【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百三話 覇王と黒山の切り札

第二百三話 覇王と黒山の切り札

 

 

関中の空は高かった。

 

だが戦場にいる者達には空など見えていなかった。

 

誰もが見ている。

 

戦場の中心。

 

張燕と曹操。

 

二人の戦いを。

 

槍と大鎌が激突する。

 

火花が散る。

 

衝撃が走る。

 

周囲の兵士達が息を呑む。

 

並の武将なら既に倒れている。

 

並の将なら馬から落ちている。

 

だが二人は違った。

 

互いに攻める。

 

互いに守る。

 

互いに読み合う。

 

その様子はまるで武ではなく軍略の戦いのようでもあった。

 

「はぁっ!」

 

曹操の大鎌が振るわれる。

 

斜め上からの一撃。

 

鋭い。

 

速い。

 

重い。

 

張燕は槍の柄で受け流す。

 

だが完全には流せない。

 

腕へ衝撃が伝わる。

 

「さすがだな」

 

張燕が笑う。

 

「今更?」

 

曹操も笑う。

 

再び激突。

 

距離が離れる。

 

そしてまた詰まる。

 

その繰り返し。

 

遠くで見ていた星は思わず呟いた。

 

「互角か」

 

雪蓮も腕を組んでいる。

 

「今のところはね」

 

だが二人とも分かっていた。

 

まだ終わらない。

 

今は様子見。

 

本当の勝負はこれからだった。

 

その頃。

 

魏軍本陣では郭嘉が静かに戦場を見つめていた。

 

戦況は五分。

 

黒山軍も強い。

 

魏軍も強い。

 

しかし郭嘉は微笑んでいた。

 

「そろそろですね」

 

誰に向けた言葉でもない。

 

だが意味は明確だった。

 

華琳はまだ本気ではない。

 

覇王の本当の恐ろしさは武ではない。

 

軍全体を動かす力。

 

戦場全体を掌握する力。

 

そこにある。

 

一方。

 

黒山軍本陣では桂花が地図を睨んでいた。

 

「おかしい」

 

小さく呟く。

 

何かがおかしい。

 

華琳が張燕と戦っている。

 

だが。

 

それだけのはずがない。

 

あの女がただ決闘を楽しんで終わるはずがない。

 

何かある。

 

絶対に。

 

そして。

 

その予感は当たる。

 

突然。

 

魏軍左翼の旗が変わった。

 

さらに右翼も。

 

中央も。

 

次々に旗が動く。

 

それを見た桂花の顔色が変わる。

 

「時雨様!」

 

叫ぶ。

 

張燕も気付いた。

 

「なるほど」

 

笑う。

 

「そう来たか」

 

曹操も笑った。

 

「気付いた?」

 

「当然だ」

 

張燕は槍を構える。

 

覇王の切り札。

 

それは本人ではなかった。

 

魏軍そのもの。

 

今まで別々に戦っていた部隊が一斉に連動し始めたのだ。

 

右翼。

 

左翼。

 

中央。

 

全てが一つになる。

 

まるで巨大な生き物。

 

まるで巨大な龍。

 

戦場全体が曹操の意思で動いている。

 

それこそが覇王。

 

それこそが華琳だった。

 

「面白い」

 

張燕は笑う。

 

普通なら慌てる。

 

普通なら驚く。

 

だが張燕は違う。

 

むしろ楽しそうだった。

 

「なら」

 

槍を肩に担ぐ。

 

「こっちも見せるか」

 

曹操の目が細くなる。

 

張燕にもある。

 

切り札が。

 

官渡以来。

 

何度も煮え湯を飲まされた。

 

だから知っている。

 

張燕は何かを隠している時ほど楽しそうに笑う。

 

そして今。

 

まさにその顔だった。

 

「時雨」

 

曹操が笑う。

 

「何をする気?」

 

「簡単だ」

 

張燕も笑う。

 

「黒山軍らしくやる」

 

その瞬間。

 

戦場後方。

 

黒山軍の旗が変わる。

 

さらに別の旗。

 

また別の旗。

 

次々と。

 

それを見た星が目を見開いた。

 

「まさか」

 

霞が吹き出す。

 

「頭領やりよった!」

 

翠も笑う。

 

恋だけは首を傾げている。

 

何が起きたのか分からない。

 

だが。

 

皆は理解した。

 

張燕の切り札。

 

それは軍略でもない。

 

武力でもない。

 

もっと単純だった。

 

もっと黒山軍らしいものだった。

 

戦場のあちこちから歓声が上がる。

 

黒山軍。

 

黒山軍。

 

黒山軍。

 

兵達が叫ぶ。

 

士気が上がる。

 

異常なほどに。

 

それは理屈ではなかった。

 

頭領が前にいる。

 

だから戦う。

 

頭領が笑っている。

 

だから勝てる。

 

黒山軍という集団を支えてきたもの。

 

それは張燕そのものだった。

 

国でもない。

 

制度でもない。

 

法律でもない。

 

ただ一人の男。

 

張燕という存在。

 

それが十万の軍を動かしていた。

 

曹操は思わず笑った。

 

「本当に反則ね」

 

羨ましかった。

 

悔しかった。

 

そして。

 

やはり欲しかった。

 

そんな男だった。

 

戦場では再び風が吹く。

 

覇王の切り札。

 

黒山の切り札。

 

互いの隠していた札が表へ出る。

 

ここから先は消耗戦ではない。

 

知略。

 

武勇。

 

統率。

 

器。

 

全てを賭けた戦いになる。

 

張燕は槍を構える。

 

曹操は大鎌を構える。

 

そして再び駆け出した。

 

互いへ向かって。

 

まるで引き寄せられるように。

 

関中の大地を震わせながら。

 

二人の激突はさらに激しさを増していくのだった。

 




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