第十九話 諸侯集結
汜水関。
洛陽へ至る重要拠点。
巨大な関所は山々に挟まれ、まるで大地そのものが牙を剥いているようだった。
高い城壁。
堅牢な門。
そして無数の兵。
董卓軍は既に布陣を終えている。
その威圧感は凄まじかった。
だが。
それに対抗するように。
各地から無数の軍勢が集まり始めていた。
反董卓連合。
天下の諸侯たちが、一つの戦場へ集結する。
それはまさに、“乱世の幕開け”そのものだった。
平原を埋め尽くす軍勢。
旗。
槍。
馬。
見渡す限り人、人、人。
「……うわぁ」
桃香が目を丸くする。
「すごい人だねぇ」
「呑気だな姉者……」
愛紗は周囲を警戒していた。
これだけの諸侯が集まる。
当然、空気も複雑だ。
同盟とは名ばかり。
互いに腹の内を探り合っている。
「お祭りみたいなのだ!」
鈴々だけは楽しそうだった。
時雨は馬上から全体を見渡している。
「……多すぎだろ」
「これだけの勢力が動くのは初めて見るな」
星も静かに呟く。
その時。
遠くから甲高い声が響いた。
「道をお開けなさい!!」
兵たちがざわつく。
豪華絢爛な馬車。
金色を基調とした旗。
そして。
「下賤な者ども! 栄えある袁家の前に頭を垂れなさい!」
金髪縦ロール。
高飛車。
豪奢な衣装。
まるで“お嬢様”をそのまま具現化したような女が現れた。
袁紹だった。
「うわぁ……」
時雨が素で引く。
「すげぇの来た」
「見るからに面倒そうだな」
星も苦笑する。
袁紹は扇子を広げ、高らかに笑った。
「オーッホッホッホ!! この袁本初が来た以上、勝利は確定ですわ!」
うるさい。
とにかくうるさい。
周囲の諸侯たちも微妙な顔をしていた。
「相変わらずだな……」
白蓮が頭を抱える。
「知り合い?」
「昔からあんな感じ」
「疲れそう」
「疲れる」
その時。
「蜂蜜ぅぅぅぅ!!」
今度は別方向から幼い声。
小柄な金髪少女が駆けてきた。
大量の壺を抱えている。
「もっと蜂蜜持ってくるのー!」
袁術だった。
「……何あれ」
時雨が真顔になる。
「袁紹の親戚」
「マジ?」
「マジ」
袁術は壺を抱えたままニコニコしている。
完全に戦場へ来る顔ではない。
「美味しいのー♪」
「緊張感ゼロだな」
星が呆れる。
愛紗は頭を押さえた。
「本当にこれで大丈夫なのか反董卓連合……」
「鈴々、あの蜂蜜食べたいのだ!」
「駄目だ鈴々!」
既にカオスだった。
その時。
空気が変わった。
ザッ……。
重い足音。
兵たちが自然と道を開ける。
「……来たか」
白蓮が呟く。
そこにいたのは。
長いピンク髪を揺らす女だった。
鋭い目。
豪快な覇気。
ただ歩いているだけで周囲を圧倒する。
「江東の虎……」
星が静かに言う。
孫堅。
南方で名を轟かせる豪傑。
戦場を駆ける猛虎。
その本人だった。
「ほぉ」
孫堅は周囲を見渡し、ニヤリと笑う。
「随分集まったじゃねぇか」
声に力がある。
兵たちが自然と緊張していた。
時雨は少し目を細める。
「……強ぇな」
「ああ」
星も同意した。
本能で分かる。
あれは化け物だ。
その後ろには、もう一人。
同じくピンク髪の少女。
快活そうな笑顔。
だが母親譲りの覇気を纏っている。
「雪蓮! 勝手に前出るなよ」
孫策だった。
「いいじゃない♪」
彼女は明るく笑う。
「せっかくのお祭りなんだから!」
「完全に血筋だな」
時雨が呟く。
星も苦笑する。
豪快すぎる親子だった。
その時。
「ふふ」
静かな笑い声。
また空気が変わる。
現れたのは金髪の少女。
横に流した巻き髪。
細い目。
気品。
だがその奥に潜む冷たさ。
周囲の兵たちが自然と道を開ける。
「華琳様」
家臣たちが頭を下げる。
曹操。
その名が空気を張り詰めさせた。
「……あれは危険だな」
時雨が静かに呟く。
星も頷く。
「ああ」
強い。
だが孫堅とは違う。
武ではない。
頭だ。
あの女は、人を動かす側の人間だった。
曹操は周囲を一瞥し、ふと時雨へ目を向けた。
「……」
「……」
一瞬。
視線が交わる。
そして。
曹操は小さく笑った。
意味深だった。
「何だアイツ」
「気に入られたんじゃないか?」
「嫌すぎる」
時雨は本気で嫌そうだった。
白蓮が吹き出す。
「ハハハッ! 分かる!」
「笑い事じゃねぇ」
だが。
時雨は理解していた。
この場に集まった者たちは、皆ただ者ではない。
袁紹。
袁術。
孫堅。
孫策。
曹操。
そして公孫瓚。
後に天下を動かす怪物たち。
その中へ。
黒山の狼も立っている。
「面倒臭ぇ時代だなぁ」
時雨は酒を煽る。
だが。
口元は笑っていた。
戦乱。
野心。
陰謀。
血。
裏切り。
それこそが乱世だ。
そして。
その乱世が今、汜水関で始まろうとしていた。
夕暮れ。
連合軍本陣。
諸侯たちが集まっていた。
巨大な地図。
無数の将。
張り詰めた空気。
「では、誰が先鋒を務めますの?」
袁紹が扇子を広げる。
「当然、実力ある者が行くべきだな」
孫堅が笑う。
「なら俺が行こうか?」
周囲がざわつく。
江東の虎。
その名だけで兵たちの士気が変わる。
だが。
「ふふ、勇ましいわね」
曹操が静かに笑う。
「けれど焦りは禁物よ」
既に火花が散っていた。
白蓮が小声で呟く。
「帰りたい……」
「分かる」
時雨が即答する。
桃香はオロオロしていた。
「皆怖いよぉ……」
「姉者、静かに」
愛紗も緊張している。
その時。
時雨は小さく笑った。
「でもまぁ」
「あ?」
「退屈はしねぇな」
赤い目が細まる。
戦乱の時代。
群雄が集う戦場で。
黒山の狼は、静かに牙を研いでいた。
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