【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第十四話 黒山へ帰る狼

第十四話 黒山へ帰る狼

 

 

 黄巾の乱が終わってから、しばらく。

 

 幽州には束の間の平穏が訪れていた。

 

 兵たちは休みを得て、各地では復興が始まっている。

 

 だが、それはあくまで“束の間”だった。

 

 誰もが分かっている。

 

 次の戦が来る。

 

 黄巾党が消えたことで、今度は諸侯たちが動き始める。

 

 漢王朝は既に腐り切っていた。

 

 皇帝の威光は薄れ、各地の豪族や将軍たちが独自に兵を集めている。

 

 乱世はまだ終わらない。

 

 むしろ。

 

 ここからが本番だった。

 

「……帰るか」

 

 時雨はぼそりと呟いた。

 

 幽州の砦、その屋根の上。

 

 いつものように寝転がりながら空を見ている。

 

 隣には酒瓶。

 

 完全にやる気がない。

 

 その下では兵たちが忙しく動いていた。

 

「おーい! 荷運べー!」

 

「白馬隊そっちじゃない!」

 

「うわっ!? 劉備殿また転んだ!?」

 

「ふぇぇぇ!?」

 

 騒がしい。

 

 実に平和な騒音だった。

 

 時雨は片目だけ開ける。

 

「……騒がしすぎだろ」

 

「お前が言うか」

 

 静かな声。

 

 星だった。

 

 水色の髪を風に揺らしながら、屋根へ上がってくる。

 

「相変わらずサボっているな」

 

「将軍は現場に口出さねぇもんだろ」

 

「ただ面倒なだけだろう」

 

「バレた?」

 

「当然だ」

 

 星は呆れたように隣へ座った。

 

 以前なら考えられない距離感だった。

 

 だが今は自然だ。

 

 沈黙すら苦ではない。

 

「帰るのか」

 

「ああ」

 

 時雨は空を見たまま答える。

 

「黒山、長く空けすぎた」

 

 黒山党は大きくなった。

 

 今や一つの勢力だ。

 

 時雨がいない間も古参連中が回しているが、限界はある。

 

「白蓮殿のところに残る気はないのか」

 

「ない」

 

 即答だった。

 

 星は少し笑う。

 

「だろうな」

 

「あの白馬娘と四六時中一緒とか疲れる」

 

「ははっ、確かに」

 

 星が珍しく素で笑った。

 

 その横顔を見て、時雨は少し目を細める。

 

「アンタも随分笑うようになったな」

 

「そうか?」

 

「最初もっと硬かった」

 

「誰のせいだと思っている」

 

「俺?」

 

「お前だ」

 

 星は軽く睨む。

 

 だが怒気はない。

 

 時雨はケラケラ笑った。

 

 その日の夕方。

 

 時雨は白蓮へ帰還を伝えていた。

 

「帰るぅ?」

 

 白蓮は露骨に嫌そうな顔をする。

 

「帰んなよ」

 

「子供か」

 

「だってお前いなくなると仕事増える!」

 

「本音出てんぞ」

 

 白蓮は机に突っ伏した。

 

「せっかく面白くなってきたのにぃ……」

 

「知らねぇよ」

 

「薄情者!」

 

 だが。

 

 彼女も理解していた。

 

 時雨には時雨の居場所がある。

 

 黒山。

 

 彼が背負う勢力。

 

「まぁ、また呼ぶからな」

 

「あ?」

 

「次の戦絶対あるし」

 

「縁起悪ぃな」

 

「でも事実だろ?」

 

 時雨は少し黙る。

 

 そして鼻で笑った。

 

「まぁな」

 

 その空気に、白蓮も笑う。

 

「その時はまた暴れようぜ」

 

「気が向いたら」

 

「絶対来い!」

 

 騒がしい。

 

 だが悪くない別れだった。

 

 一方。

 

 別の場所では。

 

「姉者、本当に行くのですか?」

 

 愛紗が真面目な顔で問う。

 

 桃香は「うーん」と悩んでいた。

 

「でも気になるんだよねぇ」

 

「黒山ですか」

 

「うん!」

 

 鈴々が肉を頬張りながら叫ぶ。

 

「鈴々も行きたいのだ!」

 

「駄目だ鈴々」

 

「えぇー!?」

 

 愛紗は溜息を吐く。

 

 彼女自身、時雨という男には興味があった。

 

 賊なのに民を守る。

 

 怠け者なのに、いざ戦うと誰より前へ出る。

 

 掴みどころがない。

 

 だが同時に、妙に目が離せない。

 

「でも黒山かぁ……」

 

 桃香は少し遠くを見る。

 

「時雨さん、ちゃんとご飯食べてるかな」

 

「そこですか姉者!?」

 

「大事だよ!?」

 

 愛紗は頭を抱えた。

 

 天然である。

 

 夜。

 

 出立前。

 

 時雨は馬の準備をしていた。

 

 黒山党たちも動いている。

 

「頭領、積み荷終わりましたぜ」

 

「おう」

 

「帰ったら酒盛りですね!」

 

「働け」

 

 いつもの空気だった。

 

 その時。

 

「時雨」

 

 振り返る。

 

 星が立っていた。

 

 月明かりに、水色の髪が揺れている。

 

「あ?」

 

「私も行く」

 

 時雨が瞬きをする。

 

「……どこに」

 

「黒山だ」

 

 沈黙。

 

「何で」

 

「何でとは失礼だな」

 

 星は少し眉を寄せた。

 

「私は旅をしていた身だ。行く場所など自由だろう」

 

「まぁそうだけど」

 

「それに」

 

 一瞬。

 

 星は少しだけ視線を逸らした。

 

「お前を放っておくと面倒なことになりそうだ」

 

「保護者?」

 

「違う!」

 

 即否定。

 

 だが耳が赤い。

 

 時雨はニヤリと笑った。

 

「へぇ」

 

「な、何だその顔は!」

 

「いやぁ、ついに星ちゃんも素直になったなぁって」

 

「誰が星ちゃんだ!」

 

 星が槍を構える。

 

 時雨はケラケラ笑った。

 

 そのやり取りを見ていた黒山党たちがニヤニヤする。

 

「頭領の嫁だ」

 

「ついにくっついたか」

 

「祝杯!?」

 

「殺すぞ貴様ら!!」

 

 星の怒声が響いた。

 

 だが顔は真っ赤だ。

 

 時雨は腹を抱えて笑っている。

 

「アンタほんと面白ぇ」

 

「笑うなぁ!!」

 

 だが。

 

 騒ぎながらも、星は少し安心していた。

 

 行く場所がある。

 

 一緒に行きたいと思う相手がいる。

 

 旅を続けていた頃には無かった感覚だった。

 

 翌朝。

 

 黒山への帰路。

 

 長い隊列が山道を進んでいく。

 

 黒山党。

 

 元黄巾兵。

 

 流民。

 

 多くの人々を抱えた大集団。

 

 時雨は先頭で馬を走らせていた。

 

 その隣には星。

 

「しかし驚いたな」

 

「あ?」

 

「お前がこんな大所帯を率いるとは」

 

「俺も」

 

 時雨は苦笑する。

 

「気付いたら増えてた」

 

「雑だな……」

 

「だって勝手に集まるんだもん」

 

 星は小さく笑った。

 

 だが、それが時雨の強さなのだろう。

 

 本人は望んでいなくても、人が集まる。

 

 危険で。

 

 荒っぽくて。

 

 でも誰より自由で。

 

 誰より弱者を見捨てない。

 

 だから皆、ついて行くのだ。

 

「なぁ星」

 

「何だ」

 

「黒山、退屈しねぇぞ」

 

「ほう?」

 

「馬鹿ばっかだから」

 

「お前が言うな」

 

 時雨は笑った。

 

 その笑顔は、以前より少し柔らかい。

 

 星は静かに思う。

 

 この先、どんな乱世になろうと。

 

 きっと自分は、この男の隣にいるのだろうと。

 

 風が吹く。

 

 黒山への道は遠い。

 

 だが。

 

 二人の歩みは、不思議と軽かった。




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