【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百十三話 河北に吹く江東の風

第百十三話 河北に吹く江東の風

 

 

 春の風が河北を吹き抜けていた。

 

 冀州鄴。

 

 今や河北最大の都市となったその城下町は、朝から活気に満ちていた。

 

 幽州、并州、冀州、青州。

 

 広大な四州を支配する河北勢力の中心地として、多くの商人や旅人が集まっている。

 

 そんな鄴の城へ、一つの大きな知らせが届いていた。

 

「江東の小覇王が来る?」

 

 公孫瓚――白蓮は報告書を見ながら目を丸くした。

 

 目の前には張燕、趙雲、袁紹、荀彧ら重臣たちが集まっている。

 

「間違いありません」

 

 桂花が即答する。

 

「孫策本人です」

 

「本当に遊びに来るのか?」

 

 白蓮は首を傾げる。

 

 普通ならあり得ない。

 

 一国の主がわざわざ遠く離れた河北までやって来るなど。

 

 だが張燕は笑っていた。

 

「孫策らしいな」

 

「知っているの?」

 

 麗羽が尋ねる。

 

「行動力だけは天下一品だからな」

 

 張燕は苦笑した。

 

 孫策。

 

 江東の小覇王。

 

 長いピンク色の髪を風になびかせる豪快な少女。

 

 戦場では勇猛。

 

 普段は自由奔放。

 

 そして面白そうなことには全力で飛びつく。

 

 そんな人物だった。

 

「今回は同盟の確認だろう」

 

 張燕が言う。

 

「徐州戦で江東と河北は大きく結びついた」

 

 孫策が徐州を得た。

 

 河北は強力な同盟者を得た。

 

 互いに利益のある関係だった。

 

「だから直接顔を見に来たんだろうな」

 

 数日後。

 

 鄴の城門。

 

 多くの兵士たちが整列していた。

 

 白蓮。

 

 麗羽。

 

 星。

 

 恋。

 

 桂花。

 

 時雨。

 

 主要人物が勢揃いしている。

 

 やがて遠くに軍勢が見えた。

 

 赤い旗。

 

 江東の旗印。

 

 そして先頭に立つ一人の女性。

 

 長いピンク髪を揺らしながら馬を駆るその姿は、まるで太陽のようだった。

 

「久しぶり!」

 

 元気な声が響く。

 

 孫策だった。

 

 馬から飛び降りる。

 

 相変わらず勢いが凄い。

 

「よう」

 

 張燕も手を振る。

 

 その直後。

 

 孫策は一直線に張燕へ突撃した。

 

「会いたかったわ!」

 

「ぐえっ!」

 

 勢いよく抱きつかれた張燕が吹き飛びそうになる。

 

 周囲が苦笑した。

 

「相変わらずですわね」

 

 麗羽が呟く。

 

「元気だな」

 

 白蓮も苦笑する。

 

 その後ろから一人の女性が歩いてくる。

 

 黒髪長髪。

 

 知的な瞳。

 

 落ち着いた雰囲気。

 

 周瑜だった。

 

「お久しぶりです」

 

 丁寧に頭を下げる。

 

「周瑜か」

 

 張燕が笑う。

 

「相変わらず苦労してるな」

 

「誰のせいだと思っているのですか」

 

 即答だった。

 

 その視線は孫策へ向いている。

 

「細かいことは気にしない!」

 

 当の本人は笑っていた。

 

 まったく気にしていない。

 

 その日の夜。

 

 歓迎の宴が開かれた。

 

 巨大な宴会場には酒と料理が並ぶ。

 

 河北と江東。

 

 二つの勢力の重臣たちが同じ席につく。

 

 これは単なる宴会ではない。

 

 同盟を確認するための重要な場でもあった。

 

「かんぱーい!」

 

 孫策が音頭を取る。

 

 大歓声が響いた。

 

 宴会が始まる。

 

 孫策は最初から全開だった。

 

「公孫瓚!」

 

「何だ?」

 

「飲もう!」

 

「いきなりか!」

 

 豪快に酒を注ぐ。

 

 白蓮も負けじと飲む。

 

 気が付けば酒比べになっていた。

 

 一方。

 

 麗羽と冥琳は真面目な話をしている。

 

「徐州の統治はどうですの?」

 

「順調です」

 

 冥琳が答える。

 

「ですが課題も多いですね」

 

「当然ですわね」

 

 新たな領土の統治は簡単ではない。

 

 そこには現実的な苦労がある。

 

 その頃。

 

 張燕は窓際で酒を飲んでいた。

 

 そこへ孫策がやって来る。

 

「一人?」

 

「少し休憩だ」

 

「珍しいわね」

 

 孫策が隣に座る。

 

 宴会の喧騒が遠く聞こえる。

 

「徐州はどうだ?」

 

 張燕が聞く。

 

 すると孫策は笑った。

 

「面白いわ」

 

「そうか」

 

「大変だけどね」

 

 その言葉には実感があった。

 

 戦で勝つのと国を治めるのは別問題だ。

 

 民。

 

 税。

 

 治安。

 

 農業。

 

 考えることは山ほどある。

 

「でも」

 

 孫策は空を見上げる。

 

「あたしは好きよ」

 

 その横顔には自信があった。

 

 張燕は笑う。

 

 やはりこの女は強い。

 

 戦場だけではない。

 

 国主としても成長している。

 

「そっちは?」

 

 今度は孫策が聞く。

 

「河北の王様気分はどう?」

 

「俺は王じゃない」

 

「実質そうでしょ」

 

 否定できなかった。

 

 実際、張燕の影響力は絶大だった。

 

 白蓮も信頼している。

 

 麗羽も従っている。

 

 軍も黒山軍が主力だ。

 

「だが」

 

 張燕は真面目な顔になる。

 

「曹操が動く」

 

 孫策も頷いた。

 

 笑顔が消える。

 

「分かってる」

 

「西へ向かったらしいな」

 

「うん」

 

 涼州征伐。

 

 それは江東にも届いていた。

 

「準備してるわけね」

 

「ああ」

 

 曹操は賢い。

 

 後顧の憂いを消してから本気で動くつもりだ。

 

 そしてその先にあるのは。

 

 河北か。

 

 あるいは江東か。

 

「面倒ね」

 

 孫策が呟く。

 

「だが避けられない」

 

 張燕も頷いた。

 

 二人とも理解していた。

 

 いつか必ず激突する。

 

 乱世である以上、それは避けられない。

 

「だから」

 

 孫策が笑う。

 

「今のうちに仲良くしておきましょう」

 

 そう言って杯を差し出した。

 

 張燕も笑う。

 

「そうだな」

 

 杯がぶつかる。

 

 澄んだ音が響いた。

 

 翌日。

 

 孫策は河北各地を見て回った。

 

 訓練場。

 

 市場。

 

 農村。

 

 そして城下町。

 

 どこも活気に満ちていた。

 

「凄いわね」

 

 孫策が感心する。

 

「発展している」

 

 案内役の星が笑う。

 

「努力の成果だ」

 

 民の表情も明るい。

 

 それは孫策が最も重視する部分だった。

 

 国の強さは民に現れる。

 

 少なくとも今の河北は豊かだった。

 

 その日の夕方。

 

 城壁の上。

 

 孫策と冥琳は並んで立っていた。

 

 遠くに広がる鄴の街並みを見下ろしている。

 

「どう思う?」

 

 孫策が聞く。

 

 冥琳は少し考えた。

 

「強いですね」

 

「うん」

 

「想像以上です」

 

 それは軍事力だけではない。

 

 経済。

 

 人口。

 

 統治。

 

 全てが高水準だった。

 

「曹操も苦労するでしょう」

 

「そうね」

 

 孫策は笑う。

 

「でも」

 

 その目は輝いていた。

 

「だから面白い」

 

 冥琳はため息を吐く。

 

 本当にこの主君は変わらない。

 

 強敵を見ると喜ぶ。

 

 困難を見ると笑う。

 

 それが孫策だった。

 

 こうして河北と江東の親交はさらに深まった。

 

 強固な同盟。

 

 互いの信頼。

 

 そして来るべき大戦への備え。

 

 乱世の空はまだ曇っている。

 

 しかし今この時だけは、河北にも江東にも穏やかな春風が吹いていた。




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