宇宙世紀0079 ア・バオア・クー内部
地球連邦軍とジオン軍の全てをかけた最終決戦。爆発と怒号が飛び交う要塞内部の一角で、二人の男が向かい合っていた。
要塞の深部、無重力の回廊に、その二人の間に飛び込む一人の人影があった。
赤いパイロットスーツのシャア・アズナブル。黄色のパイロットスーツのセイラ・マス。白いパイロットスーツのアムロ・レイ。
外では幾千の命が散っているというのに、この三人だけが奇妙な時間の中に切り取られていた。
「やめなさい! 兄さん、やめなさい! アムロも!」
セイラが両手を広げ、二人の間に割って入った。
「二人が殺し合う必要なんてないのよ!」
シャアのヘルメット越しの眼が、静かな炎をたたえていた。
「……退けアルテイシア。これは私とあいつの問題だ」
「そうはいきません。兄さん、アムロに恨みがあるわけじゃないでしょう?」
「……ララァを殺された」
低い、絞り出すような声だった。
セイラは一瞬目を閉じ、しかし揺るがなかった。
「それはお互い様でしょう、兄さん」
「——っ」
シャアが黙る。その沈黙は、図星の重さだった。
少し離れたところで、アムロが二人のやりとりを聞いていた。
(……兄さん?)
アムロの目が、セイラとシャアの間を行き来する。
(ということは、シャアがセイラさんの……)
脳内で、ぱずるのピースがはまっていく音がした。
シャアが、ゆっくりと口を開いた。
「……ならば、私の同志になれ。そうすればララァも喜ぶ」
「正気なの、兄さん!?」
「このまま、こいつを野放しにはできん!」
「………」
重い沈黙が、無重力の回廊に満ちた。
そのとき。
アムロが、おもむろに動いた。
ゆっくりと、静かに、シャアの手に向かって歩み寄り——その手を、両手でそっと取った。
「…そんな、同志だなんて」
アムロの声は、しみじみとしていた。
「他人行儀な。僕のことは……義弟と呼んでください。義兄さん」
間があった。
三秒ほどの、宇宙的な沈黙があった。
シャアが、なんとも言えない顔でアムロを見た。
ヘルメット越しでも分かる。明らかに、「なんか嫌なものを見てしまった」という顔だった。
「……なぜ貴様に義兄と呼ばれなければならない?」
「えっ? だって、あなたはセイラさんの実のお兄さんなんでしょう? なら、それはもう……僕の義兄ってことじゃないですか」
アムロは至って真剣だった。
真剣すぎて、始末に負えなかった。
シャアが、おもむろにセイラを振り返った。
「……一体どういうことなんだ? アルテイシア」
その声は、指揮官の声ではなく、純粋に当惑した兄の声だった。
「アムロくんがこう言っているということは……まさか!?」
「なっ、なにを言い出すの、アムロ!?」
セイラの声が、半オクターブ上がった。
シャアの視線が怪しく細くなる。
人類最高の感性を持つニュータイプが、じっと妹を見ている。
「ちっ、ちがうわよ! 誤解よ! アムロも変なこと言わないでよ!!」
次の瞬間。
「ちがうだなんて!!」
アムロの叫び声が、要塞の回廊に響き渡った。
「誤解だなんて!! あんまりだわ……あんまりよ……!!」
白いパイロットスーツが、くるりと翻った。
無重力を蹴って、アムロはその場から全力で逃げ出した。
最終決戦の最中に。
「…………」
残されたセイラは、あっけにとられてその背中を見送った。
沈黙。
非常灯が赤く点滅し続ける。
セイラは走り去ったアムロの消えた方向を、口を半開きにしたまま見つめていた。
やがて、かたん、と音がした。
シャアが壁にもたれかかっていた。赤いヘルメットのバイザーを下ろしているせいで表情は読めないが、その全身から「ひとり別の映画の文脈に巻き込まれた男」の空気が漂っていた。
赤いヘルメットが、少し項垂れる。
「早く追いかければいいじゃない」
シャアの声は、疲れていた。人類の革命を志した男の声とは思えないほど、ただただ疲れていた。
「……同情なんて、されるほうが惨めよ」
「えええーーっ」
セイラは引いた。盛大に引いた。
(なっ、なにがどうなっているの?)
(これ、どういう状況?)
(なんで私が◯条光ポジションにいるわけ?)
頭を抱えたいが、ヘルメットがある。
(……っていうか、ここガンダムの世界よね?)
(なんでマ◯ロスが混じってるのよーーー!!)
セイラは一人、小さくため息をついた。
「……全くもう」
そして、ふと天井を見上げる。
「脚本家ーーー出てきなさい。私に一言、言わせなさい」
誰も答えない。
「——混ぜるな危険」
ア・バオア・クーが、最後の光を放って沈んでいった。
その後、アムロ・レイはニュータイプの直感で戦場を切り抜け、シャア・アズナブルは革命の志を新たにし、セイラ・マスはこの日のことを生涯誰にも話さなかった、と伝えられている。
fin.