【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第十話 黒山、旗を掲げる

第十話 黒山、旗を掲げる

 

 

 黄巾の乱は、依然として大陸を焼き続けていた。

 

 だが。

 

 戦の流れそのものは、少しずつ変わり始めている。

 

 各地の諸侯が立ち上がったのだ。

 

 幽州では公孫瓚。

 

 豫州では曹操。

 

 荊州、揚州、冀州――。

 

 名を上げようとする者たちが、次々と兵を集め始めていた。

 

 乱世。

 

 それはつまり、“英雄”が生まれる時代でもある。

 

 そして。

 

 黒山の狼、張燕もまた。

 

 その流れを静かに見つめていた。

 

 黒山の夜は静かだった。

 

 焚火の火が揺れる。

 

 賊たちは酒を飲み、笑い、眠っている。

 

 だが砦の上だけは違った。

 

「……増えすぎたな」

 

 時雨は山を見下ろしながら呟く。

 

 黒山へ集まる人間は日に日に増えていた。

 

 元農民。

 

 流民。

 

 逃亡兵。

 

 戦災孤児。

 

 黄巾党崩れ。

 

 今や黒山党は、ただの賊集団ではない。

 

 一つの“勢力”になり始めていた。

 

「三万は超えましたぜ」

 

 古参の男が隣で答える。

 

「食料もそろそろ限界です」

 

「だろうな」

 

 時雨は酒を煽る。

 

 赤い目は静かだった。

 

 昔なら気にしなかった。

 

 食えなきゃ奪えばいい。

 

 嫌なら捨てればいい。

 

 それだけだった。

 

 だが今は違う。

 

 守るべき人間が増えすぎた。

 

 子供もいる。

 

 老人もいる。

 

 もう“賊の生き方”だけでは回らない。

 

「頭領」

 

「あ?」

 

「これからどうします」

 

 時雨は答えなかった。

 

 代わりに、遠くの灯りを見る。

 

 黒山に暮らす民たちの火。

 

 かつて自分が嫌っていたものだ。

 

 守るだの、背負うだの。

 

 そんなのは面倒臭いだけだと思っていた。

 

 なのに。

 

「……クソったれ」

 

 いつの間にか。

 

 背負っちまってる。

 

 その時。

 

「時雨」

 

 静かな声。

 

 振り返ると、星がいた。

 

 水色の髪が夜風に揺れる。

 

「難しい顔をしているな」

 

「元からこんな顔」

 

「違う」

 

 星は隣へ来た。

 

「何か考えている顔だ」

 

 時雨は少し笑う。

 

「よく見てんな」

 

「お前は分かりやすい」

 

「嘘つけ」

 

 星は小さく息を吐く。

 

「……何を悩んでいる」

 

 その問いに。

 

 時雨は少しだけ黙った。

 

 そして。

 

「このままじゃ限界来る」

 

 低い声。

 

「黒山はデカくなりすぎた」

 

「……」

 

「賊のままじゃ、いつか潰される」

 

 星は目を細める。

 

 それは事実だった。

 

 今は乱世だからいい。

 

 だが黄巾が落ち着けば、次に狙われるのは黒山だ。

 

 賊は、いずれ討伐対象になる。

 

「だから?」

 

「官軍に降る」

 

 星の目がわずかに開かれた。

 

「本気か?」

 

「ああ」

 

 時雨は笑った。

 

 だがその笑みは、いつもより少しだけ苦かった。

 

「嫌なんだけどなぁ」

 

「……」

 

「偉い奴ら大嫌いだし」

 

 星は思わず吹き出した。

 

「ならやめればいいだろう」

 

「そうするとアンタら飯食えなくなる」

 

「……」

 

「ガキどもも死ぬ」

 

 その言葉に、星は黙る。

 

 時雨は空を見上げた。

 

「だったら飲み込むしかねぇ」

 

 彼は理解していた。

 

 生き残るためには変わらなければならない。

 

 賊のままでは限界がある。

 

 勢力になるなら、“立場”が必要だった。

 

「……お前らしくないな」

 

「あ?」

 

「昔のお前なら、“気に入らねぇから潰す”と言っていた」

 

「今も言いてぇよ」

 

 時雨は苦笑する。

 

「でも、一人じゃねぇからな」

 

 星はその横顔を見る。

 

 不思議だった。

 

 この男は変わってきている。

 

 だが本人は、それを自覚していない。

 

 いや。

 

 認めたくないのかもしれない。

 

「誰に降るつもりだ」

 

「白馬娘」

 

 即答だった。

 

 星は少し納得する。

 

 公孫瓚なら、少なくとも民を捨てるタイプではない。

 

「……信用しているのか」

 

「してねぇ」

 

「では何故だ」

 

「アイツ馬鹿だから」

 

「褒めてないなそれ」

 

「褒めてねぇよ」

 

 時雨は笑った。

 

「でもまぁ、民売るような真似はしねぇ」

 

 星は静かに頷く。

 

 それだけで十分だった。

 

 三日後。

 

 幽州、公孫瓚軍本陣。

 

「はぁぁぁぁ!?」

 

 白蓮の叫びが響いた。

 

「降伏ぅぅ!?」

 

「声デカ」

 

 時雨は耳を掻く。

 

 周囲の兵たちも騒然としていた。

 

 黒山党。

 

 天下に名を轟かせる大賊。

 

 その頭領、張燕が自ら現れたのだ。

 

 しかも。

 

 降伏すると言っている。

 

「お、お前正気か!?」

 

「割と」

 

「いや絶対嘘だろ!」

 

「失礼だな」

 

 時雨は気怠そうに椅子へ座る。

 

「アンタんとこ入れてくれよ」

 

「軽いなぁ!?」

 

 白蓮は頭を抱えた。

 

「お前、自分が何言ってるか分かってる!?」

 

「分かってる」

 

 赤い目が静かに細まる。

 

「黒山は賊じゃ限界だ」

 

 その空気に。

 

 白蓮も真面目な顔になる。

 

「……」

 

「だから看板変える」

 

「官軍になると」

 

「形だけな」

 

「おい」

 

 だが。

 

 白蓮は理解していた。

 

 時雨は本気だ。

 

 遊びではない。

 

「条件は?」

 

「黒山の自治」

 

「……」

 

「あと、うちの連中に余計な真似したら殺す」

 

「怖いな!?」

 

 周囲の兵が青ざめる。

 

 だが時雨は本気だった。

 

 白蓮もそれを分かっている。

 

「お前さぁ……」

 

 彼女は頭を掻いた。

 

「本当に面倒臭い男だよな」

 

「よく言われる」

 

「褒めてない!」

 

 時雨は笑う。

 

 だが。

 

 その目は真剣だった。

 

「白蓮」

 

「……何だ」

 

「アンタなら、まだマシだ」

 

 一瞬。

 

 白蓮が黙る。

 

 そして。

 

「……ったく」

 

 大きく息を吐いた。

 

「分かった」

 

「おっ」

 

「ただし!」

 

 白蓮が指を突き付ける。

 

「問題起こしたら私がぶん殴る!」

 

「理不尽」

 

「賊が言うな!」

 

 その瞬間。

 

 幕舎の外から歓声が上がった。

 

 黒山党と幽州兵たちが騒いでいる。

 

「頭領が官軍になったぞー!」

 

「マジかよ!」

 

「俺たち出世!?」

 

「いや賊じゃなくなっただけだろ!」

 

 大騒ぎだった。

 

 星はその様子を見ながら、小さく笑う。

 

「これで、お前も諸侯か」

 

「嫌な響きだなぁ」

 

 時雨は本気で嫌そうだった。

 

 だが。

 

 星は知っている。

 

 この男は結局、守るために選んだのだ。

 

 自由を削ってでも。

 

 民を生かすために。

 

「時雨」

 

「あ?」

 

「……似合わんな」

 

「だろ?」

 

 二人は少し笑った。

 

 その時。

 

 幕舎の外から子供の声が響く。

 

「張燕さまー!」

 

「腹減ったー!」

 

 時雨は顔をしかめた。

 

「……もう始まってんのかよ」

 

 星は肩を震わせる。

 

「ふふっ」

 

「笑うな」

 

「いや、無理だ」

 

 乱世。

 

 賊だった男は、ついに旗を掲げた。

 

 黒山賊張燕。

 

 後に“黒山将軍”と呼ばれる男の、新たな始まりだった。




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