第二百二話 覇王の大鎌
関中の戦場。
その中心で二つの流れが生まれていた。
黒山軍が左右へ広がる。
魏軍も左右へ割れる。
数万の兵士達が戦いながらも中央に巨大な空間が生まれていく。
まるで運命が道を作っているかのようだった。
張燕は馬を進める。
一歩。
また一歩。
その先にいる人物を見据えながら。
黄金の髪。
鋭い青い瞳。
覇王曹操。
華琳。
張燕は自然と笑っていた。
遠くからでも分かる。
華琳も笑っている。
二人とも似たような顔をしていた。
敵を見る顔ではない。
長年会いたかった友を見るような顔。
好敵手を見るような顔。
そんな表情だった。
「よう」
張燕が笑う。
「久しぶりだな」
曹操も微笑む。
「ええ」
風が吹く。
二人の髪が揺れる。
周囲の兵士達も自然と距離を取っていた。
邪魔をしてはいけない。
誰もがそう感じていた。
官渡。
許昌。
長安。
数え切れない因縁。
その全てが今ここに集まっている。
「随分大きくなったわね」
華琳が言う。
「国か?」
「違う」
曹操は笑った。
「あなた自身よ」
張燕は肩を竦める。
「お互い様だ」
それは本音だった。
昔より強い。
昔より賢い。
昔より厄介。
そう思う。
だから面白い。
張燕は槍を握る。
その瞬間。
曹操も武器を構えた。
巨大な大鎌。
黒く輝く刃。
戦場の光を反射する鋭い刃先。
それは覇王の象徴だった。
周囲がざわめく。
「大鎌か」
張燕が笑う。
「似合うでしょう?」
「いかにも華琳だ」
「褒め言葉として受け取るわ」
二人とも笑う。
しかし。
次の瞬間。
空気が変わった。
殺気。
戦意。
圧力。
全てが一気に膨れ上がる。
遠くで見ていた星が目を細める。
「始まるな」
雪蓮も静かだった。
いつものように笑っていない。
恋も。
霞も。
翠も。
桂花も。
全員が見ている。
天下に並び立つ二人。
その戦いを。
そして。
最初に動いたのは曹操だった。
速い。
誰もがそう思った。
覇王は馬を走らせる。
一直線。
迷いの無い突撃。
大鎌が風を切る。
轟音。
張燕の目が見開かれる。
「ははっ!」
笑う。
面白い。
そう思った。
槍を振るう。
大鎌と槍。
二つの武器が激突する。
轟音。
火花。
衝撃。
周囲の兵士達が思わず後退する。
凄まじい威力だった。
「重いな!」
張燕が笑う。
「当然よ!」
曹操も笑う。
大鎌が再び振るわれる。
横薙ぎ。
速い。
重い。
鋭い。
普通の武将なら受けた瞬間に吹き飛ぶ。
だが。
張燕は違った。
槍で受け流す。
馬を操る。
距離を取る。
そして反撃。
鋭い突き。
曹操の首筋を狙う。
だが。
覇王も甘くない。
大鎌の柄で受ける。
再び火花。
再び衝撃。
互角。
完全な互角だった。
遠くで見ていた夏侯惇が思わず笑う。
「化け物共め」
夏侯淵も同意だった。
あれは人間同士の戦いではない。
怪物同士の戦いだ。
その頃。
張燕は興奮していた。
強い。
華琳は強い。
武も。
知略も。
王としての器も。
全てが一流だった。
だから欲しかった。
だから戦いたかった。
だから勝ちたかった。
「華琳!」
張燕が叫ぶ。
「何!」
「最高だな!」
曹操は一瞬呆れた。
そして。
笑った。
「馬鹿!」
それでも嬉しそうだった。
再び激突。
大鎌。
槍。
何度も何度もぶつかる。
火花が散る。
金属音が響く。
兵士達は息を呑む。
誰も声を出せない。
ただ見ている。
この戦いを。
そして。
十合。
二十合。
三十合。
戦いは続く。
互いに傷は少ない。
だが。
互いに理解していた。
目の前の相手は本物だと。
簡単には倒れない。
簡単には負けない。
だからこそ。
次第に笑みが深くなる。
張燕も。
曹操も。
戦場の中心で。
二人はまるで子供のように笑っていた。
天下を争う王でありながら。
ただ純粋に。
強敵との戦いを楽しんでいた。
そして。
誰も気付いていなかった。
二人が激突しているその裏で。
それぞれがまだ切っていない札を隠していることに。
覇王曹操にも。
黒山の頭領張燕にも。
まだ本当の切り札が残されていたのである。
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