体育祭!!
小学校から高校まで一般的な学校では年に一度行われる身体能力を示す祭り!
多くの運動部にとっての晴れ舞台であり、なおかつ帰宅部のような日陰者にも一定の活躍の場が与えられる可能性のある大勢に優しい舞台!!……もちろん人に拠るが!人に拠るのだが!
借り物競争…二人三脚…玉入れ…個人の能力だけでなく団体としての能力が試される種目も数多く存在する!
それは秀智院でも例外ではなく、そう言った種目は存在する。
愛華は二人三脚に出場する。クラスから選抜して行う種目は二人三脚、借り物競争、障害物競走、100m走の4つ。この中から二人三脚を選んだのだ。
そして、風野に頼まれた応援団もある。この関係で二人三脚を辞退する線も考えられたのだが、愛華の身体能力を考えると白組の勝利のためにはその線を捨てなければならないという判断のもと二人三脚に推薦された。
つまり愛華が出場する種目は、学年種目であるソーラン節と棒引き、そして先述した二人三脚に、応援合戦だ。
愛華は白組応援団の副団長。それはつまり、大いなる責任がその肩に乗っかっているという事に他ならない。
そのような重圧に(一応)押されている愛華は。
「クソ風野パイセンがよぉ……」
ブチギレていた。
その理由を説明するには、応援団の詳細が愛華に伝えられた日にまで時間をさかのぼらせる必要がある。
それは、とある日のことだった。
「え、石上応援団はいるの?」
愛華は石上と会話をしていた。このように一対一で会話をするのは随分と久しぶりだ。生徒会室で白銀とともに会話などはしていたのだが、やはりこのように二人で会話する機会は乏しい。そもそも愛華があまり一対一で会話をしないというのもあるのだが。
「ええまあ」
「なんで?今までのお前だったら絶対入らないじゃん」
「心境の変化があったんですよ。今までは特に知らないで呪詛を吐いてましたけど、知ってから吐くのも遅くはないかなって」
「呪詛吐いてたんかい……まあ、なるほどな。それで、確か今日は赤組応援団のミーティングみたいなもんがあったんだろ、どうだった?」
「知ってますか愛華先輩。応援団に入ったらリア充になれるんじゃなくて、リア充しか応援団に入らないんですよ」
「お前何悟ったんだよ」
愛華は石上の話を詳しく聞いてみることにした。
「まず驚いたのはウェイ系が多かったことですかね」
「ああ、風野先輩も子安先輩もそんな感じだしな」
「…?」
「……団長さんと副団長さんだ」
「ああ、あの二人ですか」
愛華は石上の人知らずに絶句した。風野と子安は3年どころか秀智院全体で見ても有名人だ。そんな彼らを知らない石上に少しばかり危機感を抱いた。
「…無理にとは言わないが、コミュニケーションは取っとけ。せめて話しかけられたら答える程度にはな」
「…善処します」
石上は本当に変わろうとしている。前を向いて、新しく始めようとしている。
石上優には黒い噂がある。
それは、大友京子という女生徒にストーカー行為を働き、その上彼女のボーイフレンドである荻野コウにいたずらな暴力行為を働いたというもの。それも、暴力の動機は荻野への醜い嫉妬ということでまとまっている。
それは事実ではない。確かに暴力は振るったようだが、それは荻野の悪行に気付き、それによって大友京子に被害が行かないようにするための行動だと。荻野は悪辣な斡旋業に手を出していたのだ。それも、彼女である大友をも巻き込みかねない巨悪なものだった。
それは前生徒会が推測したものだった。それを石上本人に伝えた時に石上は救済を感じたのだろう。学友からも教師からも親からも理解されずに拒絶された石上にとってこの上ない救いだったのだろう。
だから、石上は白銀にこの上ない恩義を感じているし、生徒会にも属している。彼の能力もそうだが、彼が生徒会所属を否定しないのはそのような心境が含まれている。
この件は未だ解決には至っていない。
石上優が集団から排斥されたような状態だからだ。1年の中で石上を良く思う存在はほぼいない上、それは上級生にも半信半疑気味な状態で広まっている。今は秀智院に在籍していない大友にも、よく思われていなかった。
解決するのは簡単だ。生徒会が声明を出せばいい。石上優は、大友京子のために荻野コウという悪に立ち向かったヒーローであると。ヒールは荻野で、大友は悲劇のヒロインであると。
それは成されなかった。他ならない石上が拒絶した。
結局彼の中では、大友は大事な人で、傷ついてほしくない人だった。
荻野の悪行が正しく広まってしまえば、荻野は報復行為に出る可能性が高く、その被害は大友に行く可能性が高かった。また、大友が荻野の悪行に加担したという風評被害も生まれる可能性があった。
事実を話せば大友に被害が及び、それは石上の望むところではない。
事実を隠せば石上が排斥され、石上は苦しんでしまう。
完全なデットロック状態。それが石上を長い間後ろ向きにさせていた。
幸いにも今は荻野は転校しているし、大友は普通に進学試験に落ちてしまった影響で石上に本格的にかかわる人間は存在しない。
今の石上の排斥は、周りの野次が執り行う荻野と大友の弔い合戦のようなものなのだ。
だが、石上優は前に進もうとしている。
自らが見る世界を広げるという手段を用いて前に進もうと足掻いている。
「それで?後は何に驚いたんだ?」
「『おけまるぅ?』からの『うぇーい!』ですべてを完結させる大胆なシステムですかね。まさか民主主義を超えるシステムがここにあるとは思わなかったです」
「聞いててオレもおかしいと思ったぞ」
「あとこれは驚いたってよりふざけんなってことがあって…」
「何があったんだよ?」
愛華は素直に疑問に思う。石上がふざけんなと思うことが可笑しいのではなく、反感をあまり買わないような人が団長をやっているために石上にそこまで言わせるものが何なのか気になったのだ。
「応援服が女子は学ラン、男子は女装になりました。『私たち、入れ替わってる~⁉』じゃねぇんだよクソが」
「カチキレてんじゃん」
石上からあふれ出る負のオーラを愛華は真正面から受けた。しかし、愛華自身がその立場になっても、石上と同じような状況に陥ると簡単に予測できるため深く詰めることはない。
「まあわかるけどな。それで、制服とかになるんだよな?借りる伝手は?」
「あると思いますか?」
「全く」という言葉は飲み込み、愛華は石上と接点のある女子生徒の名前を羅列させることにした。
「……藤原」
「キモがられるんでキツイっス」
「伊井野」
「僕の未来はないってことでしょうか?」
「そこまでか?…かぐや様」
「先に同じっス」
「あ~わかるわ~」
「何がわかるの?」
愛華と石上は己のおかれた状況を理解するのに大いなる時間を費やした。
賛同した際のニコニコした顔はすぐに引き攣り、ちらりと後ろを見る。その後、石上と顔を見合わせ、また同じように後ろを見る。
そこにいたのは、四宮かぐやだった。
そして、それを認識した後は話が早い。
「――逃げるぞ!」
「ハイ!」
「なんで逃げるの」
愛華たちの企みは悲しいことに形を成さなかった。
「なるほど…応援団の制服として男子は女装するから女子生徒の制服がいると……」
「ハイ…借りる当てもなくて……」
四宮は石上の話を聞いて吟味する。自分にできることがあるため、話は早かった。
「別に私のでよかったら貸しますけど」
「「え?」」
四宮の言葉には当の本人である石上だけでなく、愛華も驚きを露わにしてしまった。
「何よ」
「いや、意外だなと。こういうのって関係に関わらず抵抗感があるものではないですか?」
「少しもないと言えば嘘になるけど、これくらい大丈夫よ。それに、後輩が困っていますから」
愛華は石上の成長を感じた後に四宮の成長を感じる。とはいっても、彼女の場合は人とのかかわりを増やした程度だが、それでも彼女にとってはかなりの進歩なのだ。
その進歩は、愛華にとっても嬉しいものだ。
(……本当に、羨ましい)
前に進むことが出来ている、また前に進む意志があることが羨ましい。
黒い感情ではないが、決して純粋とは言えない感情に愛華は嫌悪した。
しかし、その感情に付き合う義理は今はない。今は石上のことについてだ。とはいっても、もう愛華は用済み感が強くなっているが。
「それよりも愛華。あなた白組の方はいいの?」
「会議などのことですか?問題ないですよ。オレはお飾り副団長ですし、風野先輩にも白の団長さんにも別に考える必要はないって言われてますし」
「そうじゃなくて……あなたも女装するのよ?」
忘れていたかな?この話は、愛華が不機嫌になっている理由を話すためにあるのだ。
「―――あ?」
愛華は少しだけ事態を認識するのに時間を要し、そして処理が終わる。
「ちょっっっと待ってください!それは赤組の応援団の応援服でしょう!?この学校は組ごとに応援服が違うではないですか!オレは白組ですよ!?」
「あら、聞いてないの?あなたがさっき言った風野先輩と白組団長さんが話していたのだけれど。主に風野先輩が主導して」
「―――」
風野が愛華を応援団に勧誘した理由を遅まきながらに理解する。これが目的だったのだ。
「―――クッソ野郎が!!」
愛華は、女装が嫌いである。
とまあ、これが愛華が不機嫌になっている理由だ。
「赤組殺す」
「みんなー!我らが副団長様のご命令だー!赤組に勝つぞー!!」
「「「「「オオッ!!」」」」」
赤組と同じように、女子は男子の、男子は女子の格好をした集団が発声する。
殺すという言葉は勝つという言葉に置き換えられたが、愛華はそれを気にすることはなかった。
「おい団長、オレは騎馬戦に出てもいいか?学年競技だけどよぉ、一人欠席居るんだよな?」
「ん、ああ。確かに欠席はいるが……」
「代わりの奴見つける手間省くためにオレを出せよ。赤組潰してきてやる、コールドゲームだ」
「流石にリレーまで体育祭を持たせてくれ……」
白組団長の懐はとても広いようで、愛華がため口どころか高圧的な話し方をしたとしても特段文句を言わずに応対してくれている。
団長の人柄も理由に含まれているが、何よりも風野の悪ノリに軽率に乗ってしまったことに罪悪感を抱いていることもあるらしい。まさかここまで嫌がるものだとは思わなかったのだと。
「ホント、悪かったな。まさかここまで嫌がるとは……」
「……まあ、全部が全部嫌ってわけではないんですけど、男としてねぇ……」
「俺は結構楽しめるけどな」
「あんたが特殊だよ。あと風野も」
「もう敬称なくなったな」
(もはやいらないだろ。あの人のキャラ的にも所業的にも。少なくとも今日一日は絶対に許さん。
もう応援合戦もやりたくない。笑われる笑われない関係なく嫌だ)
そうは思うものの、愛華にはすべての情報を知らずに軽率に了承してしまったという落ち度がある。
「まあ、やるからにはガチでやりますよ。風野は潰しますが」
「もう何でもいいから頼んだぞ」
愛華は団長と別れ、愛を探す。愛と話すことで少しでも気を紛らわせようとしたのだ。
少しだけ時間を費やして愛の姿を探し、愛華はようやく見つけた。そこは学校の壁に隠れた陰であり、愛はそこに隠れるようにして立っていた。
当然、愛の周りに人はいない。
愛華は迷わずに愛に話しかけた。
「あれ、まだ女装してないんだ」
愛華に気付いた愛がそう言葉を零す。
「応援合戦がまだだからな。昼休憩の時にするさ」
「……写真撮って良い?」
「断る」
「じゃあママに言うだけ!」
「譲歩できてねぇ――つうか、ぜってーやめろよ。奈央さんにぜってー言うなよ?」
「私最近、押すなよ?押すなよ?ってやつにハマってて……」
「どこぞの倶楽部じゃねえよ」
何故気を紛らわせようとした結果疲れているんだオレは、と愛華は心の中でため息を吐く。
「ってか、奈央さん来ないのか?」
愛華は「言う」という言葉を聞いて疑問に思ったためそう問う。
すると、愛は愛華に愚痴るように不満げな表情と言葉遣いで話しかけてきた。
「……そう、ママは私のことなんてどうでもいいんだってさ」
連絡があったのかと愛華は聞いたが、そういうわけでもないらしい。
しかし、もうすでに多くの保護者達が保護者席に座っている。愛華たちの友人である藤原のご両親の姿は見えていた。しかしながら愛の母である奈央の姿は見えていないので、愛は来ていないと判断したようだ。
愛華からすれば、それは少し疑問に思えるものだった。
「奈央さんに限ってそんなことはないと思うが……急な仕事でもあったのか?ないはずだが……」
「ママは守れない約束するんだよ!守れない約束はしないでって言ってるのに……」
「へぇ~……」
愛華は愛の後ろにいる人間を認識し、少しだけ愛を誘導するように動くことにした。
「ところで、奈央さんに言いたいことはまだあるんじゃないか?この際だし、文句たくさん言ってみなよ。本人もいないんだしさ」
それは正しく作用し、愛は愛華の思い通りに動いてしまう。
「……そだね。ちょっとスッキリしようかな」
愛は少しだけ息を吸い込み、つらつらと言葉を続ける。
その言葉は多少…いや、結構な毒が含まれていた。別に彼女が奈央を嫌っているわけではないことはよくわかるのだが、やはり不満がないことと同義ではないのだろう。不満の言葉だけは多かった。
「……思ったよりもあるのね」
「そうだし!」
少しだけギャルモードが混じり始めた。不安定になっている。
「あら、ひどいわね」
愛は予測していない声にビクリと肩を震わせる。そして、ゆっくりと後ろを振り向いた。
そこにいたのは、愛の母親である「奈央」。先程まで悪く言った本人だ。
「ま、ママ!?」
「ええ、ママよ。貴方が嬉々として悪口を言っていたママよ」
表情は全く変わらないままになぜか悲しそうに見える彼女の姿は愛をしどろもどろにさせた。
「ま、ママ……」
「奈央さん、来たんですね。仕事を手伝った甲斐がありました」
「あら、愛華、お母さんと呼んでと言っているでしょう?…でもその節はありがとう。おかげで何とか体育祭に来れたわ」
そう。愛華が奈央が来ていないことに疑問を覚えた理由はこれだ。
奈央が来ない場合、愛が悲しむ。それを憂いた愛華は奈央の手助けをするように動いたのだ。もちろん、奈央に仕事の類がなければ何事もなかったのだが、急ぎの仕事が入ってしまったようで動くことになっていた。
もしそれが愛華が動いても変わらないものだったらどうしようもなかったが、幸いにも簡単にことを解決することが出来たのを安堵していた。
「手伝った…?」
「来れないだろうことはわかっていたから、それを回避するために手伝った。それだけだ」
愛の疑問に愛華は淡々と答えた。愛はその答えを聞いて目を開く。
そして、下を向いてもじもじした。
「あ、ありがと……」
「別に構わない」
愛華は少しだけ恥ずかしく思ったのだろうか、顔をそっぽ向かせた。
奈央はそんな二人の様子を微笑ましく見守ったが、それはそれとして言いたいことがあったので言葉を投げる。
「それで、愛華が女装するってのは本当なの?」
愛華の時が止まる。正しくフリーズしていた。
愛華は奈央の言葉が理解できなかったために動きを止める。
反対に、愛は生き生きとしていた。
「そうそう!」と別人のようにまくし立てて言葉を続ける愛の姿をみて、愛華は己の過失を悟った。
(そうだ…奈央さんの仕事を手伝うってことは、奈央さんに俺の醜態を見られるってことだ……最悪じゃん……)
そう。しかも、それは己の行動が起こしたもの。良かれと思って行動したものが引き起こしたどうしようもない運命だ。
それは簡単に予測できたもの。その予測が欠片も思考の中になかった愛華の行動を見れば、愛華の思考は簡単にわかる。どのような目的を持っていて、その理由まで簡単に確定させることができるだろう。
本人は病的なまでに頑なに認めないが。意固地なことだ。
「へえ、お昼の後に応援合戦なのね。その時に女装……そしたら、カメラを取ってこようかしら。二人とも出番はまだなのよね?」
「うん!ママお願い!」
「後生ですからお止めください」
愛華が懇願するも、相手は性格が悪い愛の母親である奈央だ。そのような願いを叶えるためにはある程度の代償が必要だった。
「それなら、ママと、あるいはお母さんと呼びなさい。お義母さんでもいいわよ」
「多分漢字変換おかしいですよね?」
愛華は多少見当違いな指摘をするも、己に迫った試練を正しく認識した。
愛華は奈央を『母』の継承を呼ぶことを忌避している。それは奈央に対する嫌悪から来るようなお粗末なものではなく、奈央をその対象として見てしまうことへの忌避だった。
とはいえ、それは愛華の深層心理から来るような矮小なものであり、奈央たちにはわかりようもないものだ。
そのため、奈央たちは愛華の心境もわからずに返答を待つ。
愛華が答えを詰まらせ、場に静寂が訪れたが、それも長くは続かなかった。
「おーい早坂!」
「っなんだ?すぐ行く」
愛華は遠くから投げかけられた言葉に縋るように行動する。
「すみません、呼ばれてしまったので」
「……ええ」
愛華は律儀に二人に言葉を残してからその場を離れた。
―――
「……悪いことをしちゃったかしら」
愛華が離れたのを見送った後、奈央は一人ぼやいた。
「……わからない」
愛は素直な感想を返す。
随分と長い時間愛華と関わってきたと自負している愛だが、それでも彼についてわからないことが多い。
偏に、愛華が己のことを隠そうとするからである。
その節があることは愛も重々承知しているし、愛華が話そうとしていることはよくわかっている。夏のあの日、他ならない彼自身がそういったためだ。
そのことを一応奈央に話したところ、どうやら納得してはくれたようだ。
しかし、疑問は残る。
「……何を怯えているのかしらね」
「…『愛される』ことが怖いんだって。あと、『愛する』ことも」
「へえ…『愛する』……」
奈央は愛の言葉を吟味する。
そして、やはり疑問を覚えた。理解が出来なかった。
「……もう、
「
愛は奈央の言葉をオウム返しする。
「あなたのために私の仕事を手伝ったことといい、あなたを看病したことといい、あなたを愛しているといって差し支えないと思うのだけれど……」
愛される。
その言葉に愛は顔を赤らめ、奈央はそれを堪能する。
しかし、話題は依然として愛華のことだった。
「…でも、愛華が話すまでは……待たなきゃ」
愛の真剣な表情を見て、奈央は理解する。自分が入っていい領域ではないのだと。
「…そう、ならいいわ」
それはそれとして、カメラは持ってくるようだ。
―――
愛華は少し石上と話した。
とはいっても、ただの雑談だ。主に愛華の風野に対する愚痴だ。
それもすぐに終わり、愛華の時間がやってくる。
そう。彼の競技である二人三脚だ。
ペアは、先ほどほんの少しだけ気まずくなってしまった愛。
愛華は少しだけ戸惑ったが、愛は特段気にしないように振る舞っている。振る舞ってくれている。
その気遣いが愛華の胸を締め付けるものの、愛華はそれをおくびにも出さない。
「方針を聞きたいんだが、何番を狙う?」
愛華と愛の身体能力は秀智院の中でトップと言っていいだろう。彼彼女は四宮の無茶ぶりにこたえることが多い。その上、愛華は才能、愛は早坂家の教育によってその身体能力を高めていたのだ。
だからこそ、その気になればどんな順位を取ることも可能だ。それこそ、最下位であろうと1位であろうと。
二人三脚特有のペアとの協力のかみ合いで順位を落としてしまうという現象も、この二人には当てはまらない。
それどころか、まるで同じ体を扱っているような錯覚を覚えるほどの速度を出すことだって可能だ。
「…まあ、一番でいいんじゃないかな」
愛はあっけらかんとそう言った。
周囲も愛華と愛の相性をよく認知しているからか、別に二人が1位をとっても違和感を感じる小尾はないだろう。
愛華はそれに頷き、二人三脚の紐を互いの足に結んだ。
これで準備完了。あとは審判の合図を待つだけだ。
審判がスタート用ピストルを掲げたのを見て、愛華たちはすぐにスタートできるように体を準備した。
そして、発砲の瞬間に同時に足を踏み出す。
踏み出す足の相談は全くしていなかったのにもかかわらず、出す足は同じ。まあ、確率は2分の1ではあるからまったくもって珍しいわけではないのだが。
とはいえ、完璧なスタートを切れたのは事実。
その上、足を踏み出すタイミングも完璧だ。これでは1位以外を取る方が難しいといえるだろう。
そして、当然かのように1位を取る。
しかし、愛は少しだけ不満そうだった。
「どうした」
愛華がぶっきらぼうに問うと、愛は口をとがらせて答える。
「だって、愛華が私の動きに合わせたから……」
どうやら、少しだけ自信を持っていた身体能力で愛華に上をいかれたのが悔しかったらしい。男女の身体能力の差を考慮しても分が悪いと言わざるを得ないのだが、それでも心理的には悔しさが残るのだろう。
そのことを明言しながら言うも、愛は変わらない反応だった。
しかし、何かを思い出したかのようにパッと表情を変える。
「…どうした?」
愛華が不思議そうに問うと、愛は興奮して言葉を続ける。
「だって、そろそろ愛華の出番だからさ!!」
それは事実だった。現在の時刻は11時過ぎ。この後に行われる借り物競争が終わり、昼休憩も終わったらすぐに応援合戦が始まる。
当然、愛華の女装もすぐだった。
「……」
愛華は、己に迫る受難にため息を吐くとともに、風野を潰す決意を固めた。
風野の運命はいかに……!