【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

203 / 206
第二百五話 黒山の悪知恵

第二百五話 黒山の悪知恵

 

 

夕陽が関中の大地を赤く染めていた。

 

一日中続いた激戦。

 

黒山軍も魏軍も疲労の色を隠せない。

 

だが戦場の空気は張り詰めたままだった。

 

誰もが感じている。

 

このままでは決着がつかない。

 

張燕も。

 

曹操も。

 

互いに強すぎた。

 

正面からぶつかれば互角。

 

軍の質も高い。

 

将の質も高い。

 

ならばどうするか。

 

張燕は馬上で夕暮れの空を見上げながら笑った。

 

その笑みを見た桂花は嫌な予感しかしなかった。

 

「時雨様」

 

「なんだ」

 

「その顔はやめてください」

 

「どの顔だ」

 

「ろくでもない事を考えている顔です」

 

張燕は否定しなかった。

 

むしろ楽しそうだった。

 

「桂花」

 

「はい」

 

「華琳は強い」

 

「知っています」

 

「正面から戦うのも楽しい」

 

「知っています」

 

「だから飽きた」

 

桂花は額を押さえた。

 

終わった。

 

何かが終わった。

 

頭領の中で何かが切り替わった。

 

そして張燕がその顔になる時は決まっている。

 

黒山流が始まる。

 

「伝令」

 

張燕が手を上げる。

 

兵が駆け寄る。

 

「命令だ」

 

「はっ」

 

「全軍に伝えろ」

 

張燕は笑った。

 

黒山賊だった頃と同じ笑みだった。

 

「夜が来たら始める」

 

その頃。

 

魏軍本陣。

 

曹操も夕陽を見ていた。

 

「静かね」

 

郭嘉が頷く。

 

確かに静かだった。

 

張燕も動かない。

 

黒山軍も動かない。

 

だが。

 

だからこそ不気味だった。

 

「嫌な予感しかしません」

 

郭嘉が苦笑する。

 

曹操も同意だった。

 

長い付き合いだ。

 

分かる。

 

張燕が静かな時ほど危険だ。

 

そして夜。

 

関中に闇が降りる。

 

魏軍は警戒していた。

 

見張りも増やしている。

 

伏兵も警戒している。

 

奇襲も予想している。

 

だが。

 

張燕が始めたのは誰も予想しなかった事だった。

 

真夜中。

 

魏軍陣営。

 

突然。

 

あちこちから怒鳴り声が上がった。

 

「敵襲か!?」

 

兵士達が飛び起きる。

 

武器を掴む。

 

だが敵はいない。

 

代わりに。

 

大量の旗が立っていた。

 

黒山軍の旗。

 

あちこちに。

 

数百本。

 

数千本。

 

まるで黒山軍が包囲しているように見える。

 

「何だこれは!?」

 

兵士達が混乱する。

 

報告が飛び交う。

 

だが。

 

その間にも別の騒ぎが起きる。

 

今度は軍馬だ。

 

魏軍の馬達が暴れ始めた。

 

原因は単純だった。

 

黒山軍がこっそり放した大量の羊。

 

夜の闇の中で突然現れた羊の群れに軍馬が驚いたのだ。

 

魏軍は大混乱になる。

 

「報告!」

 

「どうした!」

 

「南側に黒山軍の旗!」

 

「北にもです!」

 

「西にも!」

 

本陣が騒がしくなる。

 

郭嘉は頭を抱えた。

 

「張燕ですね」

 

「張燕ね」

 

曹操も呆れていた。

 

兵は死んでいない。

 

陣も破られていない。

 

だが眠れない。

 

とにかく眠れない。

 

そして。

 

それこそが張燕の狙いだった。

 

一方。

 

黒山軍陣営。

 

張燕は焚火の前で笑っていた。

 

霞が大笑いしている。

 

「頭領らしいわ!」

 

星も呆れていた。

 

「まともな策を考えろ」

 

「まともな戦なら昼やった」

 

張燕は笑う。

 

「夜は黒山の時間だ」

 

雪蓮も楽しそうだった。

 

「曹操、絶対怒ってるわね」

 

「怒ってるだろうな」

 

しかし。

 

張燕の狙いはそこではない。

 

眠れない兵。

 

疲労する軍。

 

神経を削られる将。

 

戦とは兵力だけではない。

 

心も削るものだった。

 

それを張燕は誰より知っている。

 

黒山賊として生きてきたから。

 

正面から勝てない相手にどう勝つか。

 

その答えを知っているから。

 

翌朝。

 

魏軍は戦場へ出てくる。

 

だが。

 

兵士達の目には疲労が見えた。

 

曹操はそれを見てため息を吐く。

 

「本当に嫌な男ね」

 

郭嘉も苦笑する。

 

「褒め言葉でしょう?」

 

「ええ」

 

曹操は遠くを見る。

 

そこには張燕がいる。

 

楽しそうに笑っている。

 

まるで悪戯に成功した子供のように。

 

「時雨」

 

曹操は笑う。

 

「なら私も本気で返してあげる」

 

覇王の瞳が鋭くなる。

 

張燕の外道な策は確かに魏軍を揺さぶった。

 

だが。

 

それで終わる曹操ではない。

 

関中の戦いは再び新たな局面へ入ろうとしていた。

 




感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!

ヒロインアンケート

  • 雪蓮
  • 華琳
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。