歌住サクラコは胃が痛い   作:53860

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「私たちは似た考えを持てないと、愛すことができないのでしょうか? 1つの意見を持てなければ、1つの心にはなれないのでしょうか? いいえ、心配や懸念を全く持たずに、私たちはそうすることができます。小さな違いにかかわらず、全て神の子は一致することができるのです」
(ジョン・ウェスレー)


相互理解、あるいはサクラモチちゃん

 

 個人面談後のお茶会は、重い空気で始まった。

 普通のシスターが見たら、大嵐の前の静けさと評するだろう。

 リコは肩に力が入っている。というか、地蔵になっていた。

 アレクシアは扇子で目を隠している。頭隠してなんとやらだった。

 ペン子は内股になって縮こまっていた。目尻には涙が浮かんでいる。

 テスマは寝たふりをしていた。わざとらしい寝息が嘘くさかった。

 エマは相変わらず無表情だった。ただ、冷や汗をかいていた。

 

 テーブルにはお茶も茶菓子もない。

 本当はどちらもサクラコは用意していた。当たり前だ。

 今日は相互理解の場なのだから。とっても楽しみにしていた。

 だが、その気持ちは、この場のシスターたちによって無惨にも裏切られた。

 テーブルの上に、ぬいぐるみが鎮座している。

 丸っこくてモチモチしている「サクラモチちゃん」だ。

 誰がどう見ても、サクラコを丸めて餅にしたように見える。

 コロン。

 何もしてないのに転がった。かわいい人形だ。

 

「みなさんには失望しました」

 

 サクラコの言葉に、誰もが肩を震わせた。

 この場を支配していたのは、サクラコの静かな怒りだけだった。

 

「この人形のことは、みなさんご存じですよね?」

 

 問いの形をした確認だ。犯した罪を整理している。

 

「発起人は、アレクシアさんと聞いています」

「……おーっほっほっほ!恐怖や威光ではなく、親しみやすさを強調したイコンとして」

「うるさいです。静かになさい」

 

 アレクシアは黙った。叱られた犬みたいにしょんぼりしている。

 丸くてモチモチ。

 たしかにかわいい。親しみやすい。見ると笑顔になる。

 だが、首長をここまで丸くする必要があったのかは、かなり疑問だった。

 

「リコさん」

「はい!」

「この『サクラモチちゃん普及計画書』は何ですか」

「それは!?」

 

 サクラコが見せた書類の束に、リコは驚愕した。

 闇に葬ったはずの、会議出席者限りのペーパーが出てきたからだ。

 表に出した資料は『親しみやすさ広報企画書』だ。

 その注釈に、小さく書いた。

 別紙参照。

 この計画書は、その別紙に該当する。

 当然ながら、決裁者のサクラコには見せてない。

 確実に却下されるとわかっていたからだ。

 

「経典からの大量の引用でうやむやにしたのは、エマさんですね?」

「何を言っている。経典からの引用に無駄などない。サクラコがまさか経典を軽視するとは思わないが、仮にそうなら私は」

 

 ドン

 

 サクラコが辞書のように分厚い資料を置いた。

 別人かと思うほどに饒舌に語っていたエマが沈黙する。

 全666ページに及ぶ『親しみやすさ広報企画書』には大量の引用が登場する。

 いずれもエマが手引きしたとしか思えないほどに、完璧な引用だった。

 

「ペン子さん」

「なに!?」

「この人形は、押すと声が出ると聞いています」

「そそそ、そうなんだっ!?」

「押してください」

「はぇ?」

「今ここで、ペン子さんの手で、押してください」

 

 拒否権はなかった。

 震える手でペン子は、人形のお腹の部分を押した。

 

『ハレルヤ!サクちゃんがみんなを見守っているよ!』

 

 甲高い声とともに、軽快な音楽が流れる。

 聖歌をポップス風にアレンジした曲だった。

 よくペン子が礼拝ライブで使っているものだ。

 あと、ボイスもどこかペン子っぽい。

 

「ちょっと、いえ、かなりハレルヤですね?」

「……元気が出ると思って」

「聞こえません」

 

 ペン子がさらに縮こまった。

 ほとんど、もう一体のサクラモチちゃんだった。

 

「テスマさん」

「寝てるし」

「貴女、沈んでいます」

「……え?」

「完全浸礼、しましょうか?」

 

 部屋の隅に置かれていた布がめくられた。

 水の入った桶が出てきた。

 人が浸かれるくらい大きかった。

 

「テスマさんも生まれ変わる必要がありそうですし」

「起きた!完ッ全に起きた!マジでウチの目バッキバキだし!」

 

 テスマは光速で立ち上がった。

 コロン。

 その勢いのせいで、「サクラモチちゃん」が再び転がった。

 

「この『サクラモチちゃん・もちもちセラピー体験会』とは何ですか」

「沈めてないし!ちゃんと趣向変えたじゃん!」

「沈めなければ、何をしてもいいわけではありません」

「抱くと落ち着くっしょ!」

「私を、落ち着くための物体として、売らないでください」

 

 サクラコはスマートフォンの画面を見せた。

 ドボン組公式グッズと書かれた通販サイトだった。

 テスマは頭を抱えて呻った。

 

「販路ミスったー!」

「や~っぱり貴女のせいじゃありませんこと!」

「手続きをすっ飛ばして販売させたのは、アレクシアさんです!」

「この石頭!資金回収には鮮度が大事ですのよぉ~!組織内書類なんて待っていたら、商機が腐りますわぁ~!」

 

 お互いに責任を押し付け合っている。

 でも、それらはサクラコが初めて人形を知ったルートではない。

 

「エマさん」

「……なんだ」

「最近、勉強会では参加者の言葉にも耳を傾けてくださっているようですね?」

「……まぁな」

 

 個人面談後、エマの勉強会には少し変化があった。

 一方通行だった引用が、会話になった。

 参加者の悩みに、エマがちゃんと耳を傾けた。

 サクラコは、それを本当に喜んでいた。

 だからこそ、届いてしまった。

 

「参加者の方が教えて下さいました。最近、丸い私の人形を持って出席するから、ちょっと不気味だと」

「なんだと!そんなことを言うやつは誰だ!」

「個人情報保護の観点で回答できません」

「バレたのエマ様のせいじゃないですか!」

「耐えたー。ウチのせいじゃなくてマジ主に感謝」

「事実確認は、ドボン組のサイトでいたしました」

「終わったー」

 

 テスマは頭を抱えている。

 コロン。

 転がった人形はサクラコの方に寄った。

 

「サクラモチちゃんポスター。まさか学園中に張り出すつもりではありませんよね?」

「あっ……」

「もっちろんですわ~!学園中などとんでもありませんわ!そんな予算、ワタクシでも破産してしまいますもの!」

「……リコさん」

「は、はいっ!」

「首長として聞きます」

 

 慌ててリコが立ち上がる。

 背筋が伸びている。

 

「補足資料、参考資料、別添、別紙。ありとあらゆる資料に基づいて回答してください」

「……仰せのままに」

「ポスターの発注は、していますか?どれくらい?なんのために?」

「…………トリニティ全管区における理念の空間的内実化を十全に図るべく、当部局の所掌の範囲内における裁量に基づき、広報媒体初期調達数として一万枚の即時一括発注を執行いたしました!」

「石頭!バラすんじゃありませんわ!」

「首長の要請にッ……私は応じなければなりませんッ!」

「引用。思慮のない者はすべてのことを信じる、 さとき者は自分の歩みを慎む」

「でも……バレた原因ってエマちゃんなんじゃ……」

 

 ペン子が小声でつぶやく。

 たぶん、この場の全員が初めて聞いた極小ボリュームの声だった。

 

「……聞こえたぞ」

「小声だったのに!?」

「聞くと決めたからな」

「そんなエマちゃん、エマちゃんじゃない!」

「は?」

「でも、かなり好き!ハレルヤ!ゴッドブレスユー!」

「ペン子さん」

 

 ペン子は両手で口を押さえた。

 今度は間に合った。

 

「ちな、そのポスターの話、どっから漏れたし?」

「アレクシアさんの付き人の方が、私室の前で貼っていました」

「引用!自分自身の家庭を治めることを知らない人が、どうして神の教会の世話をすることができるでしょう!」

「お黙りなさい本の虫!一日でも多く威光を示すのがワタクシたちのやり方ですわ~!」

「じゃあエマっちとアレちゃんのせいじゃん!ウチ悪くねーし」

「ぷかぷかサクラモチちゃんというお風呂グッズ。来週、限定販売すると聞きましたが?」

「やべー!限定販売の方までバレてる!サクちゃんの地獄耳パネェわ!」

 

 サクラコは、テーブルの上に次の証拠を置いた。

 ポスターは、やけにポップで、やけにキュートで、しかも蓄光素材でできていた。

 サクラモチちゃんが、夜になるとピンク色に光るらしい。

 あと、大きな金文字で「わっぴ~」と書かれていた。

 夜は暗い道に貼ると治安維持につながる、というのが売り文句だ。

 一部の狂信者が、正義実現委員会に百枚ほど押し付けたらしく、サクラコに苦情が来ていた。

 

「私は、みなさんと個別にお話をしました」

 

 サクラコがシスターたちに語りかける。

 

「それは、お互いの至らぬ点を改善する、良いきっかけになったと思っています」

 

 みんなに向かって微笑む。

 見る人の心を恐怖で埋め尽くすような笑顔だ。

 今回は、わざとやっている。

 

「今回の件も、みなさんで話し合いながら取り組まれたということが、よくわかりました」

「はい!各部局との緊密な連携のもとシナジーを十分に発揮できました!」

「協力って大事だかんね!」

「美しい信仰は、美しい友情からはじまりますわ~!」

「みんなでハレルヤ!」

「聞いた。全員の発言を聞いた」

「でも、私は知りませんでした」

 

 前なら合間合間でペン子の貧乏ゆすりが聞こえた。

 それが面談後はちょっと大人しくなった。

 そのせいで沈黙が重い。

 

「私だけ、仲間外れでした」

「……言ったら却下するっしょ?」

「当たり前です」

「だからじゃんかー!」

 

 テスマは天を仰いだ。

 

「サクラコ様!申し訳ございません!」

「リコさん?」

「私がッ!私が皆様に相談したせいですッ!サクラコ様が、皆様と穏やかに関わりたいと願っておられたと!」

「そうそう!それでみんなで集まって、たっくさん考えたんだよ!」

「リコのバイブスにやられたっつーか?」

「当然、サクラコさんのためにも何かをしたかったのですわ~!」

「だから聞いた。子羊たちに。親しみやすいものを」

 

 サクラコは、すぐには怒れなかった。

 嬉しかった。

 みんなが、自分のために考えてくれていたから。

 自分の悩みを、どうにかしようとしてくれたから。

 それでも。

 

「勝手にグッズ化するのは、許されません」

「っぱダメかー。マジおしかったー」

「ガッデム!いけそうだったのに!ノーハレルヤ!」

「ハレルヤを否定形にしないでください」

 

 責任のなすりつけあいがヒートアップする。

 

「そもそも、発案者責任というものがあり」

「組織を動かした者にも責任はありますわ!」

「引用。罪を隠している者は栄えない。 告白して罪を捨てる者は憐れみを受ける」

「ウチだけ悪者扱いすんなし!」

「でも、みんなで作ったんだよ!?ハレルヤの結晶だよ!?」

 

 誰かが立ち上がった。

 そして、全員が銃を構えた。

 でも、発砲はしなかった。

 止まった。

 止まってくれた。

 その変化に、サクラコは驚いた。

 みんな、静かに座るサクラコを見ている。

 そして、何かの拍子に人形が床に落ちた。

 

『ハレルヤ!サクちゃんがみんなを見守っているよ!』

 

 かわいい声が響き渡る。

 あまりにバカバカしくて、あまりに場の雰囲気にそぐわなくて。

 サクラコは笑った。心の底から、声を出して。みんなと一緒に。

 お互いを理解するというのは、冷静に話し合うことだけではないのかもしれない。

 腹を立てて。

 言いたいことを言って。

 そして、笑い合うことなのかもしれない。

 これを青春と呼んでいいのかは、わからない。

 けれど、少なくとも。

 今、自分は仲間外れではなかった。

 変で、面倒で、何度も頭を抱えさせられて胃も痛む。

 でも、優しい。そんな友人に囲まれている。

 それだけで、少し嬉しかった。

 嬉しいと思ってしまったことに、少しだけ困った。

 

「皆さん」

 

 サクラコの声が響いた。

 全員が止まった。

 サクラコは、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、徹底的に手入れした「浄化の織り手」を掲げた。

 

「私も混ぜてください」

 

 愛銃が、空へ向けて火を吹いた。

 シスターフッドは今日も賑やかである。

 





~完~

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
本編はこれにて完結です。

サクラコ様は最後まで大変でしたが、たぶん少しだけ報われました。
たぶん。

反応や気分次第で、番外編を書くかもしれません。
その時はまた、シスターフッドは賑やかだと思います。
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