【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第十六話 黒髪の少女と黒山の狼

第十六話 黒髪の少女と黒山の狼

 

 

 黒山の朝は早い。

 

 夜通し酒を飲んでいた連中ですら、日が昇れば働き始める。

 

 畑を耕す者。

 

 見張りへ向かう者。

 

 武器の手入れをする者。

 

 元は賊だった集団とは思えないほど、黒山は“組織”として回っていた。

 

 もっとも。

 

 その頂点にいる男だけは別だったが。

 

「……すぅ」

 

 時雨は屋根の上で寝ていた。

 

 完全に爆睡である。

 

 酒瓶が転がっている。

 

 朝日が顔に当たっているのに起きる気配がない。

 

「頭領ぉぉ!!」

 

 下から怒声。

 

「仕事してくださいよぉぉ!!」

 

「……」

 

「聞こえてますよねぇ!?」

 

「……聞こえてねぇ」

 

「返事してる!?」

 

 黒山党たちが頭を抱える。

 

 いつもの光景だった。

 

 だが。

 

「……貴様は毎日こうなのか」

 

 呆れた声が響く。

 

 愛紗だった。

 

 黒髪を揺らしながら、屋根の下で腕を組んでいる。

 

 その隣では桃香が困ったように笑っていた。

 

「時雨さん朝弱いんだねぇ」

 

「弱いで済む問題ではありません姉者!」

 

「んー……でも可愛いよ?」

 

「どこがですか!?」

 

 愛紗は本気で理解できない顔だった。

 

 星は少し離れた場所で茶を飲んでいる。

 

「諦めろ」

 

「諦められるか!」

 

「無理矢理起こすと機嫌が悪くなる」

 

「子供か!」

 

 その時。

 

 時雨がゆっくり目を開けた。

 

「……うるせぇな」

 

「起きろ!」

 

「嫌」

 

「即答するな!」

 

 愛紗が本気で怒鳴る。

 

 時雨は面倒臭そうに起き上がった。

 

「何だよ朝から」

 

「もう昼前だ!」

 

「マジ?」

 

「マジだ!」

 

 時雨は空を見上げる。

 

「……働きたくねぇ」

 

「働け!」

 

 完全に保護者と問題児だった。

 

 周囲の黒山党たちはニヤニヤしている。

 

「関羽姐さん苦労人だな」

 

「頭領の扱いうめぇ」

 

「夫婦みたい」

 

「誰がだ!!」

 

 愛紗の怒声が飛ぶ。

 

 顔が赤い。

 

 時雨はケラケラ笑っていた。

 

「委員長ちゃん今日も元気」

 

「その呼び方をやめろ!」

 

「嫌」

 

「貴様なぁ!!」

 

 槍でもあれば殴っていた顔だった。

 

 だが時雨は楽しそうだった。

 

 真面目な人間をからかうのが好きなのだ。

 

 特に愛紗は反応が分かりやすい。

 

「……お前、本当に性格が悪いな」

 

「あ? 今さら?」

 

「開き直るな!」

 

 愛紗は深く溜息を吐いた。

 

 だが。

 

 少しだけ。

 

 口元が緩んでいた。

 

 昼過ぎ。

 

 黒山の外れ。

 

 時雨は珍しく真面目に仕事をしていた。

 

 見回りである。

 

「へぇ」

 

 愛紗は周囲を見渡した。

 

「意外と警備がしっかりしているな」

 

「意外は余計」

 

「賊なのだから仕方ないだろう」

 

 黒山は天然の要害だ。

 

 狭い山道。

 

 複雑な地形。

 

 見張り台。

 

 各所に伏兵を置ける場所まである。

 

「攻め込まれた経験が多いからな」

 

 時雨は木に寄りかかる。

 

「生き残るために覚えた」

 

「……」

 

 愛紗は少し黙った。

 

 この男は軽薄に見える。

 

 怠け者で、口も悪い。

 

 だが時折。

 

 妙に重い顔をする。

 

 戦を知っている顔。

 

 死を知っている目。

 

「何だよ」

 

「いや」

 

 愛紗は視線を逸らした。

 

「少し意外だっただけだ」

 

「何が」

 

「お前がちゃんと将をしていることが」

 

「失礼だなぁ」

 

 時雨は笑う。

 

 だが否定はしない。

 

「俺だってやる時はやる」

 

「普段からやれ」

 

「面倒」

 

「駄目だこいつ……」

 

 愛紗は頭を押さえた。

 

 だが。

 

 その時。

 

 山道の向こうから子供たちが走ってくる。

 

「頭領ー!」

 

「遊ぼー!」

 

 時雨は面倒臭そうな顔をした。

 

「嫌」

 

「えぇー!」

 

「昨日も遊んだだろ」

 

「今日も!」

 

「元気すぎんだろガキども」

 

 しかし。

 

 子供たちは時雨へ抱き付いてくる。

 

 完全に懐いていた。

 

 愛紗は少し驚く。

 

「……随分慕われているな」

 

「知らねぇ」

 

 そう言いながらも、時雨は子供の頭を雑に撫でた。

 

 優しい手だった。

 

 愛紗は静かにその横顔を見る。

 

 この男は。

 

 口では適当なことばかり言う。

 

 だが行動は違う。

 

 民を守る。

 

 子供を見捨てない。

 

 弱い者に妙に甘い。

 

 だから皆ついて来るのだ。

 

「頭領!」

 

「あ?」

 

「高い高い!」

 

「面倒臭ぇ……」

 

 言いつつ持ち上げる。

 

 子供が笑う。

 

 愛紗は思わず吹き出した。

 

「ふふっ」

 

「……何笑ってんだ委員長」

 

「いや」

 

 愛紗は小さく笑う。

 

「案外、お前は良い父親になりそうだと思ってな」

 

 沈黙。

 

 時雨が固まる。

 

「……は?」

 

「何だその顔は」

 

「いや」

 

 珍しく言葉に詰まっていた。

 

「考えたこともねぇ」

 

「そうか?」

 

「俺賊だぞ?」

 

「今は将軍だろう」

 

「形だけな」

 

「それでもだ」

 

 愛紗は真っ直ぐ言う。

 

「お前は、思っているより人を守る男だ」

 

 風が吹く。

 

 時雨は少しだけ目を逸らした。

 

「……アンタさ」

 

「ん?」

 

「たまに変なこと言うよな」

 

「何故だ!?」

 

「真面目な顔でそういうこと言うから困る」

 

「意味が分からん!」

 

 愛紗が怒る。

 

 だが。

 

 時雨は少しだけ笑っていた。

 

 夕方。

 

 二人は山の崖から景色を見下ろしていた。

 

 黒山の集落。

 

 炊煙。

 

 笑い声。

 

 生きている人々。

 

「綺麗だな」

 

 愛紗がぽつりと呟く。

 

「まぁな」

 

 時雨も静かだった。

 

「昔は何も無かった」

 

「……」

 

「奪って、生き残って、それだけ」

 

 愛紗は黙って聞いていた。

 

「でも気付いたら増えてた」

 

 人が。

 

 守るものが。

 

 帰る場所が。

 

「不思議なものだな」

 

「あ?」

 

「お前みたいな男が、人の居場所を作るとは」

 

「どういう意味だ」

 

「危険で、粗暴で、怠け者だ」

 

「悪口しかねぇ」

 

「だが」

 

 愛紗は少し笑った。

 

「お前の周りは、不思議と温かい」

 

 時雨は何も言わなかった。

 

 ただ空を見る。

 

 夕焼けが赤かった。

 

「……愛紗」

 

「何だ」

 

「アンタ、最初より柔らかくなったな」

 

「そうか?」

 

「ああ」

 

 時雨は笑う。

 

「最初もっと怖かった」

 

「誰のせいだ!」

 

「俺」

 

「分かってるなら直せ!」

 

 愛紗が怒鳴る。

 

 だが。

 

 二人とも少し笑っていた。

 

 乱世。

 

 血の時代。

 

 それでも。

 

 こんな穏やかな時間がある。

 

 愛紗は静かに思う。

 

 もし。

 

 もしこの男が、本当に乱世を駆けるなら。

 

 自分はきっと、その背を見続けてしまうのだろうと。




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