第二十話 先鋒の白馬
反董卓連合軍。
その本陣は、昼夜問わず騒がしかった。
兵が行き交い、伝令が走り、諸侯たちの怒声が飛ぶ。
汜水関を前にして、皆が浮き足立っている。
当然だ。
ここで勝てば名が上がる。
天下へ名を轟かせる第一歩になる。
逆に負ければ、兵も威信も失う。
誰もが“勝ちたい”と思っていた。
だからこそ。
誰もが、腹の底では他の諸侯を信用していなかった。
「で?」
時雨は酒を飲みながら白蓮を見る。
「何でそんな死んだ顔してんの」
「聞く!?」
白蓮は机に突っ伏していた。
「聞くよ」
「先鋒だぞ先鋒!!」
バンッ、と机を叩く。
「完全に損な役回りじゃん!」
「まぁな」
時雨は即答した。
白蓮が涙目になる。
「否定してよぉ!?」
「だって実際そうだろ」
先鋒。
聞こえは良い。
だが現実は違う。
敵の戦力を測るための捨て駒。
最初にぶつかる以上、損害も大きい。
しかも今回は相手が董卓軍。
下手をすれば壊滅もあり得る。
「絶対あの金ピカお嬢様押し付けたよなぁ……」
白蓮は遠い目をする。
会議で真っ先に「公孫瓚が適任ですわ!」と言い出したのは袁紹だった。
しかも満面の笑みで。
「オーッホッホ! 白馬の将軍なら先鋒に相応しいですわ!」
完全に押し付けである。
「まぁ目立つしなアンタ」
「嬉しくねぇ!」
時雨はケラケラ笑う。
その隣で星が茶を飲んでいた。
「だが避けられんだろう」
「分かってるけどさぁ……」
白蓮は頭を抱えた。
「しかも孫堅とか曹操とか、絶対後ろで様子見する気満々だし」
「賢いからな」
「お前味方!?」
「一応」
時雨は他人事だった。
だが。
彼自身、先鋒がどれだけ危険か理解している。
だからこそ。
「で、戦力は?」
「ん?」
「どうせ俺も出るんだろ」
白蓮は少し黙る。
そして。
「頼む」
珍しく真面目な顔だった。
「黒山、貸してくれ」
空気が静まる。
時雨は酒を飲み干した。
「最初からそのつもりだろ」
「まぁな」
白蓮は苦笑する。
「お前がいないと怖い」
「正直だなぁ」
「今さら隠しても意味ないし」
時雨は立ち上がる。
「いいぜ」
「本当!?」
「その代わり」
赤い目が細まる。
「俺の好きにやる」
白蓮はニヤリと笑った。
「ああ、頼む」
その瞬間。
黒山の兵たちが一斉に笑う。
「頭領が出るぞぉ!」
「暴れられる!」
「董卓軍ぶっ潰すぞ!!」
空気が熱を帯びる。
愛紗はその様子を見ながら、小さく息を吐いた。
「……凄い統率力だ」
「ん?」
「お前が立つだけで空気が変わる」
時雨は肩を竦めた。
「馬鹿共が騒いでるだけだ」
「その馬鹿共をまとめるのが将だろう」
愛紗は真面目に言う。
時雨は少し笑った。
「委員長ちゃん褒めるの下手」
「誰が委員長ちゃんだ!」
いつものように怒鳴る。
だが。
どこか安心しているようにも見えた。
その夜。
公孫瓚軍の陣では、出陣前の準備が進んでいた。
兵たちは武器を整え、馬を休ませ、緊張した空気が漂っている。
そんな中。
「よし! 飲むぞー!」
「何でだよ」
白蓮だけは通常運転だった。
「いや明日死ぬかもだし!」
「縁起でもねぇ」
「大丈夫大丈夫!」
全然大丈夫そうじゃない。
愛紗は頭を抱えた。
「本当にこの方が将軍で大丈夫なのか……」
「白蓮ちゃん面白いよねぇ」
桃香は楽しそうだった。
「姉者は人を信用しすぎです!」
鈴々は肉を食べている。
星は呆れながら茶を飲む。
時雨はそんな光景を見ながら笑っていた。
「平和だなぁ」
「戦前だぞ」
星が呆れる。
「だからだよ」
時雨は静かに言う。
「こういう時ほど、笑っとかねぇとな」
愛紗が少し目を細めた。
この男は。
ふざけているようで、時々妙に核心を突く。
「怖くないのか」
「あ?」
「明日だ」
愛紗は真っ直ぐ時雨を見る。
「相手は董卓軍。何が起こるか分からん」
時雨は少し黙った。
焚火の火が揺れる。
「怖ぇよ」
静かな声だった。
「死ぬのは嫌いだ」
「……」
「でも」
時雨は笑う。
「だからって止まれねぇ」
乱世だ。
止まった奴から死ぬ。
なら進むしかない。
「アンタらは?」
時雨が逆に問う。
桃香は少し考える。
「怖いよ」
素直な答えだった。
「でも、皆がいるから頑張れる」
愛紗は頷く。
「私が姉者を守る」
「鈴々も守るのだ!」
星は小さく笑った。
「賑やかだな本当に」
「悪くねぇだろ」
「ああ」
星は静かに頷いた。
戦前とは思えないほど、穏やかな時間だった。
翌朝。
公孫瓚軍は出陣した。
白馬隊を先頭に、黒山兵、義勇軍が続く。
朝霧の中を進む大軍。
汜水関はすぐそこだった。
「うぅ……胃が痛い……」
白蓮は馬上で死にそうな顔をしていた。
「先鋒嫌だぁ……」
「今さら言うな」
時雨が呆れる。
「だってぇ!」
「白馬将軍が情けねぇ」
「お前慰める気ゼロだろ!」
だが。
兵たちは笑っていた。
白蓮のこういうところは、不思議と空気を軽くする。
「まぁでも」
時雨は前を見る。
「先鋒ってのは悪くねぇ」
「あ?」
「最初に暴れられる」
赤い目が細まる。
「俺は好きだぜ」
その顔を見て。
星は少し笑った。
「戦好きめ」
「否定はしねぇ」
愛紗は静かに槍を握る。
桃香は深呼吸した。
鈴々はやる気満々である。
そして。
霧の向こう。
巨大な関所が姿を現した。
汜水関。
董卓軍との最初の戦場。
乱世の炎が、今まさに燃え上がろうとしていた。
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