第十五話 黒山に咲く桃の花
黒山。
険しい山々に囲まれた天然の要害。
かつては賊の巣窟として恐れられたその場所は、今では一つの巨大な集落へ変わりつつあった。
山道には見張り台が立ち、砦の周囲では畑が耕されている。
子供たちの笑い声。
鍛冶場の音。
料理の匂い。
血と暴力だけだった場所に、“暮らし”が生まれていた。
「おーい頭領ぉー!」
「畑荒らした猪捕まえましたー!」
「今日の飯どうします!?」
騒がしい。
実に黒山らしい騒がしさだった。
「知らねぇ、食えるなら食え」
時雨は屋根の上で寝転がりながら適当に返す。
「雑ぅ!?」
「いつも通りだな」
隣で星が呆れたように茶を飲む。
黒山へ戻って数日。
星はすっかりこの場所に馴染んでいた。
最初は“賊の根城”を警戒していたが、実際は妙な場所だった。
荒っぽい。
下品。
酒臭い。
なのに。
不思議と温かい。
皆、時雨を慕っている。
恐れているというより、“ついて行きたい”と思っているのだ。
「しかし」
星は山の下を眺めた。
「随分と増えたな」
「まぁな」
時雨は欠伸をする。
「黄巾崩れとか流民とか、勝手に来る」
「追い返さないのか」
「面倒」
「それだけか」
「あと、ガキ泣くし」
星は少し目を細めた。
やはり、この男は妙に甘い。
本人は絶対認めないだろうが。
その時だった。
「頭領ぉぉぉぉ!!」
見張りの男が全力疾走で駆け込んでくる。
「何だよ騒がしい」
「来ました!!」
「あ?」
「劉備たちです!!」
数秒。
時雨が固まる。
「……は?」
星も目を瞬かせた。
「何故ここに」
「知らねぇよ」
その直後。
「時雨さーん!!」
山の入口から元気な声が響いた。
パァッと笑顔を浮かべながら、劉備が両手を振っている。
その後ろには愛紗と鈴々。
さらに大量の荷物。
「遊びに来ましたー!」
「遠足か!?」
時雨が真顔で叫ぶ。
黒山党たちはざわついていた。
「劉備!?」
「義勇軍の!」
「うわ、美人だ……」
愛紗がジロリと睨む。
「見るな」
「ひぃっ!?」
迫力が凄い。
だが。
「鈴々お腹空いたのだー!!」
張飛は通常運転だった。
黒山党たちが吹き出す。
「元気だなチビ!」
「チビじゃないのだ!」
時雨は頭を抱えた。
「……何しに来たんだよ本当に」
桃香はにこにこ笑う。
「時雨さんの顔見に!」
「軽っ」
「あとお礼!」
「何の」
「この前いっぱい助けてもらったから」
桃香はそう言って、大きな袋を差し出した。
「これ、お土産です!」
中には干し肉や酒が入っている。
時雨は少し目を瞬かせた。
「……わざわざ持ってきたのか」
「うん!」
桃香は本当に嬉しそうだった。
星は静かにその様子を見る。
この少女は不思議だ。
天然で。
危なっかしくて。
なのに、人の懐へ入り込むのが上手い。
だから人が集まるのだろう。
「時雨」
「あ?」
「顔が少し緩んでいる」
「殺すぞ」
「ふふ」
そのやり取りに、愛紗が少し眉を寄せた。
「……随分仲が良いのだな」
「あ?」
「別に」
時雨は即答する。
だが星は少し笑っていた。
愛紗は何故かモヤモヤした。
理由はよく分からない。
分からないが、少し気に食わない。
「愛紗ちゃん?」
「な、何でもありません姉者!」
慌てる。
鈴々がニヤニヤし始めた。
「愛紗、変なのだー」
「うるさい!」
時雨は面白そうに眺めていた。
「委員長ちゃん、顔赤いぞ」
「誰が委員長ちゃんだ!!」
愛紗が怒鳴る。
黒山党たちが爆笑した。
「頭領また怒らせてる!」
「懲りねぇな!」
騒がしい。
だが、嫌な空気ではない。
そして。
当然のように。
「宴だぁぁぁ!!」
夜になった瞬間、黒山全体が騒ぎ始めた。
「何でだよ」
時雨は真顔だった。
「客が来たら宴!」
黒山党たちは完全に祭り気分である。
「酒持ってこーい!」
「肉焼けぇぇ!!」
「鈴々肉食べるのだー!」
張飛が真っ先に突撃していく。
愛紗が慌てた。
「鈴々! 行儀良くしろ!」
「無理なのだ!」
「即答!?」
桃香は既に黒山の女たちと仲良くなっていた。
「わぁ、このお鍋美味しい!」
「姉御かわいいなぁ」
「えへへ……」
時雨はそれを見ながら酒を飲む。
「……適応力高ぇなアイツら」
「特に桃香は凄いな」
星も苦笑していた。
すると。
「時雨殿」
愛紗が近付いてくる。
「あ?」
「……感謝する」
「急にどうした」
「黒山の者たちだ」
愛紗は周囲を見る。
笑っている。
子供たちが走り回っている。
賊の拠点とは思えない光景だった。
「もっと殺伐としていると思っていた」
「失礼だな」
「事実だろう」
愛紗は小さく笑う。
「だが、悪くない場所だ」
時雨は少しだけ目を細めた。
「アンタも随分丸くなったな委員長」
「だからその呼び方はやめろ!」
だが怒鳴りながらも、どこか柔らかい。
その時。
「時雨ちゃーん!」
桃香が酒瓶持って走ってきた。
「飲もう!」
「酔ってんだろアンタ」
「ちょっとだけ!」
「絶対嘘」
案の定ふらついている。
星が支えた。
「危ないぞ」
「えへへ、ごめん星ちゃん」
「……星ちゃん?」
時雨が吹き出す。
「ぷっ」
「な、何だ」
「似合わなっ……ククッ」
「笑うな!」
星が顔を赤くする。
その様子に、桃香が嬉しそうに笑った。
「二人とも仲良しだねぇ」
「違う!」
「違ぇよ」
何故か声が揃う。
一瞬静寂。
そして。
黒山党が爆笑した。
「夫婦かよ!」
「息ぴったり!」
「うるせぇぇ!!」
星が槍を掴む。
時雨は腹を抱えて笑っていた。
夜は更けていく。
酒。
笑い声。
焚火。
乱世の真っ只中。
それでも今、この瞬間だけは平和だった。
時雨は酒を煽りながら空を見る。
星空が広がっている。
「……悪くねぇ夜だな」
その呟きに。
隣で星が、静かに笑った。
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