【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百九十二話 黒山軍、再び

第百九十二話 黒山軍、再び

 

 

長安を出た張燕と趙雲は急ぎ許昌へ戻っていた。

 

道中、趙雲は何度もため息を吐いていた。

 

「本当に受けたのか」

 

「受けた」

 

「曹操らしい条件だな」

 

「だろうな」

 

二人は馬を走らせながら会話する。

 

だが張燕の表情は明るかった。

 

久しぶりだった。

 

こんな感覚は。

 

官渡以来かもしれない。

 

曹操。

 

あの覇王が本気で戦う。

 

それだけで胸が高鳴っていた。

 

そして何より。

 

今回の戦いには意味がある。

 

天下の覇権ではない。

 

領土争いでもない。

 

天の御使いという未来の怪物に対抗するための戦いだった。

 

「本当に曹操を味方にするつもりか」

 

趙雲が尋ねる。

 

張燕は頷く。

 

「ああ」

 

「そこまで評価しているのか」

 

「天下で一番厄介な女だぞ」

 

即答だった。

 

趙雲は苦笑する。

 

それは否定できない。

 

曹操は恐ろしい。

 

敗北しても立ち上がる。

 

失敗しても諦めない。

 

そして何より頭が切れる。

 

「北郷一刀が未来を見るなら」

 

張燕は空を見上げた。

 

「華琳は未来を奪う」

 

趙雲は黙った。

 

妙に納得できたからだ。

 

覇王とはそういう女だった。

 

やがて二人は許昌へ帰還する。

 

その報告はすぐに燕王公孫瓚の元へ届けられた。

 

数日後。

 

河北の鄴。

 

燕王宮。

 

王宮の大広間には燕国の重臣達が集まっていた。

 

公孫瓚。

 

張燕。

 

趙雲。

 

荀彧。

 

呂布。

 

張遼。

 

袁紹。

 

袁術。

 

そして各州の代表者達。

 

久しぶりに大規模な会議となった。

 

最初に口を開いたのは公孫瓚だった。

 

「それで」

 

赤い髪を揺らしながら張燕を見る。

 

「長安で何をしてきた」

 

張燕は笑った。

 

そして。

 

「曹操と喧嘩してきた」

 

会議室が静まった。

 

次の瞬間。

 

「はあ!?」

 

公孫瓚が立ち上がった。

 

「何をやってるんだお前は!」

 

予想通りの反応だった。

 

張燕は肩を竦める。

 

「まあ聞け」

 

そして長安での出来事を説明した。

 

天の御使いへの危機感。

 

曹操との会談。

 

そして。

 

魏と燕による決戦。

 

全てを。

 

話が進むにつれ会議室の空気も変わっていく。

 

誰も笑わなくなった。

 

特に荀彧は真剣だった。

 

天の御使い。

 

北郷一刀。

 

その名は今や天下に響いている。

 

蜀の急成長。

 

呉への侵攻。

 

全ての中心人物。

 

「なるほど」

 

公孫瓚も腕を組む。

 

「つまり」

 

「曹操を味方にしたいと」

 

「ああ」

 

張燕は頷く。

 

「そのための勝負だ」

 

しばらく沈黙が流れる。

 

やがて。

 

公孫瓚が大きく息を吐いた。

 

「馬鹿だな」

 

そう言った。

 

だが笑っていた。

 

「本当に馬鹿だ」

 

「知ってる」

 

「だが」

 

公孫瓚は立ち上がる。

 

「お前らしい」

 

それが本音だった。

 

張燕は昔から変わらない。

 

危険な道へ進む。

 

誰もやらないことをやる。

 

そして勝って帰ってくる。

 

だからこそ黒山賊はここまで大きくなった。

 

「それで」

 

公孫瓚が尋ねる。

 

「どう戦う」

 

その質問を待っていた。

 

張燕の目が変わる。

 

黒山の頭領の目だ。

 

「今回は」

 

ゆっくりと言う。

 

「黒山軍で戦う」

 

会議室がざわついた。

 

呂布も目を見開く。

 

張遼も驚く。

 

荀彧も眉をひそめる。

 

公孫瓚も理解できなかった。

 

「どういう意味だ」

 

張燕は地図を広げた。

 

そこには燕軍の配置が描かれている。

 

河北軍。

 

冀州軍。

 

青州軍。

 

豫州軍。

 

兗州軍。

 

巨大な国家となった燕には多くの軍が存在していた。

 

だが。

 

張燕が指差したのは別だった。

 

黒山。

 

黒山軍。

 

自分の原点。

 

「今回は燕国の力じゃない」

 

張燕は言う。

 

「黒山軍の力で勝つ」

 

それは意地だった。

 

かつて賊と呼ばれた者達。

 

天下に見捨てられた者達。

 

その仲間達で。

 

覇王に挑む。

 

「勝てるのか」

 

公孫瓚が真面目な顔で尋ねる。

 

張燕は笑った。

 

「分からん」

 

正直だった。

 

曹操は強い。

 

魏軍も強い。

 

簡単な相手ではない。

 

だが。

 

だからこそ面白い。

 

「久しぶりなんだ」

 

張燕が言う。

 

「黒山軍だけで戦うのは」

 

その言葉に趙雲も理解した。

 

黒山賊。

 

全ての始まり。

 

張燕が頭領だった頃。

 

まだ国も無かった。

 

王もいなかった。

 

ただ生きるために戦っていた。

 

あの頃の仲間達。

 

あの頃の戦い方。

 

それをもう一度やろうとしている。

 

「なるほど」

 

公孫瓚も笑った。

 

「なら好きにやれ」

 

燕王はそう言った。

 

止めなかった。

 

張燕が止まる男ではないと知っているからだ。

 

会議が終わる。

 

重臣達が去っていく。

 

その中で。

 

張燕は一人外へ出た。

 

王宮の庭。

 

夜風が吹いている。

 

そこへ孫策が現れた。

 

「聞いたわ」

 

「早いな」

 

「当然」

 

孫策は笑う。

 

そして張燕の隣へ立つ。

 

「黒山軍で戦うのね」

 

「ああ」

 

「楽しそう」

 

「楽しい」

 

即答だった。

 

孫策は吹き出した。

 

本当に楽しそうだった。

 

天下の命運が懸かるかもしれない戦い。

 

それなのに。

 

この男は笑っている。

 

「負けないでよ」

 

孫策が言う。

 

「負けたらどうなる」

 

「曹操が調子に乗る」

 

「それは困るな」

 

二人は笑った。

 

そして張燕は西を見る。

 

長安。

 

覇王の都。

 

決戦の日は近い。

 

黒山軍。

 

そして魏軍。

 

再び運命が交わろうとしていた。

 

賊の頭領と覇王。

 

二人の勝負が、静かに始まろうとしていたのである。

 




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