第二百一話 中央突破
関中の大地を震わせる轟音が鳴り響く。
魏軍中央。
黒山軍中央。
両軍の主力が真正面から激突していた。
土煙が舞い上がり、無数の叫び声が空へ消えていく。
兵士達は理解していた。
この戦いの勝敗は中央で決まる。
右翼でもない。
左翼でもない。
張燕と曹操。
二人がいる場所こそが戦場の中心だった。
黒山軍本陣。
張燕は馬上から前線を見つめていた。
その表情は静かだった。
今までのような軽口もない。
笑みも薄い。
だからこそ周囲は理解する。
頭領は本気だ。
「時雨様」
桂花が地図を見ながら声を上げる。
「敵中央がさらに増援を投入しています」
「分かってる」
張燕は短く答える。
増援。
それも精鋭。
曹操は全軍の力を中央へ集め始めていた。
一点突破。
極めて王道。
極めて危険。
そして極めて効果的。
「華琳らしいな」
張燕は笑った。
敵を翻弄するより先に叩き潰す。
小細工を力で粉砕する。
それが覇王の戦い方だった。
遠く。
魏軍本陣。
曹操もまた中央を見ていた。
青い瞳が静かに細くなる。
「押し込め」
軍配が振られる。
その命令だけで魏軍がさらに前進する。
一歩。
また一歩。
少しずつ。
確実に。
黒山軍中央を押していく。
郭嘉は感心していた。
「さすがですね」
「当然よ」
曹操は迷わない。
張燕の戦い方は理解している。
奇策。
嫌がらせ。
心理戦。
どれも厄介だ。
だからこそ正面から押し潰す。
策を使う暇も無いほど。
圧力で。
兵力で。
統率で。
ねじ伏せる。
それが今の作戦だった。
戦場中央。
魏軍が前進する。
黒山軍が押される。
少しずつ。
少しずつ。
確実に。
「まずいな」
張燕は呟いた。
桂花が振り返る。
「珍しいですね」
「何が」
「素直に認めるなんて」
張燕は笑う。
「強いもんは強い」
事実だった。
今の曹操は強い。
官渡の頃より強い。
敗北を知り。
失う痛みを知り。
それでも立ち上がった。
だから今の曹操はさらに厄介だった。
そして。
その瞬間。
戦場の一角から歓声が上がる。
張遼だった。
「道が開いたで!」
霞の騎兵隊が魏軍右翼を突破する。
しかし。
夏侯淵が現れる。
すぐに塞がれる。
馬超も突破を試みる。
だが夏侯惇が立ちはだかる。
全て読まれている。
全て対応される。
「やっぱり華琳だな」
張燕は笑った。
嬉しそうに。
本当に嬉しそうに。
強敵。
好敵手。
それ以上の存在。
それが曹操だった。
「なら」
張燕は槍を握る。
「俺も行くか」
その言葉に周囲が固まる。
桂花も目を見開く。
「まさか」
「まさかだ」
張燕は笑う。
そして馬首を前へ向ける。
「時雨様!」
桂花が叫ぶ。
「総大将です!」
「知ってる」
「なら!」
「だからだ」
張燕は振り返る。
その目は真剣だった。
「ここから先は俺が行く」
黒山軍の兵士達も気付く。
頭領が動く。
ざわめきが広がる。
次の瞬間。
歓声が爆発した。
「頭領!」
「頭領だ!」
「頭領が出るぞ!」
士気が一気に上がる。
黒山軍は昔から変わらない。
張燕が前へ出る。
それだけで燃える。
理屈ではない。
感情だった。
「星!」
張燕が叫ぶ。
「何だ!」
趙雲が振り向く。
「中央を開けろ!」
趙雲は笑った。
意味が分かった。
「任せろ!」
銀槍が閃く。
魏兵達が吹き飛ぶ。
さらに恋が動く。
呂布。
天下最強。
その武が中央を切り開く。
張遼も来る。
馬超も来る。
孫策も笑っていた。
「まったく」
槍を構える。
「こういうところは昔のままね」
張燕は笑う。
「悪いか」
「好きよ」
孫策も笑う。
そして。
黒山軍中央。
巨大な道が開く。
張燕のために。
黒山軍全体が動く。
その様子を見ていた曹操は静かに笑った。
「来るのね」
郭嘉も頷く。
予想通りだった。
張燕は出てくる。
自分の軍が押されれば必ず。
それが張燕だ。
だからこそ。
曹操もまた馬へ乗る。
「華琳様」
郭嘉が驚く。
「行くのですか」
「当然よ」
覇王は笑った。
遠く。
張燕が見える。
こちらへ向かっている。
ならば。
迎え撃つだけだった。
戦場中央。
二つの軍勢が割れる。
まるで海が道を作るように。
その先で。
張燕と曹操。
二人の姿が近付いていく。
官渡以来。
長き因縁。
長き執着。
長き競争。
全てが今ここで交差しようとしていた。
黒山の頭領。
覇王曹操。
二人の直接対決が、ついに始まろうとしていたのである。
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