第百九十話 覇王への誘い
許昌を出たのは夜明け前だった。
張燕と趙雲。
たった二人だけの旅だった。
護衛もいない。
大軍もいない。
燕国の重臣達には最低限のことしか伝えていなかった。
行き先は長安。
現在の魏王曹操が治める都である。
城門を抜ける時、趙雲は呆れたように言った。
「本当に行くのか」
「行く」
張燕は即答した。
迷いはない。
「危険だぞ」
「今さらだろ」
「確かにな」
二人は苦笑する。
官渡で戦った相手。
何度も命を狙い合った相手。
そして一時は捕虜になった相手。
それが曹操だった。
普通なら会いに行く相手ではない。
だが張燕は行く。
今の天下で最も会う価値がある人物だからだ。
道中。
張燕はずっと考えていた。
北郷一刀。
天の御使い。
未来を知る男。
その存在はあまりにも大きくなり始めている。
蜀は呉を追い詰めている。
交州を奪った。
荊州を維持している。
そして揚州へ侵攻している。
全てが計画通りに進んでいるように見える。
「気に入らないか」
趙雲が尋ねた。
「いや」
張燕は首を振る。
「凄いと思ってる」
それは本心だった。
北郷一刀は恐ろしい。
だが同時に感心もしていた。
未来を知るだけでは天下は取れない。
人を動かし。
国を動かし。
時代を動かしている。
それは本人の力だ。
「だからこそだ」
張燕は空を見る。
「対抗できる奴が必要だ」
趙雲も理解していた。
そして二人は長安へ到着した。
魏の都。
かつて許昌を失った曹操が再建した新たな本拠地。
街は活気に満ちていた。
敗北した国とは思えない。
商人が行き交う。
兵士達は規律正しい。
民も不安な様子がない。
それを見た張燕は笑った。
「相変わらずだな」
「誰がだ」
「華琳」
普通ならここまで立て直せない。
国を失い。
領土を失い。
都まで失った。
それでも魏は生きている。
それどころか強国のままだ。
それが曹操だった。
二人は変装したまま城へ向かう。
そして。
ある人物と出会った。
「……」
金髪。
青い瞳。
長い横ロール。
堂々たる威圧感。
玉座へ座るその姿はまさしく覇王だった。
魏王曹操。
華琳である。
しばらく沈黙が流れる。
最初に口を開いたのは曹操だった。
「久しぶりね」
その声は静かだった。
怒りもない。
驚きもない。
まるで来ることを知っていたようだった。
張燕は苦笑する。
「驚かないのか」
「あなたが来る気がしていたもの」
曹操は微笑む。
その笑顔を見た瞬間。
趙雲は嫌な予感しかしなかった。
官渡の頃と同じだ。
この女は危険だ。
張燕に対する執着が全く消えていない。
「それで?」
曹操は頬杖をつく。
「何をしに来たのかしら」
「話だ」
「嬉しいわ」
本当に嬉しそうだった。
張燕は頭を抱えたくなる。
だが本題は別だ。
「華琳」
「何?」
「天の御使いをどう思う」
その瞬間。
曹操の目が変わった。
遊びではない。
覇王の目だった。
「北郷一刀」
「ああ」
しばらく沈黙。
そして曹操は笑う。
「怪物ね」
即答だった。
「未来を知り」
「人を動かし」
「国を動かす」
「私でも警戒する相手よ」
張燕は頷く。
予想通りだった。
曹操も理解している。
今の蜀がどれほど危険かを。
「なら話は早い」
張燕は前へ出た。
そして。
真っ直ぐ曹操を見る。
「華琳」
「ええ」
「お前が欲しい」
室内が静まった。
郭嘉が固まる。
夏侯惇が固まる。
夏侯淵も固まる。
趙雲は額を押さえた。
終わった。
絶対に誤解される。
だが張燕は気付いていない。
真面目だった。
本当に真面目だった。
「お前の頭が欲しい」
「お前の力が欲しい」
「天の御使いに勝つために」
そう続ける。
しかし。
曹操は真っ赤になっていた。
覇王が。
天下に名を轟かせる曹操が。
顔を赤くしている。
「華琳?」
張燕が首を傾げる。
曹操は口元を押さえた。
「ふふ」
笑っている。
「ふふふ」
嫌な笑い方だった。
「ようやく言ったわね」
「何をだ」
「あなたが私を欲しいって」
張燕は頭を抱えた。
やっぱりそうなった。
趙雲も同じだった。
郭嘉は面白そうに笑っている。
夏侯惇は何故か怒っている。
夏侯淵は呆れていた。
そして曹操は玉座から立ち上がる。
ゆっくり。
堂々と。
覇王らしく。
「いいわ」
その一言に全員が驚く。
「華琳?」
張燕も目を丸くする。
曹操は微笑んだ。
美しく。
そして恐ろしく。
「私も北郷一刀には興味がある」
「だから聞かせなさい」
「あなたが何を考えているのか」
長安の夜は静かだった。
だがこの瞬間。
天下の勢力図を揺るがしかねない会談が始まろうとしていた。
黒山賊の頭領。
そして覇王。
二人の怪物が再び同じ卓につこうとしていたのである。
感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!
ヒロインアンケート
-
星
-
雪蓮
-
華琳