【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百八十三話 呉王の決断

第百八十三話 呉王の決断

 

 

建業の空は快晴だった。

 

呉の都は平和そのものだった。

 

蜀との同盟は順調。

 

燕との関係も良好。

 

国内では孫権による改革が進み、各地の豪族達も大人しく従っている。

 

誰もが呉の未来は明るいと思っていた。

 

だが、その平穏を大きく揺るがす出来事が起きる。

 

王宮の奥。

 

孫権は医師の前に座っていた。

 

最近になって体調の変化を感じていたのである。

 

疲れやすい。

 

食欲にも変化がある。

 

侍女達に勧められ診察を受けた。

 

そして。

 

老医師は震える声で言った。

 

「おめでとうございます」

 

「……何が?」

 

孫権は首を傾げた。

 

「ご懐妊でございます」

 

言葉が止まった。

 

部屋の空気が凍り付く。

 

侍女達も固まる。

 

孫権自身も理解できなかった。

 

「待ちなさい」

 

「はい」

 

「もう一度言って」

 

「ご懐妊でございます」

 

現実だった。

 

夢ではない。

 

医師は何度も脈を確認している。

 

間違いない。

 

呉王孫権は子を授かっていた。

 

しばらく沈黙が続いた。

 

やがて。

 

孫権は天井を見上げる。

 

そして。

 

顔を覆った。

 

「本当に?」

 

「間違いありません」

 

再確認される。

 

その瞬間。

 

様々な感情が押し寄せた。

 

驚き。

 

戸惑い。

 

不安。

 

そして。

 

僅かな喜び。

 

王として生きてきた。

 

孫家を背負ってきた。

 

国を守ってきた。

 

その自分が母になる。

 

考えたこともなかった未来だった。

 

だが問題もある。

 

大問題である。

 

相手が誰なのか。

 

それを知れば天下は騒ぐ。

 

蜀の天の御使い。

 

北郷一刀。

 

その名が出れば呉の朝廷は大混乱になるだろう。

 

そして案の定。

 

数日後。

 

事実を知った側近達は大騒ぎになった。

 

「なんですと!?」

 

「本当なのですか!?」

 

「王位継承は!?」

 

「外交問題になりますぞ!」

 

会議室は混乱した。

 

文官達が叫ぶ。

 

将軍達が慌てる。

 

豪族達も顔色を変える。

 

当然だった。

 

呉王の懐妊。

 

しかも父親が蜀の重要人物。

 

天下を揺るがす事件である。

 

しかし。

 

そんな重臣達を前にして。

 

孫権は玉座へ座っていた。

 

静かに。

 

冷たく。

 

以前とは違う雰囲気を纏いながら。

 

「騒ぎすぎよ」

 

一言だった。

 

それだけで会議室が静まる。

 

誰もが驚く。

 

孫権の眼が鋭かった。

 

王としての威厳。

 

いや。

 

それ以上だった。

 

「この子は私の子よ」

 

静かな声。

 

だが逆らえない。

 

「呉の後継でもある」

 

誰も反論できない。

 

事実だからだ。

 

孫家の血を引く。

 

呉王の子。

 

正統な後継者候補である。

 

「ですが!」

 

ある重臣が立ち上がる。

 

「蜀との関係が!」

 

「問題ない」

 

即答だった。

 

「呉は呉よ」

 

冷たい声だった。

 

その迫力に重臣は言葉を失う。

 

以前の孫権なら説明していた。

 

説得していた。

 

理解を求めていた。

 

だが今は違う。

 

迷いがない。

 

王としての覚悟が完成していた。

 

「私は呉王よ」

 

孫権は立ち上がる。

 

「誰にも国を譲る気はない」

 

その宣言は王そのものだった。

 

会議が終わる。

 

重臣達は疲れ果てていた。

 

廊下へ出た瞬間。

 

皆が顔を見合わせる。

 

「変わったな」

 

誰かが呟いた。

 

その通りだった。

 

孫権は変わった。

 

以前より厳しくなった。

 

決断が早くなった。

 

反対意見を押し切ることも増えた。

 

優柔不断さが消えた。

 

そして。

 

容赦がなくなった。

 

数か月後。

 

呉国内では大規模な改革が始まる。

 

汚職官僚の処罰。

 

税制の見直し。

 

軍の再編。

 

豪族の権限縮小。

 

次々と断行される政策。

 

反対する者もいた。

 

だが。

 

孫権は止まらない。

 

「呉を強くする」

 

それだけだった。

 

ある豪族は命令を拒否した。

 

翌日には領地を没収された。

 

ある官僚は改革を妨害した。

 

即座に罷免された。

 

誰もが震え上がる。

 

「呉王が恐ろしい」

 

そんな噂まで流れ始める。

 

しかし民衆の反応は違った。

 

治安は改善する。

 

役人の腐敗は減る。

 

商人達も喜ぶ。

 

農民達も歓迎する。

 

国は確実に良くなっていた。

 

厳しい。

 

だが有能。

 

それが今の孫権だった。

 

そして遠く成都。

 

北郷一刀もその報告を受けていた。

 

「孫権が?」

 

思わず苦笑する。

 

「随分と変わったみたいだな」

 

諸葛亮も報告書を読む。

 

「以前より決断力が増しています」

 

「凄い勢いですね」

 

蜀から見ても驚くほどだった。

 

そして許昌。

 

張燕も同じ報告を読んでいた。

 

「暴れてるな」

 

「暴れていますね」

 

荀彧も苦笑する。

 

「呉王とは思えません」

 

「いや」

 

張燕は笑った。

 

「立派な王だろ」

 

乱世を生きる王。

 

優しいだけでは生き残れない。

 

決断する者だけが未来を掴む。

 

孫権はその道を選んだ。

 

母となる未来。

 

王としての責任。

 

その両方を背負いながら。

 

呉王孫権の新たな時代が始まろうとしていたのである。

 




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