【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百二十八話 進み始めた縁談

第百二十八話 進み始めた縁談

 

 

 呉王・孫策から届けられた婚姻同盟の提案。

 

 それは河北全土を巻き込む大騒動へと発展していた。

 

 鄴の城下では既に噂が独り歩きしている。

 

「聞いたか?」

 

「頭領が結婚するらしいぞ!」

 

「相手は呉王様だ!」

 

「すげぇ!」

 

 市場でも。

 

 酒場でも。

 

 兵舎でも。

 

 話題はそれ一色だった。

 

 そして最も騒いでいたのは、やはり黒山軍だった。

 

 黒山軍本営。

 

 古参たちが酒樽を持ち出して勝手に宴会を始めている。

 

「めでたい!」

 

「まだ決まってねぇ!」

 

「細かいことはいい!」

 

「頭領が嫁をもらうんだぞ!」

 

「祝いだ!」

 

 完全に祭りだった。

 

 張燕本人の意思など誰も気にしていない。

 

 長年頭を悩ませてきた問題が解決しそうなのである。

 

 黒山軍にとっては天下統一より重要な案件だった。

 

 その頃。

 

 鄴城の会議室では、もっと真面目な話し合いが行われていた。

 

 白蓮。

 

 麗羽。

 

 桂花。

 

 星。

 

 霞。

 

 翠。

 

 主要人物が集まっている。

 

 そして中央には張燕。

 

 本人だけが非常に嫌そうな顔をしていた。

 

「で」

 

 張燕が口を開く。

 

「なんで俺が呼ばれた」

 

「当事者だからだ」

 

 白蓮が即答する。

 

「嫌な予感しかしない」

 

「その予感は正しい」

 

 桂花だった。

 

 容赦がない。

 

「まず結論から言います」

 

「聞きたくない」

 

「聞いてください」

 

 桂花は書類を机に置く。

 

「政治的に見て、この婚姻は極めて有益です」

 

 誰も反論しない。

 

 それは事実だった。

 

 燕と呉。

 

 両国が婚姻で結ばれる。

 

 その影響は絶大である。

 

 特に曹操に対する牽制としては最高だった。

 

「徐州問題も解決します」

 

 麗羽が続ける。

 

「呉との関係もさらに安定しますわ」

 

「軍事的にも有効だな」

 

 星も頷く。

 

「経済面でも利益が大きい」

 

 翠も珍しく真面目だった。

 

 全員賛成。

 

 反対しているのは一人だけ。

 

「つまり」

 

 張燕はため息を吐いた。

 

「俺の意見は?」

 

「あります」

 

 桂花が言う。

 

「聞くだけなら」

 

「おい」

 

 全員が笑った。

 

 張燕だけが笑えない。

 

 だが。

 

 彼自身も理解していた。

 

 国家規模で考えれば理想的な話であることを。

 

 問題は。

 

「雪蓮だぞ?」

 

 その一言だった。

 

 全員が少し黙る。

 

 孫策。

 

 呉王。

 

 江東の小覇王。

 

 美人。

 

 有能。

 

 豪快。

 

 そして。

 

 とんでもない。

 

「確かにな」

 

 白蓮が苦笑した。

 

「そこだけは同情する」

 

「そこだけ?」

 

「そこだけ」

 

 会議室に笑いが起きる。

 

 だが。

 

 それでも答えは変わらない。

 

 国のためになる。

 

 それが全てだった。

 

 その日の夜。

 

 張燕は一人で城壁の上にいた。

 

 風が吹く。

 

 遠くには河北の街並みが見える。

 

 随分遠くまで来たものだと思う。

 

 常山で生まれ。

 

 張牛角に拾われ。

 

 黒山賊となった。

 

 そして今は燕王国の中枢にいる。

 

 人生とは分からない。

 

「ここにいたか」

 

 振り返る。

 

 白蓮だった。

 

 王になってもこういう時は昔と変わらない。

 

「逃げてきた」

 

「だろうな」

 

 二人は並んで城壁へ腰掛ける。

 

 しばらく沈黙が続く。

 

 やがて。

 

「嫌か?」

 

 白蓮が聞いた。

 

 張燕は少し考えた。

 

「嫌というか」

 

「うん」

 

「実感がない」

 

 本音だった。

 

 結婚。

 

 縁談。

 

 そういうことを考えたことがない。

 

 毎日戦ってきた。

 

 生き残ることだけ考えていた。

 

 だから。

 

 急に言われても困る。

 

「まあ」

 

 白蓮が笑う。

 

「お前らしいな」

 

「そうか?」

 

「そうだ」

 

 そして少し真面目な顔になる。

 

「でもな」

 

「ん?」

 

「雪蓮は悪い相手じゃない」

 

 張燕は黙る。

 

 それは知っている。

 

 無茶苦茶な所はある。

 

 豪快すぎる所もある。

 

 だが。

 

 信頼できる。

 

 戦友としても。

 

 同盟者としても。

 

 それは間違いない。

 

「それに」

 

 白蓮が続ける。

 

「お前はいつも国のために動いてきただろ」

 

「……」

 

「今回もそう考えればいい」

 

 張燕は苦笑した。

 

 まったく。

 

 王になったくせに説得が上手くなった。

 

 その時だった。

 

 城の下から大歓声が聞こえてきた。

 

「頭領ー!」

 

「結婚おめでとう!」

 

「宴会だー!」

 

 黒山軍だった。

 

 まだ決まっていない。

 

 なのに宴会している。

 

「馬鹿共が」

 

 張燕は額を押さえた。

 

 だが。

 

 どこか笑っていた。

 

 嬉しいのだろう。

 

 自分のことのように。

 

 家族のことのように。

 

 黒山軍にとって張燕はそれほど大きな存在だった。

 

「時雨」

 

 白蓮が言う。

 

「どうする」

 

 風が吹く。

 

 しばらく考える。

 

 そして。

 

 張燕は立ち上がった。

 

「仕方ない」

 

「お」

 

「受けるか」

 

 その一言だった。

 

 白蓮が笑う。

 

「そうか」

 

「ああ」

 

 国家のため。

 

 同盟のため。

 

 そして。

 

 自分を支えてくれた仲間たちのため。

 

 張燕は決断した。

 

 翌日。

 

 燕王国は正式な返書を呉へ送る。

 

 婚姻同盟を受諾する。

 

 そう記された返書だった。

 

 そして数日後。

 

 建業。

 

 呉王宮。

 

 雪蓮は返書を読んでいた。

 

 読み終える。

 

 数秒沈黙。

 

 そして。

 

「通った!」

 

 机を叩いて立ち上がった。

 

 冥琳が頭を抱える。

 

「本当に成立したのか……」

 

「成立した!」

 

 雪蓮は満面の笑みだった。

 

 その笑顔はまるで戦に勝った時以上だった。

 

「面白くなってきたわね!」

 

 その声は建業中に響きそうな勢いだった。

 

 一方その頃。

 

 鄴では。

 

 星が返書が送られたことを聞き、一人静かに夜空を見上げていた。

 

 胸の奥が少し痛む。

 

 理由は分かっている。

 

 だが。

 

 それでも彼女は笑った。

 

「おめでとう」

 

 誰にも聞こえない小さな言葉。

 

 夜風だけがそれを運んでいった。

 

 こうして。

 

 燕と呉を結ぶ大縁談は正式に動き始める。

 

 天下四王の時代。

 

 今度は戦ではなく婚姻によって歴史が動こうとしていた。




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