【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百九十四話 黒山の王道

第百九十四話 黒山の王道

 

 

関中平原。

 

長安の東方。

 

広大な大地を埋め尽くすように二つの軍勢が対峙していた。

 

魏軍。

 

そして黒山軍。

 

それぞれ十万を超える大軍勢。

 

無数の旗が風にはためき、地平線の果てまで兵士達の姿が続いている。

 

まさに天下を揺るがす決戦だった。

 

黒山軍本陣。

 

張燕は馬上から敵陣を眺めていた。

 

遠く。

 

魏軍中央。

 

巨大な軍旗が翻っている。

 

そこには堂々と「魏」の文字。

 

そしてその中央には覇王曹操がいる。

 

「あれが華琳か」

 

張燕は小さく笑った。

 

久しぶりの戦場だった。

 

しかも相手は曹操。

 

胸が高鳴らないはずがない。

 

その隣では孫策が同じように敵陣を見ている。

 

「相変わらず凄い軍ね」

 

「そうだな」

 

魏軍は整然としていた。

 

隊列に乱れがない。

 

兵士達の練度も高い。

 

敗北を経験した軍とは思えない。

 

長安へ移った後も鍛え続けていたのだろう。

 

さすがは曹操だった。

 

そこへ荀彧が近付く。

 

「配置が終わりました」

 

「ご苦労」

 

張燕は地図を見る。

 

黒山軍右翼。

 

張遼。

 

左翼。

 

馬超。

 

中央。

 

張燕と荀彧。

 

そして遊撃に趙雲と呂布。

 

さらに孫策も中央に控えている。

 

黒山軍としては最高戦力だった。

 

「どう見ます?」

 

荀彧が尋ねる。

 

張燕は即答しなかった。

 

じっと敵陣を見る。

 

そして笑う。

 

「強いな」

 

その一言だった。

 

「ですが」

 

「分かってる」

 

荀彧の言いたいことも分かる。

 

昔なら話は別だった。

 

昔の張燕は賊だった。

 

奇襲。

 

伏兵。

 

夜襲。

 

略奪。

 

卑劣な手段。

 

外道な戦法。

 

そういうものばかり使っていた。

 

正面決戦は苦手だった。

 

それが張燕最大の弱点だった。

 

曹操もそこを見抜いていた。

 

だが。

 

今は違う。

 

張燕の視線が孫策へ向く。

 

「感謝してるぞ」

 

「急にどうしたの?」

 

孫策が笑う。

 

「お前のおかげだ」

 

王道の戦い。

 

軍の動かし方。

 

正面決戦。

 

大軍運用。

 

孫策から学んだ数年間。

 

張燕はただ学んだだけではない。

 

吸収した。

 

そして自分のものにした。

 

元々天才肌だった。

 

一を聞いて十を理解する。

 

そんな男だった。

 

今の張燕は違う。

 

賊の戦いしか知らない男ではない。

 

王道も知っている。

 

正面決戦もできる。

 

軍略も使える。

 

そして。

 

黒山流も健在だった。

 

「厄介になったな」

 

趙雲が呟く。

 

「誰がだ?」

 

「お前だ」

 

即答だった。

 

張燕は笑う。

 

趙雲も苦笑する。

 

事実だった。

 

昔の張燕には弱点があった。

 

だが今は違う。

 

正面決戦ができる。

 

奇襲もできる。

 

内政もできる。

 

外交もできる。

 

しかも発想は相変わらず外道。

 

敵からすれば最悪だった。

 

「華琳も大変だな」

 

張燕は楽しそうだった。

 

一方その頃。

 

魏軍本陣。

 

曹操もまた敵陣を見ていた。

 

青い瞳が細くなる。

 

「変わったわね」

 

誰に言うでもなく呟く。

 

その隣には郭嘉。

 

夏侯惇。

 

夏侯淵。

 

魏の中枢が揃っていた。

 

「張燕ですか」

 

郭嘉が尋ねる。

 

曹操は頷く。

 

「昔とは違う」

 

官渡の頃を思い出す。

 

あの時の張燕は賊だった。

 

恐ろしく強い。

 

だが癖もあった。

 

読みようがあった。

 

しかし今は。

 

「完成し始めている」

 

曹操はそう評した。

 

王道を知った張燕。

 

賊の戦法を知る張燕。

 

両方を使える張燕。

 

それは恐ろしい存在だった。

 

「面白い」

 

曹操は笑う。

 

恐怖ではない。

 

歓喜だった。

 

だからこそ戦いたかった。

 

だからこそ試したかった。

 

天下に張燕という男がどこまで成長したのか。

 

「華琳様」

 

夏侯惇が前へ出る。

 

「命令を」

 

曹操は静かに立ち上がる。

 

そして敵陣を見る。

 

張燕がいる。

 

遠く離れているのに不思議と分かった。

 

あの男もこちらを見ている。

 

そんな気がした。

 

「始めましょう」

 

覇王が言う。

 

同じ頃。

 

張燕もまた馬へ跨る。

 

そして槍を掲げた。

 

「野郎共」

 

十万の黒山軍が沸く。

 

「相手は魏軍だ」

 

歓声。

 

「相手は曹操だ」

 

さらに歓声。

 

「そして」

 

張燕は笑う。

 

「今日は正面からぶっ潰す」

 

兵士達が一瞬固まる。

 

次の瞬間。

 

爆笑が起きた。

 

黒山軍らしい反応だった。

 

正面から。

 

その言葉自体が面白かった。

 

かつて奇襲と卑劣さの代名詞だった男が言うのだから。

 

だが張燕は本気だった。

 

今日は正面から戦う。

 

王道で。

 

堂々と。

 

その上で。

 

必要になれば黒山流も使う。

 

「行くぞ!」

 

張燕が叫ぶ。

 

「おおおおおおおおおっ!」

 

大地が震える。

 

同時に。

 

魏軍でも進軍の太鼓が鳴り響いた。

 

曹操が軍配を振る。

 

張燕が槍を掲げる。

 

二つの軍勢が動き出す。

 

覇王と黒山賊。

 

長き因縁を持つ二人が。

 

今再び。

 

戦場で真正面から激突しようとしていた。

 




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