【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

167 / 169
第百六十八話 覇王の反撃

第百六十八話 覇王の反撃

 

 

 張燕と孫策が蜀軍本陣へ滞在してから数日が経過していた。

 

 最初こそ蜀軍の兵士達も困惑していたが、人間とは慣れる生き物である。

 

 今では「張燕殿がまた見学している」「孫策殿がまた張燕殿にくっついている」といった認識になっていた。

 

 もちろん異常な状況には違いない。

 

 燕国の実質的な最高指導者の一人と元呉王が敵国の本陣にいるのだから。

 

 だが張燕は軍機を探るわけでもなく、本当に戦を眺めているだけだった。

 

 そのため諸葛亮も半ば諦めていた。

 

「朱里」

 

「はい?」

 

 丘の上。

 

 戦場を見下ろしながら張燕が声を掛ける。

 

「補給は大丈夫なのか」

 

「はい」

 

 朱里は頷いた。

 

「十分に確保しています」

 

「なるほど」

 

 張燕は顎に手を当てる。

 

 蜀軍は強い。

 

 その理由は単純だった。

 

 兵站。

 

 それが異様に優秀なのだ。

 

 兵は腹が減れば戦えない。

 

 軍は補給が途絶えれば崩壊する。

 

 その当たり前を徹底している。

 

 張燕自身も補給の重要性は理解している。

 

 だからこそ分かる。

 

 今の蜀軍は恐ろしく完成度が高い。

 

「やっぱり凄いな」

 

「ありがとうございます」

 

 朱里は少し照れていた。

 

 その横では劉備が嬉しそうに笑っている。

 

「時雨さんに褒められると何だか嬉しいですね」

 

「俺は事実を言っただけだ」

 

 張燕は肩を竦めた。

 

 そして戦場へ視線を向ける。

 

 今日も蜀軍は攻勢だった。

 

 長安方面へ圧力を掛ける。

 

 ここ数ヶ月ずっと続いている流れだ。

 

 蜀軍優勢。

 

 魏軍劣勢。

 

 誰もがそう考えていた。

 

 だが。

 

 張燕だけは少し違和感を覚えていた。

 

 

 

 翌日。

 

 再び戦が始まる。

 

 大平原。

 

 無数の旗。

 

 数万の兵士。

 

 太鼓が鳴る。

 

 法螺貝が響く。

 

 壮大な決戦だった。

 

 張燕達は高台から見下ろしている。

 

 蜀軍の先陣が進む。

 

 関羽。

 

 張飛。

 

 蜀の猛将達が先頭に立っていた。

 

 その勢いは凄まじい。

 

 魏軍前衛が押されていく。

 

「今日も蜀が勝ちそうですね」

 

 劉備が言う。

 

 張燕は答えない。

 

 目を細めていた。

 

 魏軍を見ている。

 

 そして。

 

「妙だな」

 

 ぽつりと呟いた。

 

 孫策が反応する。

 

「何が?」

 

「華琳だ」

 

 張燕の視線は魏軍本陣へ向いていた。

 

「退き方が変だ」

 

「変?」

 

「ああ」

 

 普通なら後退している。

 

 だが。

 

 どこか違う。

 

 崩れていない。

 

 慌てていない。

 

 むしろ。

 

 誘っているように見える。

 

 張燕は腕を組んだ。

 

 嫌な予感がした。

 

 

 

 昼頃。

 

 戦況はさらに蜀軍有利になった。

 

 前線が突破される。

 

 魏軍は後退。

 

 蜀軍は前進。

 

 兵達の士気も高い。

 

 誰もが勝利を信じていた。

 

 だが。

 

 その時だった。

 

 魏軍本陣から旗が上がる。

 

 黒い旗。

 

 そして赤い旗。

 

 さらに別の旗。

 

 次々と。

 

 張燕の目が見開かれた。

 

「来たか」

 

「何がですか?」

 

 朱里が尋ねる。

 

 張燕は戦場を指差した。

 

「見ろ」

 

 次の瞬間だった。

 

 地響き。

 

 そして。

 

 土煙。

 

 蜀軍左翼側面から新たな軍勢が現れた。

 

「なっ!?」

 

 諸葛亮が立ち上がる。

 

 予備兵。

 

 隠していた兵力。

 

 しかも大量。

 

 蜀軍側面へ突撃する。

 

 戦場が一変した。

 

 混乱。

 

 叫び声。

 

 指揮系統の乱れ。

 

 それまで優勢だった蜀軍が押し返され始める。

 

「伏兵……」

 

 桃香が唸る。

 

 張燕は静かに頷いた。

 

「違う」

 

「え?」

 

「伏兵じゃない」

 

 視線を向ける。

 

 魏軍中央。

 

 そこには一人の女性がいた。

 

 金髪。

 

 青い瞳。

 

 覇王。

 

 曹操。

 

「ずっと準備してたんだ」

 

 張燕は笑う。

 

「最初から」

 

 

 

 戦況は急変する。

 

 魏軍中央が前進。

 

 左右からも圧力。

 

 蜀軍は包まれ始めた。

 

 諸葛亮の表情が険しくなる。

 

「まずいです……」

 

 張燕も同意した。

 

「上手い」

 

 純粋な称賛だった。

 

 曹操は負け続けていた。

 

 押され続けていた。

 

 だが。

 

 それは準備期間だった。

 

 兵を温存する。

 

 敵を前進させる。

 

 補給線を伸ばさせる。

 

 慢心させる。

 

 そして。

 

 一撃。

 

 まさに覇王の反撃だった。

 

 孫策が感心したように言う。

 

「流石ね」

 

「ああ」

 

 張燕も笑った。

 

「華琳らしい」

 

 苦境。

 

 劣勢。

 

 そんな状況ほど曹操は恐ろしい。

 

 なぜなら諦めないからだ。

 

 

 

 夕方。

 

 勝敗は決した。

 

 蜀軍撤退。

 

 魏軍勝利。

 

 北伐開始後では最大級の勝利だった。

 

 蜀軍本陣は重苦しい空気に包まれる。

 

 負けた。

 

 しかも完敗に近い。

 

 諸葛亮は地図を睨む。

 

 龐統も沈黙している。

 

 愛紗も悔しそうだった。

 

 だが。

 

 張燕だけはどこか楽しそうだった。

 

「時雨さん?」

 

 劉備が不思議そうに見る。

 

 張燕は笑う。

 

「面白い」

 

「面白い?」

 

「ああ」

 

 戦場を見る。

 

 遠く。

 

 魏軍の旗が見える。

 

「やっぱり華琳は華琳だ」

 

 どれだけ追い詰められても折れない。

 

 どれだけ不利でも諦めない。

 

 だから強い。

 

 だから恐ろしい。

 

 そして。

 

 だからこそ。

 

 張燕は曹操を高く評価していた。

 

「天下はまだ分からないな」

 

 静かに呟く。

 

 北郷一刀。

 

 劉備。

 

 諸葛亮。

 

 そして曹操。

 

 どちらも怪物だった。

 

 その戦いを見られることが純粋に面白い。

 

 孫策も笑う。

 

「本当に楽しそうね」

 

「楽しいからな」

 

 張燕は即答した。

 

 戦場は残酷だ。

 

 多くの命が失われる。

 

 だが。

 

 英雄達が全力を尽くしてぶつかり合うこの時代は、確かに張燕の心を躍らせていた。

 

 そして。

 

 敗北した蜀軍本陣で。

 

 天の御使い北郷一刀と諸葛亮が次なる一手を考える一方。

 

 遠く魏軍本陣では覇王曹操が不敵に笑っていた。

 

 北伐は終わらない。

 

 むしろここからが本番だった。




感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!

ヒロインアンケート

  • 雪蓮
  • 華琳
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。