第百九十九話 覇王の反撃
関中の平原に吹く風は変わらなかった。
だが戦場の空気は確実に変化していた。
開戦当初。
主導権を握っていたのは黒山軍だった。
張燕の奇策。
嫌がらせ。
伏兵。
撹乱。
正攻法と外道を混ぜ合わせた黒山流。
その全てが魏軍を苦しめていた。
補給隊は振り回され。
後方は混乱し。
兵達は何が起きるか分からず神経をすり減らしている。
しかし。
それでも。
魏軍は崩れていなかった。
それが曹操軍だった。
黒山軍本陣。
張燕は馬上から戦場を眺めていた。
「妙だな」
ぽつりと呟く。
その隣で桂花も同じ方向を見ていた。
「何がですか」
「華琳だ」
張燕は目を細める。
戦場は依然として激戦。
だが何かがおかしい。
「おかしい?」
「静かすぎる」
桂花は少し考える。
確かにそうだった。
張燕の嫌がらせは成功している。
普通ならもっと混乱する。
もっと怒る。
もっと慌てる。
だが。
曹操は何もしない。
いや。
正確には。
何もしていないように見える。
「嫌な予感がしますね」
桂花が言う。
「俺もだ」
張燕は笑った。
そして。
その予感は当たった。
戦場中央。
魏軍の旗が一斉に動き始める。
「ん?」
張燕の目が細くなる。
今まで守勢だった魏軍が突然前進を開始した。
しかも。
綺麗だった。
あまりにも綺麗だった。
乱れが無い。
迷いが無い。
まるで最初から決まっていたような動き。
「来たな」
張燕が呟く。
同じ頃。
魏軍本陣。
曹操は軍配を握っていた。
青い瞳は冷静だった。
怒りも無い。
焦りも無い。
全て計算通り。
「華琳様」
郭嘉が微笑む。
「始めますか」
「ええ」
曹操は頷く。
「そろそろ反撃よ」
静かな声だった。
しかし。
その一言で魏軍全体が動く。
まるで一つの生き物のように。
「時雨」
曹操は遠くを見る。
そこに張燕がいる。
きっと笑っている。
きっと楽しんでいる。
だからこそ。
本気で叩く価値がある。
「あなたが成長したなら」
軍配が振られる。
「私も成長しているのよ」
その瞬間だった。
右翼。
夏侯淵軍が動く。
今まで防御中心だった部隊が一気に前進する。
しかも。
目標は張遼軍。
真正面からではない。
側面。
完璧な角度。
「霞!」
黒山軍の伝令が飛ぶ。
張遼も気付く。
「ちぃ!」
さすがだった。
曹操は最初から見ていた。
張遼の癖。
黒山軍の癖。
全て。
そして。
左翼でも動きがあった。
馬超軍へ。
別の部隊が突撃する。
今度は正面。
徹底的な圧力。
奇策ではない。
卑劣な策でもない。
ただ純粋な軍事力。
王道。
正攻法。
覇王の戦い方だった。
「なるほど」
張燕が笑う。
「そう来るか」
桂花も理解した。
曹操の狙い。
黒山軍の強みは自由さ。
個々の将の突破力。
機動力。
ならば。
徹底的に縛る。
自由に動けなくする。
それが今の作戦だった。
そして。
さらに恐ろしいのは。
中央だった。
魏軍中央。
それまで後方にいた部隊が突然前へ出る。
予備兵力。
しかも精鋭。
「いつの間に」
桂花が驚く。
張燕は笑った。
「隠してたな」
見事だった。
戦力を温存していた。
しかも。
張燕に気付かれないように。
「華琳」
張燕は感心する。
「やるじゃないか」
戦場は変わり始める。
今まで押していた黒山軍。
だが少しずつ。
本当に少しずつ。
押し返され始める。
兵士達も気付いていた。
魏軍が変わった。
先ほどまでとは違う。
動きが鋭い。
統率が高い。
そして何より。
迷いが無い。
「覇王だな」
趙雲が呟く。
戦場の遠く。
曹操の旗が見える。
あの女がいる。
だから魏軍は戦える。
だから立ち上がる。
官渡で負けても。
許昌を失っても。
国を失っても。
立ち上がった。
それが曹操だった。
そして。
張燕は笑った。
嬉しそうに。
本当に嬉しそうに。
「最高だな」
桂花が呆れる。
「押されてますよ?」
「だからだ」
張燕は答える。
「華琳が本気だ」
その目には興奮があった。
恐怖ではない。
焦りでもない。
強敵と戦う喜び。
かつて官渡で感じた感覚。
あの頃より遥かに大きな感覚。
「面白くなってきた」
張燕は軍配を握る。
遠く。
曹操もまたこちらを見ている気がした。
二人とも笑っていた。
戦況は再び五分。
黒山軍の優勢は消えた。
主導権は誰の手にも無い。
だからこそ。
ここからが本当の勝負だった。
覇王曹操。
黒山の頭領張燕。
天下でも指折りの二人が互いの全力をぶつけ合う。
その戦いはまだ終わらない。
むしろ。
今ようやく始まったばかりだったのである。
感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!
ヒロインアンケート
-
星
-
雪蓮
-
華琳