【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百九十一話 覇王の条件

第百九十一話 覇王の条件

 

長安の夜は更けていた。

 

魏王宮の奥深く。

 

曹操の私室に近い会議室では異様な空気が流れていた。

 

張燕。

 

趙雲。

 

曹操。

 

郭嘉。

 

夏侯惇。

 

夏侯淵。

 

魏の中枢と燕の頭領が一堂に会している。

 

本来ならあり得ない光景だった。

 

しかも。

 

誰も武器を抜いていない。

 

戦場ではなく会談の席だからだ。

 

張燕は天下の現状を説明していた。

 

蜀の急成長。

 

北郷一刀の存在。

 

呉への侵攻。

 

そして天下三分の計に対する疑念。

 

全てを包み隠さず話した。

 

曹操は黙って聞いていた。

 

一言も挟まない。

 

ただ青い瞳で張燕を見つめている。

 

やがて説明が終わった。

 

静寂が訪れる。

 

最初に口を開いたのは郭嘉だった。

 

「つまり」

 

「天の御使いは最初から天下統一を目指しているかもしれないと」

 

「ああ」

 

張燕は頷く。

 

「少なくとも俺はそう考えてる」

 

郭嘉は目を閉じる。

 

頭の中で情報を整理している。

 

そして。

 

「あり得ますね」

 

そう結論付けた。

 

夏侯惇が眉をひそめる。

 

「稟」

 

「本気か?」

 

「本気ですよ」

 

郭嘉は笑う。

 

「実際に蜀の動きは綺麗すぎます」

 

「呉が攻める」

 

「蜀が反撃する」

 

「交州を奪う」

 

「揚州へ侵攻する」

 

「まるで最初から決まっていたみたいです」

 

誰も反論できない。

 

あまりにも出来過ぎている。

 

そして。

 

その沈黙を破ったのは曹操だった。

 

「面白いわ」

 

小さく笑う。

 

覇王の笑みだった。

 

「やっぱり面白い男ね」

 

北郷一刀。

 

まだ会ったことはない。

 

だが興味は尽きない。

 

未来を知る男。

 

天下を動かす男。

 

もし本当にそんな存在なら。

 

もう一度戦ってみたい。

 

曹操はそう思った。

 

だからこそ。

 

張燕へ視線を向ける。

 

「でも」

 

その一言で空気が変わる。

 

「時雨」

 

張燕も表情を引き締める。

 

真名で呼ばれた。

 

つまりここからは本気の話だ。

 

「お前は勘違いしているわ」

 

「何をだ」

 

曹操は立ち上がった。

 

金髪が揺れる。

 

その姿はまさしく王だった。

 

「私を欲しいと言ったわね」

 

「ああ」

 

「なら」

 

青い瞳が細くなる。

 

「力を示しなさい」

 

室内が静まり返る。

 

張燕は黙って聞いている。

 

曹操は続けた。

 

「私は誰かの配下になる気はない」

 

「当然だな」

 

「私は王よ」

 

覇王だった。

 

誰よりも誇り高い。

 

誰よりも野心に満ちている。

 

だから簡単に協力などしない。

 

「ならどうする」

 

張燕が尋ねる。

 

その瞬間。

 

曹操は笑った。

 

美しく。

 

そして獰猛に。

 

「戦いましょう」

 

一言だった。

 

「魏と燕で」

 

夏侯惇が笑う。

 

郭嘉も笑う。

 

夏侯淵も納得した顔をしている。

 

いかにも曹操らしい答えだった。

 

張燕も思わず笑った。

 

「やっぱりそうなるか」

 

「当然でしょう」

 

曹操は胸を張る。

 

「私を欲しいなら」

 

「私を納得させなさい」

 

「力で」

 

実に単純だった。

 

だが分かりやすい。

 

曹操らしい。

 

張燕は考える。

 

確かに。

 

もし自分が曹操なら同じことを言う。

 

口だけでは信用できない。

 

未来の脅威がいるから協力しろと言われても困る。

 

なら。

 

実力を示せ。

 

話はそれからだ。

 

「条件は?」

 

張燕が尋ねる。

 

曹操はすぐ答えた。

 

「本気で戦う」

 

「どちらかが降伏するまで?」

 

「そこまではしない」

 

曹操は首を振る。

 

「天下はそんなに暇じゃない」

 

確かにそうだった。

 

今は蜀と呉が戦っている。

 

長期戦をしている余裕はない。

 

「一戦」

 

曹操が言う。

 

「一度だけ」

 

「その結果で決める」

 

勝者が主導権を握る。

 

敗者は従う。

 

単純明快だった。

 

張燕は地図を見る。

 

長安。

 

許昌。

 

魏。

 

燕。

 

かつて何度も戦った相手。

 

そして。

 

最も厄介な女。

 

「華琳」

 

「何?」

 

「勝ったらどうする」

 

曹操は笑った。

 

「決まっているでしょう」

 

一歩前へ出る。

 

そして。

 

張燕の目を見つめる。

 

「私が欲しいなら」

 

「奪ってみなさい」

 

挑発だった。

 

完全な。

 

覇王からの宣戦布告。

 

趙雲は頭を抱える。

 

また始まった。

 

この二人は本当に変わらない。

 

官渡の頃から何も変わっていない。

 

戦う。

 

競う。

 

そして笑う。

 

敵同士なのに妙に気が合う。

 

理解できない関係だった。

 

「いいだろう」

 

張燕も笑った。

 

「受ける」

 

その瞬間。

 

曹操の笑みが深くなる。

 

郭嘉も嬉しそうだった。

 

夏侯惇は燃えている。

 

夏侯淵も久しぶりの大戦に目を輝かせていた。

 

長安の夜。

 

再び運命が動き出す。

 

蜀と呉が争う中。

 

別の場所で新たな戦いが決まった。

 

魏王曹操。

 

燕の頭領張燕。

 

二人の怪物による勝負。

 

それは天下の未来を左右する戦いになるかもしれなかった。

 

そして張燕は思う。

 

もし天の御使いと戦うなら。

 

まずは覇王を越えなければならない。

 

長安の空には月が輝いていた。

 

その光の下で。

 

二人は再び敵として向き合うことになったのである。

 




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