第十八話 反董卓の檄
黒山の朝は騒がしい。
朝日が山を照らす頃には、既に砦中が動き始めている。
鍛冶場では槌の音。
畑では農具の音。
見張り台では怒鳴り声。
賊の根城だったとは思えないほど、黒山は一つの“国”になり始めていた。
もっとも。
その頂点にいる男だけは相変わらずだったが。
「……眠ぃ」
時雨は屋根の上で寝転がっていた。
酒瓶抱えて二度寝中。
完全に駄目な将軍である。
「頭領ぉぉぉ!!」
下から怒声。
「また仕事サボってますねぇぇ!!」
「聞こえねぇ」
「返事してるじゃないですか!?」
黒山党たちが騒いでいる。
そんな日常。
だが。
その空気を切り裂くように、一頭の馬が山道を駆け上がってきた。
「急報!!」
張り詰めた声。
黒山党たちの空気が変わる。
「幽州から使者だぁ!」
時雨が片目を開けた。
「……白蓮か」
面倒臭そうに起き上がる。
馬から降りた兵士は息を切らしていた。
「張燕様! 公孫瓚様より急ぎの書簡です!」
「急ぎねぇ」
時雨は欠伸しながら受け取る。
封を切る。
中を読む。
そして。
「……は?」
珍しく、眉が動いた。
それを見ていた星が近付く。
「何だ」
「白馬娘から呼び出し」
「ただの呼び出しでそんな顔はしないだろう」
「まぁな」
時雨は紙を放り投げた。
星が受け取る。
目を通した瞬間。
「……反董卓連合?」
空気が静まる。
周囲の黒山党たちもざわついた。
「董卓って、あの洛陽の?」
「帝を牛耳ってるって噂の」
「マジかよ……」
最近、各地で広まっていた話がある。
洛陽で権力を握った董卓が、暴政を始めたという噂。
皇帝を操り、逆らう者を粛清し、都を好き放題にしていると。
「ついに来たか」
星が静かに呟く。
時雨は舌打ちした。
「面倒臭ぇ流れになってんな」
だが。
その赤い目は鋭い。
理解していた。
これはただの戦ではない。
天下が動く。
本格的な群雄割拠の始まりだ。
「頭領、どうします」
「行くしかねぇだろ」
即答だった。
黒山党たちがざわつく。
「反董卓連合なんて、諸侯が集まるんですよ!?」
「黒山ももう諸侯みてぇなもんだろ」
「それはそうですけど……」
時雨は頭を掻いた。
「断ったら白馬娘うるせぇし」
「理由軽っ!?」
だが。
実際、それだけでもない。
董卓が天下を握れば、黒山も無事では済まない。
時雨はそういう流れを読むのが早かった。
「星」
「ああ」
「準備しろ」
「分かった」
星は頷く。
その時。
「時雨さーん!」
明るい声。
桃香が走ってくる。
後ろには愛紗と鈴々。
「何かあったの?」
「戦だ」
時雨は短く答えた。
桃香の顔が少し強張る。
「……董卓?」
「知ってるか」
「うん」
桃香は静かに頷いた。
「最近、酷い噂をいっぱい聞くから……」
民を苦しめる暴政。
逆らう者への虐殺。
真偽不明な話も多い。
だが、少なくとも天下が荒れているのは事実だった。
「公孫瓚から反董卓連合に参加しろってさ」
「じゃあ!」
「行く」
桃香は少し黙った。
そして。
「私たちも行く」
「は?」
時雨が真顔になる。
「いや、アンタら義勇軍だろ」
「だからだよ」
桃香の目は真っ直ぐだった。
「困ってる人がいるなら、放っておけない」
愛紗も頷く。
「董卓の暴政が真実なら見過ごせん」
「鈴々も行くのだ!」
元気いっぱいだった。
時雨は数秒黙る。
そして。
「……アンタらほんと真っ直ぐだな」
「悪い?」
「いや」
時雨は少し笑った。
「嫌いじゃねぇ」
桃香が嬉しそうに笑う。
愛紗は何故か少し視線を逸らした。
その横顔を見て、星が小さく笑う。
「委員長、顔が赤いぞ」
「なっ!?」
「図星か」
「違う!!」
鈴々がケラケラ笑った。
「愛紗分かりやすいのだー!」
「鈴々ぃぃ!!」
騒がしい。
だが、その空気が少しだけ緊張を和らげていた。
三日後。
黒山軍は出陣した。
山道を埋める大軍勢。
黒山党。
騎兵。
歩兵。
荷車。
そして義勇軍三人。
時雨は先頭で馬を走らせていた。
「しかし」
愛紗が周囲を見る。
「随分統率されているな」
「意外か?」
「少しな」
賊集団の延長だと思っていた。
だが違う。
黒山軍は統率が取れている。
荒っぽいが、戦慣れしていた。
「頭領ぉ!」
「何だ」
「飯まだですか!」
「まだだ」
「えぇぇ!?」
「鈴々ちゃんさっき食べたでしょ!」
張飛は通常運転だった。
桃香が苦笑する。
時雨はケラケラ笑った。
「チビ元気すぎだろ」
「鈴々なのだ!」
「はいはい」
その時。
星が馬を寄せてきた。
「時雨」
「あ?」
「考えているな」
「まぁな」
時雨は前を見る。
「反董卓連合……絶対まとまらねぇ」
「同感だ」
星も静かに頷く。
諸侯は皆、野心家だ。
董卓討伐を掲げていても、内心では別のことを考えている者も多いだろう。
「白蓮は大丈夫かなぁ」
桃香が少し不安そうに呟く。
時雨は鼻で笑った。
「あの白馬娘は突撃してれば幸せだから平気」
「酷い言い方なのだ!」
「でもちょっと分かるかも……」
「姉者!?」
愛紗が頭を抱える。
時雨は笑った。
だが。
その赤い目は鋭いままだった。
洛陽。
董卓。
反董卓連合。
歴史が大きく動き始めている。
そして。
その渦の中へ、黒山の狼も足を踏み入れる。
数日後。
幽州、公孫瓚の居城。
「遅ぇぞ時雨ぃぃ!!」
開口一番それだった。
「うるせぇな」
時雨は心底面倒臭そうな顔をする。
白蓮は相変わらず元気だった。
「いやもう大変なんだよ!」
「知るか」
「諸侯連中クセ強すぎるし!」
「アンタも大概だろ」
「ひどっ!?」
だが。
その顔には疲労が見えた。
無理もない。
天下の諸侯が集まり始めているのだ。
空気は既に不穏だった。
「……来るぞ」
星が静かに呟く。
時雨は笑った。
「乱世の本番がな」
風が吹く。
空は曇っていた。
まるで、これから始まる血の時代を予感させるように。
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