第二百九話 帰還する覇王
長安陥落。
その報は瞬く間に天下へ広がった。
かつて中原を支配した魏国。
その最後の砦であった長安が開城し、魏王曹操が降伏を受け入れたのである。
この知らせは各地の諸侯を震撼させた。
蜀では劉備が驚き、諸葛亮が沈黙した。
呉では孫権が言葉を失った。
誰もが理解する。
天下の勢力図が再び大きく変わったのだと。
長安城内では混乱もなく降伏手続きが進んでいた。
それは曹操自身が命じたからだった。
無益な抵抗は禁止。
略奪も禁止。
兵士達の安全を最優先。
その命令によって魏軍は秩序を保ったまま武器を置いていく。
黒山軍の兵士達もそれを見て感心していた。
「さすがだな」
張燕は城壁の上からその光景を眺めていた。
隣には曹操が立っている。
黄金の髪が風に揺れる。
敗者になったとは思えないほど堂々としていた。
「当然よ」
曹操は静かに答えた。
「彼らは私の兵だもの」
張燕は笑う。
その言葉が実に曹操らしかった。
最後の最後まで王であり続ける。
それが覇王曹操だった。
数日後。
長安の整理が終わる。
魏軍の将達も順次降伏を受け入れた。
夏侯惇。
夏侯淵。
郭嘉。
それぞれ複雑な思いを抱えていたが、曹操の決断に従った。
そして。
張燕達は東へ向かう。
目的地は許昌。
かつて魏国の都だった場所。
そして張燕が奪い取った場所でもある。
長い行軍の末。
許昌の城壁が見えてきた。
曹操は馬上からその姿を見つめる。
懐かしい景色だった。
あの時は敗北した。
許昌を失った。
国も失った。
そして西へ逃れた。
だが今。
再びこの地へ戻ってきた。
立場は違う。
状況も違う。
しかし許昌は変わらずそこにあった。
「どうした」
張燕が声を掛ける。
曹操は少しだけ笑った。
「懐かしいだけよ」
許昌の城門が開く。
中から多くの者達が現れた。
白蓮。
雪蓮。
桂花。
恋。
そして多くの黒山軍の将達。
彼らは張燕の帰還を歓迎する。
当然だった。
覇王を打ち破ったのだ。
歓声が上がる。
兵士達も沸き立つ。
だが。
その中で最も視線を集めていたのは曹操だった。
かつての敵。
覇王。
その存在感は今なお圧倒的だった。
白蓮は腕を組みながら近付く。
「久しぶりだな」
曹操も頷いた。
「ええ」
短い会話だった。
だがそこには不思議な感慨があった。
敵として戦った日々。
争った年月。
それらが全て終わったのだ。
その夜。
許昌では盛大な宴が開かれた。
黒山軍の勝利。
長安陥落。
そして戦乱の一区切り。
理由は十分だった。
酒が運ばれる。
料理が並ぶ。
兵士達は大いに騒ぐ。
そんな中。
張燕は宴席の端で酒を飲んでいた。
そこへ曹操がやってくる。
「一人?」
「少しな」
曹操も隣へ腰を下ろした。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
張燕が口を開く。
「後悔してるか」
曹操は少し考えた。
長安。
魏国。
失ったものは大きい。
だが。
首を横に振った。
「していないわ」
それが本音だった。
全力を尽くした。
全てを賭けた。
その結果負けた。
なら受け入れるだけだ。
王とはそういうものだった。
張燕は笑った。
「そうか」
「あなたは?」
「何がだ」
「勝った感想よ」
張燕は少し考える。
そして。
空を見上げた。
「まだ終わってない」
その言葉に曹操も頷いた。
確かにそうだった。
魏は降伏した。
しかし天下はまだ統一されていない。
蜀もいる。
呉もいる。
そして天の御使いもいる。
本当の戦いはこれからかもしれない。
夜空には星が輝いていた。
許昌の街は宴の熱気に包まれている。
そして張燕と曹操は静かに酒を飲む。
かつて敵同士だった二人。
今は同じ未来を見据えていた。
天下の行く末を。
そして次なる戦いを。
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