【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第百九十五話 覇王と黒山

第百九十五話 覇王と黒山

 

 

戦場を埋め尽くす兵士達が動き始めた。

 

黒山軍十万。

 

魏軍十万。

 

両軍の間に存在していた静寂は完全に消え去り、今や大地そのものが揺れていた。

 

無数の足音。

 

無数の叫び。

 

鳴り響く太鼓。

 

風に翻る軍旗。

 

関中の平原は一瞬で巨大な戦場へと変貌していた。

 

黒山軍中央。

 

張燕は馬上から全体を見渡していた。

 

敵の動き。

 

味方の動き。

 

地形。

 

風向き。

 

全てを確認する。

 

昔なら真っ先に奇襲を考えていた。

 

伏兵を置き。

 

補給を焼き。

 

夜襲を仕掛ける。

 

それが黒山流だった。

 

だが今日は違う。

 

今日は王道。

 

曹操が得意とする戦い方。

 

正面からぶつかる。

 

そのために孫策から学び続けた。

 

そして今。

 

その成果を試す時が来た。

 

「敵右翼が前へ出ます」

 

荀彧が報告する。

 

視線の先。

 

夏侯淵の軍勢が前進していた。

 

整然とした動き。

 

さすが魏軍である。

 

張燕は小さく笑う。

 

「ならこちらも出るぞ」

 

右翼。

 

張遼軍。

 

数万の騎兵が動き始める。

 

地面が震える。

 

その様子を見た張遼は豪快に笑った。

 

「久しぶりやな!」

 

槍を掲げる。

 

「黒山の意地見せたるで!」

 

騎兵達が歓声を上げる。

 

そして激突。

 

最初の衝突は右翼から始まった。

 

騎兵同士。

 

速度と速度。

 

勢いと勢い。

 

真正面からぶつかり合う。

 

鉄が鳴る。

 

悲鳴が響く。

 

馬が倒れる。

 

一瞬で数十人が吹き飛んだ。

 

だが張遼は止まらない。

 

槍を振るう。

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

次々と敵兵を薙ぎ払う。

 

その勢いはまさに疾風だった。

 

一方。

 

左翼では馬超が暴れていた。

 

「うおおおおおおっ!」

 

豪快な突撃。

 

若さと勢いの塊。

 

魏兵達が吹き飛ばされる。

 

馬超の軍もまた押し始めていた。

 

中央。

 

張燕は静かに状況を見ていた。

 

まだ動かない。

 

焦らない。

 

それを見て孫策が笑う。

 

「昔なら飛び出してたわよね」

 

「昔の話だ」

 

「成長したわね」

 

張燕は苦笑した。

 

確かにそうだった。

 

昔の自分なら我慢できない。

 

だが今は違う。

 

軍全体を見る。

 

戦場全体を見る。

 

それが王道だった。

 

そして。

 

その頃。

 

魏軍本陣。

 

曹操もまた戦況を観察していた。

 

「なるほど」

 

青い瞳が細くなる。

 

「本当に変わったわね」

 

張燕は飛び出さない。

 

奇襲もしない。

 

正面から戦っている。

 

それだけで昔とは別人だった。

 

郭嘉も感心している。

 

「面白いですね」

 

「ええ」

 

曹操は笑う。

 

「だから欲しくなる」

 

官渡の頃も欲しかった。

 

今はもっと欲しい。

 

敵として惜しい。

 

そう思わせる男だった。

 

戦場はさらに激しくなる。

 

中央同士がぶつかった。

 

黒山軍。

 

魏軍。

 

数万の兵士が入り乱れる。

 

そこへ。

 

呂布が動いた。

 

赤兎馬が駆ける。

 

その瞬間。

 

戦場の空気が変わった。

 

「呂布様だ!」

 

黒山軍が歓声を上げる。

 

呂布は無言。

 

ただ前へ進む。

 

そして。

 

槍が振るわれる。

 

轟音。

 

たった一撃で数人が吹き飛んだ。

 

さらに二撃。

 

三撃。

 

魏兵達が恐怖する。

 

人ではない。

 

災害だ。

 

それが呂布だった。

 

「止めろ!」

 

魏軍から将が飛び出す。

 

だが。

 

次の瞬間には落馬していた。

 

圧倒的だった。

 

しかし。

 

曹操は焦らない。

 

「当然いるわよね」

 

呂布。

 

天下最強。

 

その存在は想定済みだった。

 

そして。

 

夏侯惇が前へ出る。

 

「任せろ」

 

眼帯の武人。

 

魏軍最強格。

 

彼女が呂布へ向かう。

 

戦場の中央。

 

二人の猛将が激突した。

 

轟音。

 

衝撃。

 

周囲の兵士達が巻き込まれないよう距離を取る。

 

それほどの戦いだった。

 

「面白い!」

 

夏侯惇が笑う。

 

呂布は無言。

 

だが戦意は十分だった。

 

二人の戦いが始まる。

 

張燕はそれを見て頷いた。

 

予定通り。

 

全て予定通りだった。

 

そして。

 

その時だった。

 

荀彧が気付く。

 

「時雨様」

 

「どうした」

 

「曹操が動きます」

 

張燕の目が細くなる。

 

本陣。

 

覇王が立ち上がっていた。

 

黄金の髪が風に揺れる。

 

その姿は遠くからでも分かる。

 

戦場の主役。

 

魏王曹操。

 

「来るか」

 

張燕は笑う。

 

孫策も笑う。

 

趙雲も槍を握る。

 

空気が変わる。

 

兵士達も感じ取る。

 

覇王が動く。

 

そして。

 

黒山の頭領もまた前へ出る。

 

張燕は槍を握った。

 

遠く。

 

曹操もこちらを見ている。

 

互いに分かった。

 

兵士達の戦いではない。

 

ここからは。

 

自分達の戦いだと。

 

長き因縁。

 

官渡から続く宿命。

 

覇王と黒山賊。

 

二人の怪物が遂に真正面から相対しようとしていた。

 

戦場全体がその瞬間を待っているかのようだった。

 




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