【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百五十八話 天の御使いと覇王

第百五十八話 天の御使いと覇王

 

 

 許昌。

 

 燕国の新たな中心となった都の一角。

 

 王宮の高楼に立つ張燕は、西の空を眺めていた。

 

 風が吹く。

 

 眼下には巨大な都市。

 

 行き交う商人。

 

 働く役人。

 

 訓練を続ける兵士達。

 

 戦乱の時代とは思えないほど活気に満ちている。

 

 その光景を見ながらも、張燕の視線はさらに西を向いていた。

 

 長安。

 

 そして成都。

 

 今、天下で最も大きな戦が始まろうとしている。

 

「始まったか」

 

 小さく呟く。

 

 その背後には荀彧がいた。

 

「蜀軍北伐開始です」

 

「長安方面へ進軍中」

 

 張燕は頷く。

 

 報告はすでに受けている。

 

 だが興味深いのは戦そのものではなかった。

 

 もっと別のところにある。

 

「桃香か……」

 

 そう呟きながら地図を見る。

 

 劉備。

 

 かつて小さな軍勢を率いて各地を流浪していた少女。

 

 今や蜀王。

 

 荊州を手に入れ。

 

 益州を手に入れ。

 

 南蛮を平定し。

 

 ついには北伐を行うまでになった。

 

 異常な成長速度だった。

 

 普通ではあり得ない。

 

 荀彧も理解していた。

 

「劉備本人の力だけではありません」

 

「ああ」

 

 張燕は頷く。

 

 その答えは最初から分かっている。

 

 天の御使い。

 

 北郷一刀。

 

 その存在だった。

 

 

 

 成都。

 

 蜀王宮。

 

 北郷一刀は軍議の席にいた。

 

 周囲には劉備。

 

 関羽。

 

 張飛。

 

 諸葛亮。

 

 龐統。

 

 蜀の中核が揃っている。

 

 地図の上には長安。

 

 現在の魏の都。

 

 そこへ向かう矢印が幾重にも描かれている。

 

「兵站は順調です」

 

 諸葛亮が言う。

 

「補給線も確保できています」

 

 北郷一刀は頷いた。

 

 現代知識。

 

 組織運営。

 

 物流。

 

 統治。

 

 軍制改革。

 

 彼が蜀にもたらしたものは多い。

 

 あまりにも多かった。

 

 本来なら十年かかる発展を数年で終わらせている。

 

 関羽が感心する。

 

「ご主人様のおかげです」

 

 張飛も大きく頷く。

 

「兄ちゃんすげーのだ!」

 

 北郷一刀は苦笑した。

 

「俺一人じゃないさ」

 

 だが内心では分かっていた。

 

 この世界は変わっている。

 

 本来知っている歴史とはまるで違う。

 

 魏は長安。

 

 蜀は成都。

 

 呉は交州まで支配。

 

 そして。

 

 最大の異変。

 

 張燕。

 

「お前だけだよ」

 

 誰にも聞こえない声で呟く。

 

「俺の知る歴史にいない奴は」

 

 

 

 一方。

 

 長安。

 

 魏王宮。

 

 曹操は地図を見つめていた。

 

 青い瞳が鋭く光る。

 

 その周囲には夏侯惇。

 

 夏侯淵。

 

 郭嘉。

 

 魏の重臣達。

 

「蜀軍は?」

 

 曹操が問う。

 

「接近中です」

 

 郭嘉が答える。

 

「本気ですね」

 

「当然よ」

 

 曹操は笑った。

 

「ここで来なければ劉備ではないわ」

 

 その笑みに恐れはない。

 

 むしろ楽しそうだった。

 

 夏侯惇が腕を組む。

 

「華琳様」

 

「どう見る」

 

 曹操は即答した。

 

「劉備は脅威じゃない」

 

 一同が驚く。

 

 だが曹操は続けた。

 

「本当に恐ろしいのは別」

 

 一拍。

 

「北郷一刀よ」

 

 空気が変わる。

 

 郭嘉が静かに頷く。

 

 同意だった。

 

 劉備の勢力拡大。

 

 異常な発展。

 

 軍制。

 

 兵站。

 

 統治。

 

 その全てに見える影。

 

 北郷一刀。

 

 天の御使い。

 

 曹操は椅子に深く腰掛けた。

 

「面白いじゃない」

 

 笑う。

 

 覇王の笑み。

 

「天から来た男と戦うなんて」

 

 その目は輝いていた。

 

 敗北してもなお。

 

 許昌を失ってもなお。

 

 曹操は変わらない。

 

 むしろ燃えていた。

 

「受けて立つわ」

 

 

 

 許昌。

 

 張燕は報告書を閉じた。

 

 その内容を読んでいた荀彧が首を傾げる。

 

「時雨様」

 

「なんだ」

 

「どちらが勝つと思いますか?」

 

 単純な問い。

 

 だが答えるのは難しい。

 

 張燕はしばらく考えた。

 

 そして笑う。

 

「どっちも化け物だ」

 

 荀彧も苦笑した。

 

 確かにその通りだった。

 

 北郷一刀。

 

 未来の知識を持つ男。

 

 そして。

 

 曹操。

 

 歴史に名を残す覇王。

 

 その二人がぶつかる。

 

 それはもはや。

 

 蜀対魏ではない。

 

 張燕は空を見上げる。

 

 遠い西方。

 

 戦火が上がろうとしている場所。

 

「劉備対曹操じゃないな」

 

 ぽつりと呟く。

 

 荀彧が聞く。

 

「では?」

 

 張燕は笑った。

 

「天の御使い対覇王だ」

 

 その言葉に荀彧も頷く。

 

 まさにその通りだった。

 

 未来を知る男。

 

 歴史を作る女。

 

 二人の戦いが始まる。

 

 そして張燕は静かに目を細めた。

 

 天下は今。

 

 再び大きく動こうとしていた。




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