【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百十話 覇王の要求

第二百十話 覇王の要求

 

 

許昌の夜は賑やかだった。

 

長安陥落。

 

魏国降伏。

 

その衝撃は天下を揺るがしていたが、許昌の街では祝宴が続いていた。

 

黒山軍の兵士達は酒を飲み、歌い、騒ぎ、久しぶりの平穏を楽しんでいる。

 

だが。

 

そんな中でも平穏とは程遠い場所があった。

 

張燕の屋敷である。

 

「却下だ」

 

張燕は即答した。

 

その言葉を聞いた曹操の眉がぴくりと動く。

 

「もう一度言ってみなさい」

 

「却下だ」

 

「時雨」

 

「却下だ」

 

部屋の空気が冷え込む。

 

周囲にいた者達は無言で距離を取った。

 

危険だ。

 

非常に危険だ。

 

原因は単純だった。

 

許昌へ戻って数日。

 

曹操はある事実を知った。

 

いや。

 

正確には改めて認識した。

 

張燕の正妻は孫策。

 

雪蓮である。

 

それが気に入らなかった。

 

非常に気に入らなかった。

 

「どうして孫策なのよ」

 

曹操は腕を組む。

 

「どうしてって言われてもな」

 

張燕は困った顔になる。

 

実際に理由は簡単だった。

 

雪蓮が正妻だった。

 

それだけである。

 

しかし曹操は納得しない。

 

「私は納得しないわ」

 

「だろうな」

 

「私の方が優秀よ」

 

「そうだな」

 

「私の方が国も大きかった」

 

「そうだな」

 

「私の方が有名よ」

 

「そうだな」

 

「なら何故孫策なの」

 

張燕は頭を掻く。

 

どう答えても地雷だった。

 

その頃。

 

当の雪蓮は部屋の外で話を聞いていた。

 

面白そうだったからである。

 

白蓮もいる。

 

桂花もいる。

 

恋もいる。

 

何故か全員集まっていた。

 

完全に野次馬だった。

 

「楽しそうね」

 

雪蓮が笑う。

 

「笑い事じゃないだろ」

 

白蓮が呆れる。

 

だが。

 

正直面白かった。

 

覇王曹操が本気で張燕に文句を言っている。

 

こんな光景は天下中探しても見られない。

 

部屋の中。

 

曹操は納得していなかった。

 

どう考えてもおかしい。

 

自分は覇王だった。

 

魏王だった。

 

天下最強の諸侯の一人だった。

 

それなのに。

 

何故か雪蓮が正妻。

 

納得できない。

 

「私は認めないわ」

 

張燕はため息を吐いた。

 

「華琳」

 

「何よ」

 

「お前はお前だろ」

 

曹操が黙る。

 

張燕は続ける。

 

「雪蓮は雪蓮だ」

 

さらに続ける。

 

「比べるもんじゃない」

 

その言葉に曹操は少しだけ目を細めた。

 

張燕らしい答えだった。

 

器用な言葉ではない。

 

上手い言葉でもない。

 

だが本音だった。

 

だから余計に腹が立つ。

 

「ずるい男ね」

 

「よく言われる」

 

「自覚はあるのね」

 

「ある」

 

即答だった。

 

曹操は思わず吹き出した。

 

張燕も笑う。

 

重苦しかった空気が少し和らぐ。

 

だが。

 

問題は解決していない。

 

「それで」

 

曹操が言う。

 

「どうするの」

 

「何がだ」

 

「私の扱いよ」

 

張燕は少し考える。

 

実際。

 

これは難しい問題だった。

 

曹操はただの将ではない。

 

元魏王。

 

覇王。

 

天下有数の人物。

 

適当に扱える相手ではない。

 

その時だった。

 

部屋の扉が勢いよく開く。

 

「だったら本人に聞けばいいじゃない」

 

雪蓮だった。

 

満面の笑みで入ってくる。

 

後ろには白蓮達もいる。

 

完全に盗み聞きしていた顔だった。

 

張燕が呆れる。

 

「聞いてたな」

 

「もちろん」

 

悪びれもしない。

 

雪蓮は曹操を見る。

 

曹操も見返す。

 

一瞬。

 

空気が張り詰める。

 

かつて天下を争った二人。

 

王として並び立った二人。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

雪蓮は笑った。

 

「華琳」

 

「何かしら」

 

「時雨を困らせ過ぎ」

 

曹操は眉をひそめる。

 

「困らせているつもりはないわ」

 

「困ってるわよ」

 

「そうかしら」

 

「そうよ」

 

二人は見つめ合う。

 

そして。

 

同時に笑った。

 

不思議だった。

 

本来なら激しく対立してもおかしくない。

 

だが。

 

互いに王だった。

 

互いに誇り高かった。

 

だからこそ分かるものもある。

 

雪蓮は肩を竦める。

 

「正妻とか側室とか」

 

酒を飲む。

 

そして笑う。

 

「そんなの時雨が決めればいいじゃない」

 

全員が沈黙した。

 

張燕も固まる。

 

曹操も固まる。

 

そして。

 

「それもそうね」

 

曹操が頷いた。

 

まさかの納得だった。

 

白蓮が思わず吹き出す。

 

桂花も頭を抱える。

 

結局。

 

この二人は似ているのだ。

 

王として生きてきた者同士。

 

細かい事で悩んでいるようで、最後は豪快だった。

 

その夜。

 

屋敷には笑い声が響いていた。

 

天下を争った覇王。

 

江東の小覇王。

 

黒山の頭領。

 

かつて敵だった者達が同じ酒を飲む。

 

少し前なら誰も想像できなかった光景だった。

 

そして張燕は思う。

 

戦は終わった。

 

だが。

 

自分を取り巻く騒動は、まだまだ終わりそうにないのであった。

 




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