読むと「ウソだろ」って感じかな。
「……それは、そう言った名前の心臓病の類か何かでしょうか?」
「いえ、普通に好きな人にドキドキする感情のことです」
そっか、ちゃんとフィクションの中の話みたいな恋の病なんだな。よくねえよ。どんな痴態だコレ。
「……お医者様でもご冗談をおっしゃるのですね」
「それが冗談ではないのです」
「でしたらなんですか!?私は恋のドキドキで病院に運ばれてきたと!?」
「はい、私も医者を30年やってきて初めての出来事に少し動揺しています」
この人凄いな。なんでこんなにも淡々と症状を伝えることが出来るんだろう。やっぱり人生経験を積んでいるから初めての状態にも冷静になれるのかな?
「馬鹿をおっしゃらないでください!私は恋されることはあっても恋に落ちるなんて無様な真似をするわけがありません!」
「それなら、お話を整理しましょう」
少し弁明の時間を取ってくれるらしい。
「学校の活動で特定の人物のことを考えると鼓動が速くなると」
「はいそうです」
弁明をする気はあるのだろうか。
「それで今日髪についていたゴミを彼が取ってくれて、頬に少し手が触れたタイミングで胸に突然キュンキュンした痛みが走り…息もできなくなると」
「だからそう言ってるじゃないですか」
この子はなぜこうも自分のことを客観視することが出来ないのだろうか。
恐らく似たようなことを田沼先生は思ったようで、サポート担当の看護師さんとアイコンタクトを送りあった後、彼が代表して病状を伝える。
「それはね……恋だよ」
「違うって言ってるでしょう!?」
この子はなぜこうも自分のことを客観視することが出来ないのだろうか。
「絶対心臓の病気です!今までの人生でここまで胸が苦しくなったのは初めてなんです!!」
それはもう初恋だと言っているようなものではないのだろうか。
「じゃあ初恋なんじゃないかなぁ」
この人はもはやこの状況を楽しんでいるのではないだろうか。口角の上りが隠しきれていない。
しかし楽しんでしまう気持ちもわかる。だってこんなの面白すぎるもん。
「かぐや様……私外で待ってますので終わったら呼んでください……」
「早坂!?」
主人の痴態に限界を迎えたのか、愛が戦線離脱を要請した。かぐや様からすればそれを行う理由がまったくもってわからないので何も言うことが出来ない。
「もう耐えきれないです……私だってこの病院使ってるのに…もう来れないですよマジ最悪……」
「な、なんなのよ……」
「あ、オレもいいですか?ちょっとこの空間に居たくない。笑っちまいそうです」
「何処に笑う要素があるのよ!こっちは真剣なの!!」
「だから笑っちまうんですよ」
オレたちが出ようとしたとき、かぐや様はもっと詳しく調べてもらうという暴挙に出た。
かぐや様は今、最先端の医療技術によって心臓を調べられている。恐らくレントゲンのようなものだろう。
値は張るが、かぐや様は「自分の命に比べれば安いものです」と言い切った。とても毅然とした態度で見てるこっちが恥ずかしい。ここまでの愚か者はそうそう居ないのだろう。
そして、検査結果が出る。
「どう?」
「とても綺麗で健康な心臓をしてます」
「そんなはずない!穴の一つや二つ空いてるはずです!!」
「だったらもう死んでるかな」
どうやらもう正常な判断能力もなくなってしまっているようだ。脳みその方はスッカスカかもしれない。
「だったら何ですか!?私は顔を触られただけで倒れるほどドキドキしたって言うのですか!」
正しいのでは?
「確かに多少は嬉しかったですが、それで倒れるなんて私は会長のこと死ぬほど大好きってことになるじゃない!!」
正しいじゃないですか。
そして愛は一生続くであろう主人の痴態に顔をまたもや覆っている。顔を赤らめている姿はオレに見せるそれとは毛色が違ってとても可愛らしい。
「ちなみに、彼の写真とかはありますか」
「まあありますけど」
そう言って出したのは猫耳の姿の白銀や変顔をした白銀。
「普通の写真はないのかい?」
「ありますよー」
オレはそう言って田沼先生に白銀の写真を見せる。この写真は普通の写真で、確か夏祭りの時に石上と白銀と撮ったやつかな?
「フム、なかなか面白くていい子だね。君にとてもお似合いの男の子だ」
「お似合い……」
「彼と付き合いたいとは思わないのかな?」
「………だから言ってるじゃないですか。ホントにそう言うのじゃないです!私はただ会長を人間として!理想的な人だと思ってるだけなんです!!」
それはもはやそういう事だと認識してもいいのでは……。
あまりの恥ずかしさに愛がオレの肩にもたれかかってきた。その行動自体はとても好ましくいい事なのだが、ちょっとかぐや様が面白すぎてそれに集中できない。
「別にお似合いだなんて言われてもなんとも思いませんから!」
「心拍数200オーバーです。すごくバクバク言ってます」
もはやここまで表情を取り繕うことが出来るのは才能と言っていいのではないだろうか。素直に尊敬することが出来るかもしれない。
「やめて…最先端技術を使って主人の気持ちを暴くのはもうやめて……」
「なんかかわいそうになってきたわ」
流石に機械をだますことはできなかったようだが。
「最近何か心境が変わる心当たりはありませんか?」
「心当たり……」
愛は少しだけ手から顔を出し、言葉を紡いでいく。
「この子こないだ彼とキス直前まで行っちゃって、それ以来すごく意識しちゃってるんです」
「あー、体育倉庫に閉じ込められたってやつ?でもあれって事故なんだよね?」
「ちょっと二人とも何を言ってるの!あれは今関係ないでしょう!?」
「「大アリなんです」」
その後、かぐや様の弁明が続く。
「あれは純粋な恐怖です!いざ本当に迫られるとなんだか頭が真っ白になってどうしたらいいのかわからないだけ!意識してるのではなくて恐怖しているの!!」
話せば話すほどにボロが出てる気がする。現に愛は顔を逸らすという最大級の自己防衛策に出てきたし、話を聞いている看護師さんたちは少しだけ顔を赤らめている。純情さ具合に心が揺れているのだろう。
先生だって恐らくかぐや様の話に真剣に対応していないだろう。尤も、それはかぐや様の視点からであって、オレたちの視点からすれば誰よりも真剣に対応している。
「先生も気持ちはわかる。おじさんだって恋する時代はあった。まぁもちろんまだまだ気持ちは現役だけど」
「聞きたくありません!!」
そんなことなかったかも。
そして病院の検査も終わり、夜となった。普段は寝る時間に近しいのだが、彼女は少しだけご機嫌ナナメだったので少しだけ寝る時間が遅くなってしまっている。
「あの医者絶対にヤブ!!」
「世界の名医になんてことを」
「あの人ほど真剣に対応してくれる人なんかこの世に居ないのに」
「こうなったらセカンドオピニオンよ!他の病院に―――」
おっそろしいことを平気で宣いやがるかぐや様の肩を愛が掴み、自分に意識を集中させる。
「お願いですからこれ以上恥をばら撒く真似はやめてください」
「オレからしてもちょっと…赤面してる可愛い愛を見れるのはいいんですけどね……こっちも恥ずかしくなります」
「なんでよ!!」
―――本日の勝敗。
早坂組の敗北
誤字、矛盾などあったら報告よろしくです!