【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百七話 黒山の勝利

第二百七話 黒山の勝利

 

関中の戦場。

 

長く続いた激戦も終わりへ近付いていた。

 

魏軍。

 

黒山軍。

 

両軍ともに限界だった。

 

兵は疲れ。

 

馬も疲れ。

 

将達ですら息を荒くしている。

 

それでも戦いは続いていた。

 

誰も退かない。

 

誰も負けを認めない。

 

何故なら戦場の中心には二人がいたからだ。

 

覇王曹操。

 

黒山の頭領張燕。

 

二人が立っている限り、両軍もまた戦い続ける。

 

だが。

 

張燕は知っていた。

 

このままでは終わらない。

 

華琳は強い。

 

想像以上に強い。

 

武も。

 

知略も。

 

統率も。

 

全てが高い。

 

正面から戦えば互角。

 

いや、長期戦になれば魏軍が有利になる可能性すらあった。

 

だから。

 

張燕は決めた。

 

最後は黒山流で終わらせると。

 

戦場中央。

 

張燕は静かに空を見上げた。

 

夕方が近い。

 

太陽は西へ傾いている。

 

その表情を見た桂花が眉をひそめた。

 

「時雨様」

 

「なんだ」

 

「何を企んでいますか」

 

張燕は笑った。

 

「華琳に勝つ」

 

「それは分かっています」

 

「なら十分だろ」

 

桂花はため息を吐いた。

 

その顔。

 

完全にろくでもない策を思い付いた顔だった。

 

その頃。

 

魏軍本陣。

 

曹操も違和感を覚えていた。

 

「静かね」

 

郭嘉が頷く。

 

確かに静かだった。

 

張燕が何も仕掛けてこない。

 

それが逆に不気味だった。

 

あの男が何もしないはずがない。

 

絶対に。

 

何かある。

 

そして。

 

その予感は当たる。

 

戦場後方。

 

突然。

 

巨大な黒煙が上がった。

 

魏軍の後方だった。

 

「何事!?」

 

伝令が飛ぶ。

 

兵達が騒ぎ出す。

 

さらに別の場所でも煙が上がる。

 

また別の場所でも。

 

次々と。

 

まるで後方全体が燃えているように見えた。

 

「報告!」

 

「急げ!」

 

本陣が慌ただしくなる。

 

伝令が駆け込んでくる。

 

「後方で火災発生!」

 

「被害は!?」

 

「不明!」

 

「何が燃えている!」

 

「それが……」

 

伝令は困惑していた。

 

「藁です!」

 

沈黙。

 

一瞬。

 

本陣が静かになる。

 

郭嘉が目を閉じた。

 

嫌な予感しかしない。

 

曹操も額を押さえた。

 

「時雨……」

 

藁だった。

 

大量の藁。

 

黒山軍が数日前からこっそり集めていた藁の山。

 

それを戦場各地で燃やしたのだ。

 

被害はほぼ無い。

 

兵糧も燃えていない。

 

武器も燃えていない。

 

だが。

 

煙だけは凄まじかった。

 

風が吹く。

 

黒煙が広がる。

 

視界が悪くなる。

 

隊列が見えなくなる。

 

旗も見えない。

 

伝令も通りにくい。

 

そして何より。

 

兵達が不安になる。

 

「敵襲か!?」

 

「包囲されたのか!?」

 

「後方が落ちたぞ!」

 

噂が噂を呼ぶ。

 

混乱が広がる。

 

実害は少ない。

 

だが。

 

戦場ではそれが致命傷になる。

 

「黒山流ですね」

 

郭嘉が苦笑する。

 

「ええ」

 

曹操も笑った。

 

怒る気にもならない。

 

あまりにも張燕らしかった。

 

そして。

 

本命はそこではなかった。

 

煙が広がる。

 

視界が悪くなる。

 

兵達が混乱する。

 

その瞬間。

 

張燕が軍配を振った。

 

「全軍前進!」

 

黒山軍が動く。

 

今まで守勢だった部隊まで動き出す。

 

一斉攻撃。

 

黒山軍の総攻撃だった。

 

しかも。

 

煙によって魏軍は互いの位置を把握しにくい。

 

伝令も遅れる。

 

判断も遅れる。

 

その隙を張燕は見逃さなかった。

 

「押せ!」

 

黒山軍が叫ぶ。

 

兵達が前へ出る。

 

士気は最高潮だった。

 

頭領がいる。

 

勝てる。

 

そう信じている。

 

そして。

 

その勢いは魏軍を押し始めた。

 

少しずつ。

 

確実に。

 

曹操は理解した。

 

負ける。

 

戦場全体で見ればまだ致命的な被害ではない。

 

だが。

 

流れが変わった。

 

兵の心が変わった。

 

そして戦とは結局、人の心で決まる。

 

「見事ね」

 

曹操は笑った。

 

遠く。

 

煙の向こうに張燕の姿が見える。

 

あの男は最後まで黒山賊だった。

 

王道を学んでも。

 

国を治めても。

 

根本は変わらない。

 

勝つためなら何でも使う。

 

それが張燕だった。

 

戦場中央。

 

張燕もまた曹操を見ていた。

 

二人の視線が交わる。

 

言葉は無い。

 

だが伝わる。

 

勝負あり。

 

そういうことだった。

 

しばらくして。

 

魏軍の旗が後退を始める。

 

秩序ある撤退。

 

敗走ではない。

 

だが。

 

敗北だった。

 

覇王曹操は軍を失う前に決断した。

 

これ以上は無意味。

 

これ以上続ければ兵が死ぬ。

 

だから退く。

 

王として正しい判断だった。

 

その様子を見た黒山軍から歓声が上がる。

 

「勝った!」

 

「頭領の勝ちだ!」

 

「黒山軍の勝利だ!」

 

戦場が揺れるほどの歓声。

 

張燕は馬上で静かに息を吐いた。

 

長かった。

 

本当に長かった。

 

官渡から始まった因縁。

 

許昌。

 

長安。

 

数々の戦い。

 

その全ての先にあった戦い。

 

そして。

 

勝った。

 

張燕は槍を肩に担ぐ。

 

遠く。

 

撤退する曹操の姿が見える。

 

覇王は最後まで堂々としていた。

 

負けてもなお王だった。

 

それを見た張燕は小さく笑う。

 

「華琳」

 

風が吹く。

 

関中の戦場を吹き抜ける。

 

黒山軍の旗が揺れる。

 

そして。

 

長き決戦は終わった。

 

勝者は張燕。

 

勝者は黒山軍。

 

外道で卑劣で。

 

王道から最も遠いようでいて。

 

最後まで生き残った黒山の頭領が、ついに覇王を打ち破ったのである。

 




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