【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百七十三話 燕王の決断

第百七十三話 燕王の決断

 

 

許昌の王城には重苦しい空気が漂っていた。天下の勢力図を左右する議題が今まさに話し合われようとしていたからだ。大広間には燕国の重臣達が集められていた。燕王公孫瓚。張燕。趙雲。呂布。張遼。荀彧。袁紹。袁術。張勲。その他文武の重臣達。河北四州に加え兗州、豫州を統治する巨大国家となった燕国の中枢である。議題はただ一つ。蜀との同盟だった。

 

広間の中央で公孫瓚は静かに座っていた。赤い髪を揺らしながら眼前の重臣達を見渡す。その表情は普段よりも遥かに真剣だった。

 

蜀と呉は既に同盟を結んだ。

 

その知らせは数日前に許昌へ届いていた。

 

劉備と孫権。

 

二人の王が正式に盟約を結んだのである。

 

つまり今の天下は三つの道へ分かれていた。

 

蜀呉同盟。

 

孤立する魏。

 

そしてその中間に立つ燕。

 

公孫瓚は静かに口を開いた。

 

「始めるぞ」

 

その一言で場の空気が引き締まる。

 

「議題は蜀との同盟についてだ」

 

誰も口を挟まない。

 

皆が真剣だった。

 

なぜならこの決断一つで未来が変わるからだ。

 

最初に発言したのは荀彧だった。

 

「蜀との同盟には利点があります」

 

冷静な声だった。

 

「まず南方の脅威が消えます」

 

「現在の燕国最大の脅威は魏です」

 

「蜀と敵対する理由は少なく、むしろ協力することで魏への圧力を強められます」

 

何人もの文官が頷く。

 

理屈としては正しい。

 

続いて袁紹が扇を広げた。

 

「わたくしも賛成ですわ」

 

堂々とした口調だった。

 

「現在の燕は急速に領土を広げました」

 

「今必要なのは戦争ではなく安定ですわ」

 

「南との関係を安定させれば内政へ力を注げますもの」

 

その意見にも賛同する者は多かった。

 

一方で反対意見もある。

 

「だが危険ではないか」

 

武官の一人が言った。

 

「蜀は急成長している」

 

「天の御使い北郷一刀」

 

「諸葛亮」

 

「龐統」

 

「今後さらに巨大化する可能性がある」

 

それもまた事実だった。

 

劉備軍は勢いがある。

 

魏を倒した後に敵になる可能性も十分存在する。

 

議論は長時間に及んだ。

 

賛成。

 

反対。

 

慎重論。

 

様々な意見が飛び交う。

 

だがその中で張燕だけは黙っていた。

 

腕を組みながら聞いている。

 

そして公孫瓚もまた黙っていた。

 

皆の意見を聞いている。

 

一つ一つ。

 

慎重に。

 

やがて議論が一段落した頃だった。

 

公孫瓚が視線を向ける。

 

「時雨」

 

張燕が顔を上げる。

 

「何だ」

 

「お前はどう思う」

 

広間が静かになった。

 

皆が張燕を見る。

 

実質的な燕国最大の功臣。

 

黒山軍の頭領。

 

許昌を奪い魏を追い詰めた男。

 

その意見は重い。

 

張燕は少し考えた。

 

そして。

 

「俺は賛成だ」

 

迷いなく言った。

 

ざわりと空気が揺れる。

 

張燕は続けた。

 

「理由は単純だ」

 

「今の敵は華琳だからだ」

 

曹操。

 

覇王。

 

未だ健在。

 

長安に拠りながら再起を狙っている。

 

「華琳は強い」

 

張燕は断言した。

 

「俺達が思っている以上にな」

 

官渡。

 

許昌。

 

数々の戦い。

 

張燕は誰よりも曹操の恐ろしさを知っている。

 

「だから戦うなら全力で潰すべきだ」

 

「蜀が協力してくれるなら利用する」

 

「それだけだ」

 

実に張燕らしい考えだった。

 

理想ではない。

 

現実だ。

 

利益で考えている。

 

しかし誰も反論できなかった。

 

なぜなら理にかなっているからだ。

 

その時。

 

趙雲が静かに口を開いた。

 

「私も賛成だ」

 

皆が振り向く。

 

「星」

 

張燕が呟く。

 

趙雲は頷いた。

 

「蜀とは昔からの縁がある」

 

「桃香殿も愛紗達も信用できる」

 

「少なくとも今は敵ではない」

 

真っ直ぐな言葉だった。

 

そして呂布も頷く。

 

「恋も賛成」

 

張遼も笑う。

 

「うちもやな」

 

次々と賛成が増えていく。

 

やがて広間は静かになった。

 

全員の視線が玉座へ向く。

 

最後に決めるのは燕王だけだ。

 

公孫瓚はゆっくりと立ち上がった。

 

長い沈黙。

 

誰も喋らない。

 

そして。

 

燕王は静かに語り始めた。

 

「私は昔」

 

「桃香と共に戦った」

 

懐かしそうな声だった。

 

「理想ばかり語る甘い奴だと思っていた」

 

何人かが苦笑する。

 

確かにそうだ。

 

劉備は昔から理想家だった。

 

「だが」

 

公孫瓚は笑った。

 

「今でも変わらないらしい」

 

王になっても。

 

大国を治めても。

 

劉備は劉備のままだ。

 

それはある意味で凄いことだった。

 

普通は変わる。

 

権力が人を変える。

 

だが桃香は変わらなかった。

 

平和を願い続けている。

 

「ならば」

 

公孫瓚の声が広間へ響く。

 

「私はその理想に乗ってみる」

 

全員が息を呑む。

 

そして。

 

燕王公孫瓚は高らかに宣言した。

 

「燕国は蜀と同盟する!」

 

静寂。

 

次の瞬間。

 

大広間が大きく沸いた。

 

賛成の声。

 

拍手。

 

歓声。

 

反対派ですら決定には従う。

 

燕王が決めたのだ。

 

これで決まりだった。

 

張燕は笑った。

 

「決まったな」

 

「そうだな」

 

公孫瓚も笑う。

 

肩の荷が下りたような顔だった。

 

そして静かに空を見上げる。

 

蜀。

 

呉。

 

燕。

 

三国が手を結ぶ。

 

これは新たな時代の始まりかもしれない。

 

もちろん未来は分からない。

 

いつか争う日が来るかもしれない。

 

だが少なくとも今は違う。

 

今の敵は魏。

 

覇王曹操。

 

そして天下は再び大きく動き始める。

 

数日後。

 

燕王公孫瓚の名で正式な国書が成都へ向けて送られた。

 

そこには短く記されていた。

 

『燕国は蜀との盟約を受け入れる』

 

その報せを受け取った劉備は満面の笑みを浮かべたという。

 

天の御使い北郷一刀も静かに頷いたという。

 

こうして。

 

蜀。

 

呉。

 

燕。

 

三国同盟が成立した。

 

劉備が夢見た天下三分の計。

 

その理想はまた一歩、現実へ近付いたのであった。

 




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