【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二十一話 黒山の悪鬼

 

 

 

第二十一話 黒山の悪鬼

 

 

 

 汜水関前。

 

 朝霧が大地を覆っていた。

 

 冷たい風が吹き、無数の旗が揺れる。

 

 反董卓連合軍。

 

 その先鋒である公孫瓚軍は、既に出陣準備を終えていた。

 

 兵たちは緊張し、馬はいななき、空気は張り詰めている。

 

 だが。

 

「帰りたい」

 

 先鋒大将だけは死んだ目をしていた。

 

「うるせぇな白馬娘」

 

「だって嫌なんだもん!」

 

 白蓮は本気で泣きそうだった。

 

「何で先鋒なんだよぉ……」

 

「運が悪かったな」

 

「他人事!?」

 

 時雨はケラケラ笑う。

 

 その隣で星が溜息を吐いた。

 

「時雨」

 

「あ?」

 

「そろそろ真面目にしろ」

 

「してる」

 

「どこがだ」

 

 だが。

 

 その時。

 

 時雨の目が変わった。

 

 赤い瞳が細くなる。

 

 戦場を見る目だ。

 

「……来るな」

 

 低い声。

 

 直後。

 

 遠くで鬨の声が響いた。

 

「敵襲!!」

 

 兵たちが一斉に動く。

 

 土煙。

 

 董卓軍。

 

 黒い波のような軍勢が、平原を埋め尽くしていた。

 

 そして。

 

 その先頭。

 

「ハッ! 連合軍言うても大したことあらへんなぁ!!」

 

 紫色の長髪を揺らしながら、大槍を担ぐ女。

 

 張遼。

 

 霞。

 

 その顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

「ウチが蹴散らしたるわ!」

 

 関西訛りの怒声が響く。

 

 董卓軍の士気が上がる。

 

 さらに。

 

「ふん!」

 

 巨大な得物を担ぐ女武将。

 

 華雄。

 

 その姿はまるで猛獣だった。

 

「雑兵など蹴散らしてくれる!」

 

 勇猛。

 

 単純。

 

 そして強い。

 

 見るだけで分かる武人だった。

 

「うわぁ」

 

 桃香が引いていた。

 

「怖いよぉ……」

 

「姉者、下がっていてください」

 

 愛紗が青龍偃月刀を構える。

 

 鈴々も槍を握りしめた。

 

「やるのだ!」

 

 だが。

 

 時雨だけは笑っていた。

 

「へぇ」

 

 赤い目が細まる。

 

「面白そうなのいるじゃん」

 

 星が静かに問う。

 

「どうする」

 

 時雨は酒を一口飲み、そして。

 

「白蓮」

 

「あ?」

 

「指揮貸せ」

 

 空気が変わる。

 

 白蓮は数秒黙り。

 

 そしてニヤリと笑った。

 

「最初からそのつもり」

 

「だろうな」

 

 時雨は立ち上がる。

 

 その瞬間。

 

 黒山兵たちの空気が変わった。

 

「頭領が動くぞ!」

 

「来たぁ!!」

 

「暴れるぞぉぉ!!」

 

 殺気。

 

 熱狂。

 

 空気が一気に黒く染まる。

 

 愛紗が目を細めた。

 

「……凄い」

 

 兵の質ではない。

 

 空気だ。

 

 時雨が立っただけで、軍勢が“獣”になる。

 

 桃香は少し不安そうに時雨を見る。

 

「時雨さん……?」

 

 時雨は笑った。

 

 嫌な笑みだった。

 

「まずは華雄を潰す」

 

「真正面から戦うのか?」

 

 星が問う。

 

「まさか」

 

 時雨は鼻で笑う。

 

「そんな面倒なことするかよ」

 

 その笑顔を見て。

 

 星は少しだけ同情した。

 

 敵に。

 

 戦場。

 

 董卓軍は勢いよく進軍してくる。

 

 霞は豪快に笑っていた。

 

「突っ込めぇ!! 連合軍なんぞ踏み潰したれ!」

 

 董卓軍が咆哮する。

 

 一方。

 

 公孫瓚軍は静かだった。

 

 白蓮が不安そうに時雨を見る。

 

「……大丈夫だよな?」

 

「知らねぇ」

 

「怖いこと言うな!?」

 

 だが時雨は笑う。

 

「まぁ見てろ」

 

 そして。

 

「前列、下がれ」

 

 黒山兵たちが即座に動く。

 

 公孫瓚軍前衛が左右へ開いた。

 

 その瞬間。

 

「放て」

 

 ヒュォォォッ!!

 

 空が黒く染まった。

 

「なっ!?」

 

 霞が目を見開く。

 

 矢。

 

 大量の火矢だった。

 

 だが狙いは兵ではない。

 

 地面。

 

 董卓軍前方の地面へ突き刺さる。

 

 次の瞬間。

 

 ボォォォォォッ!!

 

 炎が爆ぜた。

 

「油か!?」

 

 星が目を細める。

 

 時雨は事前に平原へ油を撒いていた。

 

 そこへ火矢。

 

 炎の壁が董卓軍を包む。

 

「うぉぉぉぉ!?」

 

「熱っ!?」

 

 前列が乱れる。

 

 馬が暴れ、兵が崩れる。

 

 だが。

 

「たかが火ぃや!!」

 

 霞が叫ぶ。

 

「突っ込めぇぇ!!」

 

 強引に突破しようとする。

 

 その瞬間。

 

「今だ」

 

 黒山兵たちが一斉に動いた。

 

 左右から騎兵が飛び出す。

 

 側面攻撃。

 

 混乱した董卓軍へ突き刺さる。

 

「ぐぁっ!?」

 

「な、何やこいつら!?」

 

 時雨は笑っていた。

 

「真正面からやるわけねぇだろ」

 

 愛紗が思わず息を呑む。

 

 汚い。

 

 だが合理的だ。

 

 敵を混乱させ、崩し、横から食う。

 

 完全に賊の戦いだった。

 

「外道だな……」

 

 星が呟く。

 

「褒め言葉?」

 

「褒めてない」

 

 だが。

 

 時雨の狙いは別にあった。

 

「華雄」

 

 赤い目が戦場を走る。

 

 見つけた。

 

 炎を強引に突破し、突撃してくる猛将。

 

「雑魚共がぁぁ!!」

 

 華雄は暴れていた。

 

 一人で兵を吹き飛ばしている。

 

「強ぇな」

 

 時雨は笑う。

 

 そして。

 

「だから単純」

 

 パチン、と指を鳴らした。

 

 その瞬間。

 

 ドゴォォン!!

 

「なっ!?」

 

 華雄の周囲で地面が崩れた。

 

 落とし穴。

 

 しかも深い。

 

「ぐぅっ!?」

 

 馬ごと落下。

 

 土煙が舞う。

 

「華雄様ぁ!?」

 

 董卓軍が混乱する。

 

 時雨はケラケラ笑った。

 

「引っ掛かった」

 

「貴様ぁぁぁ!!」

 

 穴の中から華雄の怒声。

 

 だが既に遅い。

 

「網投げろ」

 

 黒山兵たちが一斉に網を投げ込む。

 

「離せぇぇ!!」

 

 暴れる。

 

 だが穴の中では力が使えない。

 

 さらに。

 

「眠れ」

 

 ボシュッ。

 

 煙玉。

 

 薬入りだった。

 

「ごほっ……!? き、貴様……!」

 

 華雄の動きが鈍る。

 

 そして。

 

 崩れ落ちた。

 

 沈黙。

 

「……え?」

 

 桃香が固まる。

 

 愛紗も絶句していた。

 

「勝ったのか?」

 

「捕まえた」

 

 時雨は笑う。

 

「生け捕り完了」

 

 星が額を押さえた。

 

「本当に外道だなお前……」

 

「戦で綺麗事やる方が馬鹿」

 

 霞は戦場の向こうで呆然としていた。

 

「……は?」

 

 華雄。

 

 董卓軍屈指の猛将。

 

 それが。

 

 開始早々捕まった。

 

「いやいやいや!?」

 

 霞が叫ぶ。

 

「何や今の!?」

 

 董卓軍全体が混乱していた。

 

 一方。

 

 黒山兵たちは大歓声である。

 

「頭領ぉぉぉ!!」

 

「やりやがった!」

 

「最高!!」

 

 白蓮は引いていた。

 

「味方で良かったぁ……」

 

「今さら?」

 

 時雨は楽しそうに笑う。

 

 その笑顔はまるで。

 

 獲物を追い詰めた狼そのものだった。




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