ただ、今年の博麗神社はいつもより少し、静かだった。
秋の終わりだった。
博麗神社の境内には、赤い落ち葉が積もっている。
風が吹くたび、かさり、と乾いた音がした。
縁側で、博麗霊夢は湯飲みを傾けていた。
空は薄曇り。
もうすぐ冬が来る。
「……暇ね」
ぽつりと呟く。
最近、異変が少なかった。
妖怪も静かだ。
魔理沙も来ない。
その時。
石段の方から、足音が聞こえた。
ゆっくり。
重たい足音。
霊夢は顔を上げる。
そこにいたのは、アリス・マーガトロイドだった。
霊夢は少し驚く。
珍しい。
アリスが一人で神社へ来るなんて。
しかも今日は、妙に顔色が悪かった。
「……どうしたのよ」
アリスは答えない。
静かに縁側へ上がる。
その手には、小さな紙袋があった。
「これ」
「は?」
「借りてた本」
霊夢は眉をひそめる。
「私、あんたに本なんて貸してた?」
「……魔理沙から」
その名前が出た瞬間。
空気が少し止まった気がした。
霊夢は黙る。
アリスは紙袋を縁側へ置いた。
中には、何冊かの魔導書が入っている。
端が擦り切れた、見慣れた本。
魔理沙のものだった。
「……まだ整理してるの?」
霊夢が小さく言う。
アリスは少しだけ目を伏せた。
「捨てられないのよ」
風が吹く。
落ち葉が舞う。
魔理沙が死んで、一年が経っていた。
あまりにも突然だった。
異変の途中だったとか、大きな戦いだったとか、そういう劇的なものじゃない。
ただ。
無茶な魔法実験を繰り返した結果、身体を壊した。
それだけだった。
いかにも魔理沙らしい最後だ、と誰かが言った。
霊夢は、その言葉が嫌いだった。
「……まだ実感ないのよね」
霊夢は湯飲みを見る。
「そのうち普通に窓割って来そうで」
アリスは笑わなかった。
代わりに、小さく呟く。
「昨日、夢を見たわ」
「夢?」
「魔理沙がね、“本返せ”って怒鳴ってた。自分は帰したことないくせに」
霊夢は思わず吹き出しかける。
あまりにも、ありそうだった。
でも。
アリスは笑っていなかった。
「起きたあと、本気で返しに行こうとしたの」
掠れた声だった。
「家に」
霊夢の笑みが消える。
アリスは俯いていた。
長い金髪が揺れる。
「……玄関開けて、“ああ、もういないんだ”って思い出した」
静かな声だった。
泣いていない。
けれど。
泣いているよりずっと苦しそうだった。
霊夢は何も言えない。
風だけが吹いている。
アリスは紙袋を見つめる。
「馬鹿よね」
「……」
「一年も経ってるのに」
霊夢はゆっくり湯飲みを置いた。
そして、ぽつりと呟く。
「一年しか、でしょ」
アリスが顔を上げる。
霊夢は空を見ていた。
曇った秋空。
「そんな簡単に慣れないわよ」
その声は、思ったより弱かった。
アリスはしばらく黙っていた。
やがて。
小さく笑う。
今にも泣きそうな顔で。
「……そうね」
その時。
風が吹き抜けた。
縁側に置かれた紙袋が倒れる。
中から、一冊の手帳が落ちた。
ぱらり、とページが開く。
二人は同時に目を向ける。
そこには、雑な字でこう書かれていた。
『弾幕=パワーーーー!!!』
沈黙。
数秒後。
霊夢が吹き出した。
「なによこれ……」
アリスも笑ってしまう。
涙声のまま。
「最後まで馬鹿ね、あいつ……」
笑いながら。
二人とも、少しだけ泣いていた。
んー曇らせっていいナ!