【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百五話 徐州陥落

第百五話 徐州陥落

 

 

 徐州の空は曇っていた。

 

 まるで戦の終わりを告げるように、重い雲が大地を覆っている。

 

 数か月に及ぶ徐州攻略戦。

 

 それはついに終幕へ向かっていた。

 

 黒山軍の総攻撃。

 

 江東軍による包囲。

 

 そして張燕が張り巡らせた数え切れない策。

 

 徐州軍は徐々に力を失い、ついに限界を迎えようとしていた。

 

 戦場の中央では春蘭が血に濡れた大剣を握り締めていた。

 

 周囲には倒れた兵士たち。

 

 味方も敵も入り乱れている。

 

 呼吸は荒い。

 

 鎧には幾つもの傷。

 

 それでも立っていた。

 

「まだだ!」

 

 春蘭は叫ぶ。

 

「まだ終わっておらん!」

 

 その叫びに応える兵は少なかった。

 

 徐州軍は崩れている。

 

 隊列は乱れ。

 

 指揮系統も混乱し。

 

 各所で敗走が始まっていた。

 

 秋蘭は必死に軍をまとめていた。

 

「撤退路を確保しろ!」

 

 冷静な判断だった。

 

 もはや勝利は不可能。

 

 ならば軍を残すべきだ。

 

 将としての責務である。

 

「姉者!」

 

 秋蘭が叫ぶ。

 

「退くぞ!」

 

「何を言う!」

 

 春蘭は怒鳴る。

 

「まだ戦える!」

 

「戦えない!」

 

 珍しく秋蘭も声を荒げた。

 

「見ろ!」

 

 指差した先。

 

 そこには黒山軍の軍勢が広がっていた。

 

 無数の旗。

 

 無数の兵。

 

 そして最前線には呂布。

 

 恋が立っている。

 

 疲労など感じさせない。

 

 まるで戦神だった。

 

 春蘭も言葉を失う。

 

 戦えば戦うほど押し返される。

 

 兵たちは恐怖している。

 

 このままでは全滅だ。

 

「……くそっ」

 

 春蘭が歯を食いしばる。

 

 悔しかった。

 

 武人として。

 

 将として。

 

 負けを認めることは辛い。

 

 だが。

 

「姉者」

 

 秋蘭が静かに言う。

 

「華琳様のためだ」

 

 その言葉で春蘭は目を閉じた。

 

 そして。

 

「全軍撤退!」

 

 ついに命令を下した。

 

 その瞬間。

 

 徐州軍の退却が始まった。

 

 黒山軍は追撃する。

 

 しかし深追いはしない。

 

 張燕から命令が出ていた。

 

 敵を潰し切るよりも徐州を取ることを優先しろと。

 

 その頃。

 

 徐州城。

 

 城壁の上では桂花が戦況報告を受けていた。

 

「夏侯両将軍が撤退を開始しました」

 

「そう」

 

 桂花は静かだった。

 

 予想していた。

 

 黒山軍と江東軍。

 

 挟撃された以上、野戦軍は持たない。

 

 問題はここからだった。

 

「城門は」

 

「まだ健在です」

 

「兵糧は」

 

「残り僅かです」

 

 最悪だった。

 

 包囲が始まってから補給は途絶えている。

 

 城内の兵士たちも疲弊していた。

 

 そして何より。

 

 援軍が来ない。

 

 曹操は河北方面で睨み合いを続けている。

 

 こちらへ兵を回せない。

 

「困ったわね」

 

 桂花は苦笑する。

 

 だが不思議と恐怖はなかった。

 

 負ける時は負ける。

 

 軍師として、それも理解していた。

 

 そこへ。

 

 轟音が響く。

 

 城門が揺れる。

 

 兵士が駆け込んできた。

 

「報告!」

 

「何よ」

 

「江東軍が総攻撃を開始しました!」

 

 ついに来た。

 

 孫権軍。

 

 周瑜の指揮する攻城戦。

 

 徐州最後の戦いだった。

 

 城外。

 

 孫権は馬上で城を見上げていた。

 

 巨大な徐州城。

 

 かつては遠い存在だった。

 

 だが今は違う。

 

 もう手が届く。

 

「総攻撃です」

 

 周瑜が告げる。

 

 孫権は頷いた。

 

「行こう」

 

 姉である孫策。

 

 同盟者である張燕。

 

 皆の期待がある。

 

 ならば応えねばならない。

 

「全軍前進!」

 

 江東軍が動く。

 

 攻城塔。

 

 破城槌。

 

 雲梯。

 

 次々と城壁へ向かう。

 

 戦いは熾烈だった。

 

 城壁では矢が飛び交う。

 

 石が落ちる。

 

 悲鳴が響く。

 

 だが徐州軍に余力はなかった。

 

 包囲による疲弊。

 

 兵糧不足。

 

 士気低下。

 

 全てが積み重なっていた。

 

 そして夕刻。

 

 ついにその時が来る。

 

 轟音。

 

 城門が崩れた。

 

 江東軍が雪崩れ込む。

 

「城門突破!」

 

 歓声が上がる。

 

 徐州軍は応戦する。

 

 だが勢いを止められない。

 

 街路ごとに戦いが起きる。

 

 しかし結果は見えていた。

 

 日が沈む頃。

 

 徐州城の中央に江東軍の旗が掲げられた。

 

 徐州陥落。

 

 その報せが全軍へ広がった。

 

 城内。

 

 桂花は最後まで抵抗していた。

 

 剣を握り。

 

 兵士たちを指揮する。

 

 だが周囲は既に江東軍だった。

 

「終わりね」

 

 桂花は呟く。

 

 そこへ一人の将が現れる。

 

 孫権だった。

 

 桃色の髪を揺らしながら近付いてくる。

 

「降伏しろ」

 

 桂花は鼻で笑った。

 

「嫌よ」

 

「無意味な抵抗だ」

 

「知ってるわ」

 

 だが桂花は動かない。

 

 最後まで華琳へ忠誠を尽くす。

 

 その覚悟だった。

 

 しかし兵士たちは既に武器を捨て始めていた。

 

 これ以上の戦いは無意味。

 

 誰の目にも明らかだった。

 

 周瑜が静かに言う。

 

「捕らえなさい」

 

 江東兵が前へ出る。

 

 桂花は最後まで睨み付けていた。

 

 しかし抵抗はしない。

 

 こうして。

 

 荀彧――桂花は捕縛された。

 

 その夜。

 

 徐州城主府。

 

 孫権と周瑜は戦果を確認していた。

 

「徐州制圧完了です」

 

「被害は?」

 

「想定内です」

 

 周瑜が答える。

 

 孫権は深く息を吐いた。

 

 ついに勝った。

 

 徐州を手に入れた。

 

 だがこれは江東だけの勝利ではない。

 

「張燕殿のおかげですね」

 

 孫権が言う。

 

 周瑜も頷く。

 

「間違いない」

 

 もし黒山軍がいなければ。

 

 もし張燕がいなければ。

 

 徐州攻略は不可能だった。

 

 その頃。

 

 徐州北方。

 

 黒山軍本陣。

 

 時雨は戦勝報告を聞いていた。

 

「徐州城陥落」

 

「荀彧捕縛」

 

「夏侯惇、夏侯淵は撤退」

 

 報告を聞き終えた時雨は静かに笑った。

 

「終わったな」

 

 長かった戦いだった。

 

 だが成果は大きい。

 

 徐州は江東へ渡る。

 

 同盟はさらに強固になる。

 

 そして。

 

 曹操は大きな痛手を受けた。

 

「次は曹操か」

 

 時雨は夜空を見上げる。

 

 徐州を失った曹操がどう動くか。

 

 それが次の戦いになる。

 

 黒山軍の旗が風に揺れる。

 

 徐州攻略戦は終わった。

 

 だが天下を巡る争いは、まだ始まったばかりだった。




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