【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百六十一話 覇道と賊道

第百六十一話 覇道と賊道

 

 

 許昌郊外。

 

 広大な軍事演習場には朝から怒号が響いていた。

 

 燕軍の兵士達が整然と隊列を組み、旗が風にはためく。

 

 かつて黒山賊だった者達も多いが、今では立派な正規軍として鍛え上げられている。

 

 その中央。

 

 張燕は腕を組みながら兵達を見ていた。

 

 その隣には孫策。

 

 雪蓮が立っている。

 

「違う」

 

 孫策が言う。

 

「何がだ?」

 

「見方が」

 

 張燕は眉をひそめる。

 

 ここ数日。

 

 いや数週間。

 

 彼は毎日のように孫策から軍略を教わっていた。

 

 正攻法。

 

 王道。

 

 軍を率いる者の戦い方。

 

 それは黒山賊の頭領だった頃には学ばなかったものだった。

 

「兵を見てる」

 

 孫策は言う。

 

「それじゃ駄目」

 

「じゃあ何を見る」

 

「流れ」

 

 張燕は黙る。

 

 孫策は前方を指差した。

 

「軍勢は生き物よ」

 

「一人一人じゃない」

 

「全体を見る」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 張燕の視線が変わる。

 

 今まで兵を個別に見ていた。

 

 伏兵に使えるか。

 

 奇襲に使えるか。

 

 撹乱できるか。

 

 だが孫策は違う。

 

 軍全体を見ている。

 

 一つの巨大な生物として。

 

「なるほど」

 

 張燕は呟く。

 

 そして。

 

 理解した。

 

 孫策が教えているものを。

 

 

 

 数日後。

 

 演習場。

 

 趙雲が見守る中、模擬戦が行われていた。

 

 片方は燕軍。

 

 もう片方も燕軍。

 

 純粋な演習。

 

 指揮を執るのは張燕だった。

 

「始め!」

 

 号令が響く。

 

 兵達が動く。

 

 その様子を見た孫策が目を見開いた。

 

「え?」

 

 一瞬だった。

 

 本当に一瞬。

 

 張燕は軍を動かした。

 

 そして。

 

 隊列が美しい。

 

 乱れない。

 

 崩れない。

 

 統率されている。

 

 まるで長年正規軍を率いてきた将軍のようだった。

 

 孫策は絶句した。

 

「ちょっと待って」

 

「何だ?」

 

「何で出来るの?」

 

「教わったから」

 

「数日で?」

 

「うん」

 

 孫策は頭を抱えた。

 

 おかしい。

 

 普通は何年もかかる。

 

 軍全体を見る感覚。

 

 兵の流れを読む感覚。

 

 正面会戦の指揮。

 

 どれも経験が必要なはずだった。

 

 だが。

 

 張燕は覚えてしまった。

 

 しかも自然に。

 

 まるで最初から知っていたかのように。

 

 

 

 その夜。

 

 王宮。

 

 孫策は酒を飲みながら愚痴っていた。

 

「あり得ない」

 

 向かいにいる周囲の者達が苦笑する。

 

「何がですか?」

 

 荀彧が尋ねる。

 

「時雨よ!」

 

 即答だった。

 

「普通はあんな早く覚えない!」

 

 張遼が笑う。

 

「あー」

 

「納得や」

 

 趙雲も苦笑する。

 

「昔からそうだった」

 

「そうなの?」

 

 孫策が聞く。

 

 趙雲は頷いた。

 

「時雨は基本的に天才だ」

 

「必要なものは異常な速度で吸収する」

 

 荀彧も同意する。

 

「統治もそうでした」

 

「軍略もそうです」

 

「政治もそうです」

 

「人心掌握も」

 

 孫策は唖然とした。

 

「何それ」

 

 張遼が笑う。

 

「だから厄介なんや」

 

 その言葉に皆頷く。

 

 

 

 そして。

 

 一ヶ月後。

 

 許昌郊外。

 

 大規模演習。

 

 張燕は中央の高台に立っていた。

 

 前方には数万の兵。

 

 壮観な光景だった。

 

 孫策も見ている。

 

 趙雲も。

 

 荀彧も。

 

 張遼も。

 

 呂布も。

 

 全員が見守る。

 

「始めろ」

 

 張燕が命じる。

 

 軍勢が動く。

 

 整然と。

 

 力強く。

 

 美しく。

 

 まさに王道。

 

 正規軍。

 

 覇王の軍勢。

 

 孫策が目を細める。

 

「凄いわね」

 

 そこには以前の張燕はいなかった。

 

 奇襲専門の賊将ではない。

 

 堂々と軍を率いる王の姿があった。

 

 だが。

 

 次の瞬間だった。

 

 張燕が笑う。

 

「そこだ」

 

 命令が飛ぶ。

 

 途端に軍勢が変化する。

 

 正面の隊列が崩れた。

 

 伏兵。

 

 偽装退却。

 

 包囲。

 

 撹乱。

 

 補給遮断。

 

 ありとあらゆる奇策が同時に展開される。

 

 演習相手は完全に混乱した。

 

 孫策が目を見開く。

 

「は?」

 

 趙雲も苦笑する。

 

「出たな」

 

 張遼は大笑いした。

 

「時雨や!」

 

 王道だった軍勢が。

 

 一瞬で黒山賊へ戻る。

 

 だが以前とは違う。

 

 王道を理解した上で崩している。

 

 だから強い。

 

 圧倒的に強い。

 

 孫策はしばらく呆然としていた。

 

 そして。

 

 大きく笑った。

 

「反則でしょ」

 

 張燕も笑う。

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

 即答だった。

 

 正面会戦ができる。

 

 統率もできる。

 

 軍勢運用もできる。

 

 その上で奇策も使う。

 

 そんな相手は厄介どころではない。

 

 もはや悪夢だった。

 

 

 

 演習終了後。

 

 夕暮れ。

 

 高台の上で張燕は空を見上げていた。

 

 孫策が隣へ来る。

 

「どう?」

 

「面白い」

 

 張燕は素直に答えた。

 

「今まで見えてなかったものが見える」

 

 王道を学んだ。

 

 軍の流れを学んだ。

 

 兵の使い方を学んだ。

 

 そして。

 

 賊として培った技術も失っていない。

 

 むしろ組み合わさった。

 

 孫策は笑う。

 

「これで完成?」

 

「いや」

 

 張燕は首を振る。

 

「まだ足りない」

 

 その目は西を見ていた。

 

 長安。

 

 曹操。

 

 そして。

 

 成都。

 

 北郷一刀。

 

 天下はまだ終わっていない。

 

 むしろこれからだ。

 

 張燕は静かに笑った。

 

 黒山賊としての奇策。

 

 覇王としての王道。

 

 その両方を手に入れた今。

 

 かつて黒山にいた男は、さらに大きな存在へと成長しようとしていた。

 

 来るべき天下統一の戦いへ向けて。




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