【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第十一話 桃園の風

第十一話 桃園の風

 

 

 

 

 黒山党が官軍へ降った――。

 

 その話は、想像以上の速さで各地へ広まっていた。

 

 当然だ。

 

 黄巾の乱で名を上げた大賊、張燕。

 

 その勢力が、公孫瓚の配下へ加わったのである。

 

 驚かない者の方が少ない。

 

「黒山賊が官軍だぁ?」

 

「嘘だろ?」

 

「いや、本当らしいぞ」

 

「世も末だな……」

 

 各地でそんな声が飛び交っていた。

 

 だが一方で。

 

 民の反応は、意外にも悪くなかった。

 

 黒山党は賊ではあったが、無闇に民を襲わなかった。

 

 むしろ黄巾党や腐敗官吏から村を守った話の方が多い。

 

 だからこそ。

 

 “黒山将軍”張燕という名は、既に一種の英雄譚として広がり始めていた。

 

 幽州、公孫瓚軍陣営。

 

「おい時雨ぇぇ!!」

 

 朝っぱらから白蓮の怒声が響く。

 

「また仕事サボってるだろお前!!」

 

「うるせぇなぁ……」

 

 時雨は木陰で寝転がっていた。

 

 酒瓶抱えて昼寝中である。

 

「朝だぞ!?」

 

「だから寝てんだろ」

 

「意味分かんないから!」

 

 白蓮は本気で頭を抱えた。

 

 周囲の兵たちは苦笑している。

 

 もう日常だった。

 

「お前仮にも将軍だろ!?」

 

「仮だからセーフ」

 

「アウトだよ!」

 

 時雨は欠伸をする。

 

 その横では星が静かに茶を飲んでいた。

 

「止めないのか」

 

 白蓮がジト目を向ける。

 

 星は平然としていた。

 

「無理だ」

 

「諦めるな!」

 

「言って聞く男か?」

 

「聞かない!」

 

 白蓮は即答した。

 

 その時だった。

 

「公孫瓚さまー!」

 

 兵士が駆け込んでくる。

 

「義勇軍が到着しました!」

 

「おっ、来たか!」

 

 白蓮の顔が明るくなる。

 

「義勇軍?」

 

 星が首を傾げる。

 

「最近噂の奴らだよ」

 

 白蓮は笑った。

 

「黄巾党相手にかなり暴れてるらしい」

 

「へぇ」

 

 時雨は寝転がったまま興味なさそうに答える。

 

「で?」

 

「で? じゃない!」

 

 白蓮は時雨の頭を蹴った。

 

「面会!」

 

「痛ぇ」

 

「将軍働け!」

 

「チッ……」

 

 舌打ちしながらも、時雨はゆっくり起き上がる。

 

 その様子に星は少し笑った。

 

「何だかんだ付き合うのだな」

 

「うるせぇ」

 

 だがその時。

 

 陣営の入口から、妙に賑やかな声が聞こえてきた。

 

「わわっ!? ご、ごめんなさーい!?」

 

「姉者! 前を見てください!」

 

「桃香お姉ちゃん危ないのだー!」

 

 ドシャァッ!!

 

「ふぎゃっ!?」

 

 盛大に転ぶ音。

 

 全員がそちらを見た。

 

「…………」

 

 そこには。

 

 顔面から地面へ突っ込んでいる女がいた。

 

 柔らかな桃色の髪。

 

 どこか幼い顔立ち。

 

 ほんわかした空気。

 

「い、痛いぃ……」

 

 涙目で起き上がる。

 

 その横では、長い黒髪の少女が頭を抱えていた。

 

「だから言ったでしょう姉者!」

 

「ご、ごめん愛紗ちゃん……」

 

 さらに、小柄な少女が元気よく笑う。

 

「桃香お姉ちゃんまた転んだのだ!」

 

「鈴々ちゃん笑わないでぇ!」

 

 時雨は数秒黙った後。

 

「……何あれ」

 

 真顔で呟いた。

 

 白蓮は吹き出す。

 

「ハハッ! だろ?」

 

「義勇軍って聞いてたんだけど」

 

「義勇軍だぞ」

 

「マジ?」

 

「マジ」

 

 時雨は頭を掻いた。

 

「不安しかねぇ」

 

 その時。

 

 転んでいた少女――劉備がこちらに気付いた。

 

「あっ!」

 

 パァッと顔が明るくなる。

 

「白蓮ちゃん!」

 

「おう、久しぶり!」

 

 白蓮が手を振る。

 

 劉備はぺこぺこ頭を下げた。

 

「助力の件、ありがとうございます!」

 

「気にすんな」

 

「こちらが義勇軍の?」

 

 星が小声で尋ねる。

 

 白蓮は頷いた。

 

「真ん中のが劉備」

 

「……あれが」

 

 星は少し驚く。

 

 もっと威厳ある人物を想像していた。

 

 だが実際は。

 

 かなり天然っぽい。

 

 その時。

 

 劉備の目が時雨へ向いた。

 

「……?」

 

 じーっと見つめる。

 

 時雨も見返す。

 

 数秒沈黙。

 

 そして。

 

「わぁ」

 

 劉備が笑った。

 

「なんだか狼さんみたいですね!」

 

「…………は?」

 

 時雨が固まる。

 

 白蓮が腹を抱えて笑い出した。

 

「ハハハハッ!! 狼!」

 

「似てるのだ!」

 

 張飛も元気よく頷く。

 

「赤い目で怖いのだー!」

 

「鈴々ちゃん! 失礼だよ!」

 

「いや合ってるだろ」

 

 時雨は真顔だった。

 

 すると黒髪の少女――関羽が一歩前へ出る。

 

「申し訳ない」

 

 凛々しい声。

 

 長い黒髪。

 

 真面目そうな顔立ち。

 

 そしてかなり整っている。

 

「姉者は少々騒がしくてな」

 

「少々か?」

 

「……」

 

 関羽は少し目を逸らした。

 

 図星らしい。

 

「私は関羽」

 

「鈴々は張飛なのだ!」

 

 元気いっぱいに名乗る張飛。

 

 時雨は「へぇ」と呟く。

 

 星は静かに三人を観察していた。

 

 不思議な連中だ。

 

 天然。

 

 生真面目。

 

 元気娘。

 

 噛み合っているのか微妙な三人組。

 

 だが。

 

 空気は悪くない。

 

「で、そっちの狼さんは?」

 

 劉備が首を傾げる。

 

 時雨は少し面倒臭そうに答えた。

 

「張燕」

 

 瞬間。

 

 三人の空気が変わった。

 

「……黒山将軍?」

 

 関羽の目が鋭くなる。

 

 張飛も「おおー」と声を上げた。

 

 劉備だけがきょとんとしている。

 

「有名なの?」

 

「姉者……」

 

 関羽が頭を抱える。

 

「かなり有名だ」

 

「そうなの!?」

 

「はい……」

 

 時雨はケラケラ笑った。

 

「面白ぇ姉ちゃん」

 

「姉ちゃんじゃありません!」

 

「じゃあ何」

 

「うっ……」

 

 劉備が詰まる。

 

 星が小さく吹き出した。

 

 すると関羽がじろりと時雨を見る。

 

「……随分と軽い男だな」

 

「あ?」

 

「将軍なら将軍らしくしたらどうだ」

 

「面倒臭ぇ」

 

「貴様なぁ!」

 

 関羽が額に青筋を浮かべる。

 

「公孫瓚殿! 本当にこの男を配下に!?」

 

「まぁまぁ」

 

 白蓮は苦笑する。

 

「こんなんだけど強いぞ」

 

「問題はそこではない!」

 

「委員長気質だなぁ」

 

 時雨がニヤニヤ笑う。

 

 関羽の眉がピクピク震えた。

 

「貴様……!」

 

「愛紗ちゃん落ち着いて!」

 

 劉備が慌てて止める。

 

 だが。

 

 時雨は楽しそうだった。

 

「真面目ちゃんいじるの面白ぇ」

 

「誰が真面目ちゃんだ!」

 

「アンタ」

 

「くっ……!」

 

 星は思う。

 

 また始まった、と。

 

 だがその時。

 

「お腹空いたのだー!」

 

 張飛が元気よく叫んだ。

 

 場が止まる。

 

「鈴々ちゃん!?」

 

「戦う前にご飯なのだ!」

 

「いやまだ戦うって決まってないから!」

 

「細けぇことはいいのだ!」

 

 時雨が吹き出した。

 

「ハハッ!」

 

 張飛が不思議そうに見る。

 

「何がおかしいのだ?」

 

「いや、アンタ面白ぇ」

 

「そうかー?」

 

 ニカッと笑う張飛。

 

 時雨は少し目を細めた。

 

 この三人。

 

 妙な空気を持っている。

 

 乱世に似つかわしくないくらい、真っ直ぐだ。

 

 だからこそ。

 

 少しだけ眩しい。

 

「よーし!」

 

 白蓮が手を叩く。

 

「せっかくだし今日は宴だ!」

 

「またですか……」

 

 関羽が頭を抱える。

 

「いいじゃん愛紗ちゃん!」

 

「姉者は飲み過ぎるので駄目です!」

 

「えぇぇ!?」

 

 騒がしい声が響く。

 

 その光景を見ながら。

 

 時雨は酒を煽った。

 

 乱世。

 

 血と火の時代。

 

 だが。

 

 こんな馬鹿騒ぎも、悪くないと思ってしまう自分がいた。




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