第二百八話 長安陥落
関中の決戦が終わった。
勝者は黒山軍。
敗者は魏軍。
その事実は誰の目にも明らかだった。
覇王曹操は最後まで見事な指揮を見せた。
魏軍も最後まで崩れなかった。
だが張燕はそれを上回った。
王道を学び。
黒山流を磨き。
正攻法と外道を混ぜ合わせた末に勝利を掴み取ったのである。
戦場では魏軍の撤退が始まっていた。
敗走ではない。
秩序ある後退だった。
夏侯惇が殿を務める。
夏侯淵が側面を守る。
郭嘉が全体をまとめる。
さすがは魏軍だった。
負けてもなお強い。
負けてもなお美しい。
張燕はその様子を見ながら小さく笑った。
「最後まで華琳の軍だな」
その言葉に桂花も頷く。
「ええ」
敵になった今でも認めるしかない。
魏軍は強かった。
だからこそ今回の勝利に価値がある。
数日後。
黒山軍は西へ進軍した。
目指すは長安。
覇王が新たな都として築いた城。
魏国最後の砦。
長安城だった。
黒山軍十万。
その大軍が長安へ到着した時、城壁の上に立つ魏兵達は息を呑んだ。
黒山の旗。
燕国の旗。
無数の軍勢。
地平線まで埋め尽くしている。
「包囲完了」
伝令が報告する。
張燕は頷いた。
攻めれば落ちる。
そう思う者もいた。
だが張燕は違った。
長安は堅城。
無理攻めは損害が大きい。
そして何より。
華琳がいる。
できれば兵を死なせたくない。
だから張燕は考えた。
そして。
いつものように笑った。
その笑みを見た雪蓮が言う。
「またろくでもない事考えてるわね」
「褒め言葉として受け取っておく」
その夜。
長安城。
城壁では魏兵達が警戒を続けていた。
黒山軍はいつ攻めてくるか分からない。
皆が緊張している。
だが。
誰も気付かなかった。
城の裏手。
暗闇の中。
二つの影が動いている事に。
張燕。
そして恋。
呂布だった。
「恋」
「ん」
「行くぞ」
「ん」
短い返事。
そして二人は城壁を登り始める。
常識では考えられない。
だが恋なら可能だった。
張燕も慣れている。
二人は夜の闇に紛れて城内へ侵入する。
見張りを避ける。
巡回を避ける。
誰にも見つからない。
まるで幽霊だった。
やがて。
二人は城の中心へ辿り着く。
そこは魏王の居城。
曹操のいる場所だった。
「ここか」
張燕は扉を見る。
そして。
迷わず開けた。
部屋の中。
曹操がいた。
郭嘉もいた。
二人とも驚かなかった。
むしろ。
予想していたような顔だった。
「遅かったわね」
曹操が言う。
張燕は笑う。
「歓迎が無いぞ」
「敵に歓迎なんてしないわ」
恋は静かに立っている。
郭嘉は苦笑した。
「本当に来るとは思いませんでした」
「来るだろ」
張燕は当然のように答える。
「俺だぞ」
郭嘉は納得した。
確かにその通りだった。
この男は昔からこうだった。
常識で考えてはいけない。
しばらく沈黙が続く。
そして。
張燕は真面目な顔になる。
「華琳」
曹操も視線を向ける。
「何かしら」
「降伏しろ」
単刀直入だった。
遠回しな言葉は無い。
駆け引きも無い。
ただ真っ直ぐ。
曹操を見る。
部屋は静かだった。
郭嘉も何も言わない。
恋も黙っている。
長い沈黙。
やがて。
曹操は小さく笑った。
「あなたらしいわ」
そして窓の外を見る。
長安。
魏国。
自分の国。
だが。
もう分かっていた。
勝負は決している。
長安は包囲された。
援軍も無い。
兵も疲弊している。
ここで戦えば多くの者が死ぬ。
王として。
今選ぶべき道は一つだった。
「分かったわ」
曹操は静かに言った。
「降伏しましょう」
郭嘉も目を閉じる。
反対はしない。
それが最善だった。
張燕も頷いた。
これで終わる。
長い戦いが。
官渡から続いた因縁が。
「華琳」
張燕は笑った。
「これからは一緒だ」
曹操は少し呆れた顔をする。
「本当に勝手な男ね」
「今更だろ」
「ええ」
曹操も笑った。
悔しさはある。
敗北も認める。
だが不思議と後悔は無かった。
負けた相手が張燕だったからかもしれない。
長き戦い。
長き因縁。
そして。
覇王曹操はついに降伏を受け入れた。
翌朝。
長安の城門が開く。
魏軍は武器を置く。
黒山軍が入城する。
歓声が響く。
こうして。
長安は陥落した。
そして張燕はついに覇王曹操を手に入れたのである。
天下は再び大きく動き始めようとしていた。
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