【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百三十四話 官渡の対陣

第百三十四話 官渡の対陣

 

 

 官渡。

 

 中原と河北を結ぶ要衝。

 

 古来より幾多の軍勢が行き交い、天下の行方を左右してきた土地である。

 

 そして今。

 

 この地には天下最大級の軍勢が集結していた。

 

 南には魏王・曹操。

 

 北には燕王・公孫瓚。

 

 ついに両雄が正面から相まみえる時が来たのである。

 

 秋風が戦場を吹き抜ける。

 

 広大な平原の彼方まで無数の旗が並んでいた。

 

 魏軍。

 

 燕軍。

 

 どちらも数万を超える大軍勢。

 

 兵士たちの吐く息。

 

 馬のいななき。

 

 槍や鎧の擦れる音。

 

 全てが重苦しい空気を生み出していた。

 

 魏軍本陣。

 

 高く掲げられた魏の旗の下で曹操は静かに戦場を見渡していた。

 

 黄金の髪。

 

 青い瞳。

 

 王としての威厳に満ちた姿。

 

 その背後には夏侯惇、夏侯淵、郭嘉ら重臣たちが並んでいる。

 

「これが燕か」

 

 曹操は呟いた。

 

 視線の先。

 

 北の陣営には無数の旗が翻っている。

 

 燕王の旗。

 

 黒山軍の旗。

 

 趙雲の軍旗。

 

 呂布の軍旗。

 

 馬超の軍旗。

 

 張遼の軍旗。

 

 見慣れぬ旗も数多い。

 

 河北全土の力が集結していた。

 

「壮観だな」

 

 春蘭が笑う。

 

「だが敵だ」

 

 秋蘭が静かに言う。

 

 稟も地図を見ながら口を開いた。

 

「兵力はほぼ互角」

 

「地形も大きな有利不利はありません」

 

「補給線は?」

 

 曹操が尋ねる。

 

「問題ありません」

 

「よろしい」

 

 曹操は満足そうに頷いた。

 

 そして再び北を見る。

 

 そこには。

 

 最大の敵がいた。

 

 燕王国。

 

 その一方。

 

 燕軍本陣。

 

 こちらもまた厳しい空気に包まれていた。

 

 本陣中央。

 

 燕王・公孫瓚が地図を見つめている。

 

 赤い髪。

 

 鋭い瞳。

 

 かつての北平の太守ではない。

 

 今や河北を治める王だった。

 

「ついに来たな」

 

 公孫瓚が呟く。

 

「はい」

 

 答えたのは趙雲だった。

 

 星は静かに戦場を見つめている。

 

「曹操軍」

 

「強そうだな」

 

 馬超が笑う。

 

 翠は十文字槍を肩に担いでいた。

 

 戦う気満々である。

 

「恋、頑張る」

 

 呂布も相変わらずだった。

 

 霞は苦笑している。

 

「まあ、派手な戦になりそうやな」

 

 そして。

 

 本陣の一角。

 

 張燕は腕を組んで地図を見ていた。

 

 隣には桂花。

 

 完全に河北軍の軍師となった荀彧である。

 

「どう思う」

 

 張燕が聞く。

 

 桂花は少し考えた。

 

「嫌ですね」

 

「同感だ」

 

 二人とも同じ意見だった。

 

 今回の戦は今までと違う。

 

 奇襲ではない。

 

 破壊工作でもない。

 

 賊同士の戦でもない。

 

 国家総力戦。

 

 真正面からぶつかる戦争だった。

 

「華琳様は待っています」

 

 桂花が言う。

 

「正面決戦を」

 

「ああ」

 

 張燕も理解していた。

 

 曹操は誘っている。

 

 官渡という舞台へ。

 

 正々堂々とした戦へ。

 

「面倒だな」

 

 張燕はため息を吐く。

 

 だが。

 

 逃げるわけにはいかなかった。

 

 河北の後ろには民がいる。

 

 家族がいる。

 

 仲間がいる。

 

 王となった白蓮がいる。

 

 だから。

 

 ここで退く選択肢は存在しない。

 

 やがて。

 

 公孫瓚が立ち上がった。

 

「全軍へ伝令」

 

 その声で本陣の空気が変わる。

 

「戦闘準備」

 

「はっ!」

 

 伝令が飛び出していく。

 

 次々と命令が各部隊へ伝わる。

 

 燕軍全体が動き始めた。

 

 その頃。

 

 魏軍でも同じだった。

 

「全軍戦闘準備」

 

 曹操の命令が下る。

 

 春蘭が大剣を握る。

 

 秋蘭が弓兵隊へ指示を出す。

 

 稟が補給と陣形を確認する。

 

 魏軍もまた動き出していた。

 

 そして。

 

 正午。

 

 両軍の先鋒が前進する。

 

 官渡平原。

 

 中央地点。

 

 そこへ二騎の馬が進み出た。

 

 一方は曹操。

 

 一方は公孫瓚。

 

 互いに少数の護衛のみを伴う。

 

 数百歩の距離。

 

 二人は向かい合った。

 

 風が吹く。

 

 旗が揺れる。

 

 数万人の兵士たちが見守っていた。

 

 先に口を開いたのは曹操だった。

 

「久しいわね、公孫瓚」

 

「ああ」

 

 公孫瓚は笑う。

 

「まさかこんな形で会うとはな」

 

「運命というものよ」

 

「違いない」

 

 二人とも笑う。

 

 だが。

 

 その瞳は笑っていない。

 

 王同士だった。

 

「降伏する気は?」

 

 曹操が尋ねる。

 

「ないな」

 

 即答だった。

 

「そう」

 

「そっちは?」

 

「もちろんないわ」

 

 答えは分かっていた。

 

 だからこそ聞いた。

 

 儀式のようなものだった。

 

 戦争前の最後の確認。

 

 そして。

 

 両者とも退く気はない。

 

「張燕は元気かしら」

 

 曹操が言う。

 

 公孫瓚は苦笑した。

 

「相変わらずだ」

 

「そう」

 

 曹操の青い瞳が細められる。

 

「なら安心したわ」

 

 その言葉の意味を公孫瓚は理解していた。

 

 張燕。

 

 この戦の鍵を握る男。

 

 曹操もそれを知っている。

 

「曹操」

 

 公孫瓚が静かに言う。

 

「勝つのは私たちだ」

 

 曹操は笑った。

 

「面白い冗談ね」

 

「冗談じゃない」

 

「私も同じことを考えているわ」

 

 二人はしばらく見つめ合う。

 

 そして。

 

 同時に馬首を返した。

 

 それが合図だった。

 

 両軍の本陣へ戻っていく。

 

 静寂。

 

 重い静寂。

 

 だが次の瞬間。

 

 両軍から一斉に鬨の声が上がった。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

 天地を揺るがす大歓声。

 

 官渡全域に響き渡る。

 

 魏と燕。

 

 天下最強を決める戦い。

 

 その幕がついに上がったのである。

 

 そして張燕は遠く魏軍本陣を見つめながら静かに呟いた。

 

「さて」

 

 その表情に笑みはない。

 

「天下一面倒な戦が始まるな」

 

 官渡の戦い。

 

 それはまだ始まったばかりだった。




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