【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百十九話 魏王と呉王

第百十九話 魏王と呉王

 

 

 天下の情勢は、大きな転換点を迎えようとしていた。

 

 涼州を平定した曹操は、かつてないほどの勢力を手にしていた。

 

 兗州。

 

 豫州。

 

 司州。

 

 雍州。

 

 そして涼州。

 

 中原の中央部を支配下に置き、その兵力も財力も群を抜いている。

 

 許昌の王宮では、その日、多くの文武百官が集まっていた。

 

 広間の中央。

 

 玉座へと続く赤い絨毯の上を、一人の女性がゆっくりと歩いていく。

 

 金色の髪。

 

 美しく巻かれた横ロール。

 

 蒼い瞳。

 

 圧倒的な威厳を纏う覇者。

 

 曹操。

 

 真名を華琳という少女だった。

 

 周囲の家臣たちが頭を垂れる。

 

 春蘭。

 

 秋蘭。

 

 程昱。

 

 郭嘉。

 

 于禁。

 

 楽進。

 

 そして多くの将兵。

 

 桂花がいない席には未だ空白が残っていたが、それでも魏の陣容は強大だった。

 

 やがて華琳が玉座へ腰を下ろす。

 

 広間は静まり返った。

 

 誰も声を発しない。

 

 その沈黙の中。

 

 華琳が立ち上がる。

 

「皆」

 

 静かな声だった。

 

 だが全員に届く。

 

「乱世は新たな時代へ入ろうとしている」

 

 その言葉に誰もが耳を傾ける。

 

「黄巾の乱から始まり」

 

「董卓の暴政」

 

「諸侯の争い」

 

「数え切れない戦乱」

 

 華琳の瞳が輝く。

 

「そして今」

 

「私は新たな時代を築く」

 

 広間に緊張が走る。

 

 誰もが理解した。

 

 今から何が宣言されるのか。

 

「本日より」

 

 華琳は高らかに告げた。

 

「私は王を名乗る」

 

 どよめきが広がる。

 

 しかし反対する者はいない。

 

 今の華琳にはその資格があった。

 

 いや。

 

 誰も否定できないほどの力を持っていた。

 

「国号は――」

 

 一瞬の静寂。

 

「魏」

 

 その言葉が広間へ響き渡る。

 

 魏。

 

 新たな国家の誕生だった。

 

「魏王万歳!」

 

 春蘭が叫ぶ。

 

「魏王万歳!」

 

 秋蘭が続く。

 

 そして一斉に歓声が上がった。

 

 魏王。

 

 曹操。

 

 華琳。

 

 天下に最初の王が誕生した瞬間だった。

 

 しかし。

 

 その知らせは瞬く間に天下中へ広がっていく。

 

 そして。

 

 建業。

 

 江東。

 

 孫策の元にも届いていた。

 

「へぇ」

 

 孫策は書簡を見ながら笑った。

 

「やるじゃない」

 

 長いピンク色の髪を揺らしながら椅子へ座る。

 

 周囲には冥琳。

 

 蓮華。

 

 祭。

 

 呉の重臣たちが集まっていた。

 

「曹操らしいわね」

 

 孫策は楽しそうだった。

 

 悔しそうな様子はない。

 

 むしろ面白そうにしている。

 

 冥琳がため息を吐いた。

 

「笑い事ではありません」

 

「分かってるわよ」

 

 孫策は肩を竦める。

 

 だが。

 

 その瞳は真剣だった。

 

 魏が王を名乗った。

 

 それはつまり。

 

 天下の覇権争いが次の段階へ進んだということだ。

 

 今後は国同士の争いになる。

 

 諸侯ではない。

 

 王だ。

 

「どうするのですか?」

 

 蓮華が尋ねる。

 

 孫策は笑った。

 

「決まってるじゃない」

 

 そして立ち上がる。

 

「負けてられないわ」

 

 翌日。

 

 建業の大広間。

 

 江東の文武百官が集結していた。

 

 孫策は堂々と歩く。

 

 迷いはない。

 

 彼女は元々そういう人間だった。

 

 前しか見ない。

 

 止まらない。

 

 そして。

 

「本日より」

 

 孫策は宣言する。

 

「私も王を名乗る!」

 

 歓声が上がる。

 

 予想していた者も多かった。

 

「国号は」

 

 冥琳が微笑む。

 

 蓮華も見守る。

 

 そして孫策は言った。

 

「呉!」

 

 呉。

 

 長江の南を支配する新たな国家。

 

 こうして。

 

 呉王孫策が誕生した。

 

 建業は祭りになった。

 

 民も兵も喜ぶ。

 

 勢いに満ちていた。

 

 徐州。

 

 揚州。

 

 そして将来狙う交州。

 

 南方最大の国家が生まれたのである。

 

 一方。

 

 その知らせが河北へ届いたのは数日後だった。

 

 鄴。

 

 公孫瓚の執務室。

 

 白蓮は頭を抱えていた。

 

「なんだこれ」

 

「魏王」

 

「呉王」

 

 机の上に並ぶ報告書。

 

 張燕は苦笑している。

 

「始まったな」

 

 その一言だった。

 

 白蓮はため息を吐く。

 

「笑い事じゃない」

 

「まあな」

 

 麗羽も扇子を広げる。

 

「天下の流れが変わりましたわね」

 

 その通りだった。

 

 これまでの諸侯連合。

 

 群雄割拠。

 

 そうした時代が終わろうとしている。

 

 王の時代。

 

 国家の時代。

 

 新たな段階へ進んだのだ。

 

 桂花が地図を広げる。

 

「現在の勢力はこうなります」

 

 魏。

 

 呉。

 

 河北。

 

 荊州。

 

 益州。

 

 天下は五つの大勢力へ整理されつつあった。

 

「桃香は?」

 

 白蓮が聞く。

 

「まだ動きません」

 

 桂花が答える。

 

「荊州統治で手一杯でしょう」

 

「だろうな」

 

 張燕も頷いた。

 

 桃香は今、国作りに集中している。

 

 王を名乗る段階ではない。

 

 そして。

 

 益州の劉章も同じだった。

 

 問題は。

 

 魏と呉である。

 

「華琳は確実に河北を見る」

 

 張燕が言う。

 

「徐州を奪われた借りもある」

 

 桂花が微妙な顔になる。

 

 自分自身のことも含まれていた。

 

「雪蓮も動く」

 

 麗羽が言う。

 

「交州狙いですわね」

 

「だろうな」

 

 南方は呉。

 

 北方は魏。

 

 徐々に構図が固まり始めていた。

 

 その日の夜。

 

 張燕は一人で城壁の上にいた。

 

 遠くを見つめる。

 

 天下は大きく動いている。

 

 華琳は王になった。

 

 雪蓮も王になった。

 

 だが。

 

 張燕には興味がなかった。

 

「王ねぇ」

 

 苦笑する。

 

 山賊だった男には縁遠い話だった。

 

 だが。

 

 その時だった。

 

 ふと脳裏に浮かぶ人物がいる。

 

 北郷一刀。

 

 天の御使い。

 

 そして張牛角。

 

 天の国から来たと言っていた育ての親。

 

「嫌な予感がするな」

 

 夜風が吹く。

 

 王が現れ始めた。

 

 天下統一へ向けた競争が始まった。

 

 そしてその裏で。

 

 誰にも見えない場所で。

 

 新たな運命の歯車もまた回り始めていた。

 

 魏王・曹操。

 

 呉王・孫策。

 

 荊州牧・劉備。

 

 益州牧・劉章。

 

 そして河北の公孫瓚と張燕。

 

 群雄たちは次なる戦いへ向けて動き始める。

 

 乱世は終わらない。

 

 むしろ今。

 

 本当の意味で天下争覇が始まろうとしていた。




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