第二百話 黒山と覇王
関中の大地は血と土煙に覆われていた。
朝から始まった戦いは既に半日を超えている。
魏軍。
黒山軍。
両軍ともに疲労は隠せない。
それでも誰一人退こうとはしなかった。
兵士達も理解している。
これはただの戦ではない。
天下の行方を左右する戦いでもない。
覇王曹操と黒山の頭領張燕。
二人の意地と誇りがぶつかる戦だった。
黒山軍本陣。
張燕は馬上で戦場を見渡していた。
その表情には焦りがない。
しかし楽観もない。
「さすがだな」
思わず漏れる。
その隣で桂花も頷いた。
「魏軍の立て直しが異常です」
普通なら崩れる。
普通なら混乱する。
補給を乱され。
後方を荒らされ。
伏兵に引っ掛かる。
どこかで綻びが出る。
だが魏軍は違った。
崩れない。
乱れない。
倒れても立ち上がる。
まるで巨大な鉄の塊だった。
「華琳の軍だ」
張燕は笑う。
「簡単には壊れない」
その頃。
魏軍本陣。
曹操もまた黒山軍を見ていた。
「本当に厄介ね」
郭嘉が笑う。
「褒め言葉ですか?」
「当然よ」
曹操は即答する。
ここまで戦ってなお黒山軍の勢いは衰えていない。
しかも兵達が楽しそうなのが腹立たしい。
普通の軍なら疲労で士気が下がる。
だが黒山軍は違う。
まるで祭りだ。
頭領と共に戦っている。
それだけで士気が上がる。
「羨ましいですね」
郭嘉が言う。
「ええ」
曹操も否定しない。
あの異常な求心力。
あれは張燕にしかない。
だから欲しい。
だから手放したくない。
官渡の頃から変わらない感情だった。
戦場中央。
趙雲は槍を振るっていた。
銀の穂先が閃く。
敵兵が倒れる。
再び閃く。
また倒れる。
「邪魔だ!」
豪快な声。
張遼も暴れていた。
馬超も負けていない。
そして。
恋。
呂布。
その存在だけで戦場の一角が地獄になっていた。
魏兵達も必死に抵抗する。
夏侯惇。
夏侯淵。
魏の猛将達も全力だった。
両軍の激突はさらに激しくなる。
しかし。
その時だった。
張燕が何かに気付く。
「ん?」
視線を向ける。
遠く。
魏軍中央。
旗が動いている。
最初は小さな変化だった。
だが。
張燕は見逃さない。
「なるほど」
笑った。
「華琳」
その瞬間。
曹操もまた笑っていた。
ようやく気付いた。
そう言いたげだった。
桂花が地図を見る。
そして顔色が変わる。
「まさか」
張燕は頷く。
「やられた」
珍しく素直だった。
曹操は最初から狙っていた。
黒山軍の中央。
張燕自身を。
今までの攻防。
右翼。
左翼。
補給。
全て囮。
本命は中央突破。
覇王らしい一手だった。
兵を削るのではない。
頭を取る。
軍を率いる者を。
それが王道。
それが曹操。
「どうします!?」
桂花が叫ぶ。
張燕は笑った。
「どうするも何も」
槍を持ち上げる。
「来るなら迎え撃つ」
それだけだった。
黒山軍の兵達も気付く。
敵が来る。
中央へ。
頭領へ。
ならば答えは一つだった。
守る。
命を懸けて。
黒山軍が中央へ集まり始める。
一方。
魏軍も前進する。
夏侯惇。
夏侯淵。
精鋭部隊。
全てが中央へ向かう。
大地が揺れる。
空気が震える。
戦場全体が張り詰める。
そして。
遠く。
張燕と曹操の視線が交わる。
言葉はない。
必要もない。
互いに分かっている。
ここからだ。
本当の勝負は。
官渡。
許昌。
長安。
数々の因縁。
数々の戦い。
その全てが今ここへ繋がっている。
「時雨」
曹操が呟く。
「華琳」
張燕も笑う。
二人とも同じだった。
勝ちたい。
負けたくない。
だがそれ以上に。
この戦いを楽しんでいた。
天下に自分と渡り合える相手がいる。
それが嬉しかった。
戦場の中央。
黒山軍と魏軍が再び激突する。
轟音。
怒号。
悲鳴。
全てを飲み込む巨大な衝突。
その中心には。
黒山の頭領張燕。
そして。
覇王曹操。
二人の怪物がいた。
長き因縁の戦いはついに最終局面へと近付いていく。
勝つのは黒山か。
勝つのは魏か。
それとも。
まだ誰も知らない第三の結末が待っているのか。
関中の大地は、二人の次の一手を静かに待っていた。
感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!
ヒロインアンケート
-
星
-
雪蓮
-
華琳