【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

210 / 219
第二百十二話 覇王の誓い

第二百十二話 覇王の誓い

 

 

許昌の空は晴れていた。

 

戦乱の時代とは思えないほど穏やかな青空だった。

 

長安陥落。

 

魏国降伏。

 

そして天下を揺るがした大戦の終結。

 

燕国は今、かつてないほどの勢力を誇っていた。

 

河北四州。

 

兗州。

 

豫州。

 

そして長安を含む関中。

 

広大な領土を抱える大国となったのである。

 

だが。

 

その燕国の中で最も話題になっているのは戦でも政治でもなかった。

 

張燕だった。

 

そして。

 

曹操だった。

 

「本当に決まったのか?」

 

「らしいぞ」

 

「覇王曹操様が?」

 

「頭領の妻になるらしい」

 

兵士達が噂している。

 

町人達も噂している。

 

役人達も噂している。

 

当然だった。

 

かつて天下に名を轟かせた覇王曹操。

 

その人物が今や許昌に住み、張燕の隣にいるのである。

 

数年前なら誰も信じなかった話だった。

 

そして。

 

その日。

 

正式な披露の席が設けられた。

 

許昌の大広間。

 

燕国の将達が集まる。

 

雪蓮。

 

白蓮。

 

恋。

 

桂花。

 

そして元魏軍の面々。

 

全員が顔を揃えていた。

 

張燕はいつも通りだった。

 

特別な衣装こそ着ているが、中身は変わらない。

 

落ち着かない様子で辺りを見回している。

 

「逃げたい顔してるわね」

 

隣で雪蓮が笑う。

 

「逃げたい」

 

「正直ね」

 

「戦場の方が楽だ」

 

それを聞いた雪蓮が吹き出した。

 

その時。

 

大広間の扉が開く。

 

一瞬で空気が変わった。

 

曹操だった。

 

堂々としている。

 

優雅に歩く。

 

敗者になったとは思えない。

 

むしろ以前よりも威厳が増しているように見える。

 

さすが覇王だった。

 

全員の視線が集まる。

 

だが曹操は気にしない。

 

真っ直ぐ張燕の前まで歩いてくる。

 

そして。

 

微笑んだ。

 

「何だその顔は」

 

張燕が言う。

 

「別に」

 

曹操は答える。

 

「少し機嫌が良いだけよ」

 

少しどころではなかった。

 

誰が見ても機嫌が良い。

 

夏侯惇などは思わず苦笑していた。

 

「華琳様があそこまで上機嫌なのは久しぶりだな」

 

夏侯淵も頷く。

 

確かにそうだった。

 

敗北も経験した。

 

国も失った。

 

普通なら落ち込んでいても不思議ではない。

 

だが曹操は違った。

 

前を向いている。

 

それが曹操という人物だった。

 

宴が始まる。

 

酒が運ばれる。

 

料理が並ぶ。

 

笑い声が響く。

 

その中心にいるのは当然ながら張燕と曹操だった。

 

「時雨」

 

曹操が呼ぶ。

 

「何だ」

 

「覚えておきなさい」

 

嫌な予感がした。

 

張燕は直感した。

 

この覇王は絶対に何か言う。

 

そして。

 

予想は当たった。

 

曹操は堂々と胸を張る。

 

そして。

 

全員の前で言い放った。

 

「私があなたを幸せにしてあげるわ」

 

大広間が静まり返った。

 

完全な沈黙。

 

張燕も固まる。

 

白蓮も固まる。

 

桂花は頭を抱える。

 

恋だけは料理を食べている。

 

数秒後。

 

雪蓮が大笑いした。

 

「ははははは!」

 

腹を抱えて笑っている。

 

「さすが華琳!」

 

曹操は当然という顔だった。

 

「何かおかしいかしら」

 

「普通逆だろ!」

 

白蓮が思わず突っ込む。

 

だが曹操は気にしない。

 

「逆?」

 

首を傾げる。

 

本気で分かっていない。

 

そして張燕を見る。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「あなた、自分の事は後回しでしょう」

 

張燕は黙る。

 

否定できない。

 

「面倒事を抱え込む」

 

黙る。

 

「自分より他人を優先する」

 

黙る。

 

「無茶をする」

 

黙る。

 

「戦になると余計な事を考える」

 

黙る。

 

「だから」

 

曹操は微笑んだ。

 

どこか優しい笑みだった。

 

「私が幸せにしてあげると言っているのよ」

 

張燕は頭を掻く。

 

反論できなかった。

 

周囲も妙に納得している。

 

雪蓮まで頷いている。

 

「それはそうね」

 

「お前まで言うのか」

 

「だって本当だもの」

 

張燕は天井を見上げた。

 

味方がいない。

 

完全に包囲されていた。

 

その様子を見て曹操は満足そうだった。

 

戦では負けた。

 

国も失った。

 

だが。

 

それでも手に入れたものもある。

 

今の仲間達。

 

新しい居場所。

 

そして。

 

目の前の男。

 

張燕だった。

 

宴は夜遅くまで続いた。

 

笑い声が絶えない。

 

戦乱の世にしては珍しいほど平和な時間だった。

 

夜。

 

宴が終わる。

 

人々が帰っていく。

 

張燕は一人で庭に出た。

 

夜風が心地良い。

 

ふと空を見上げる。

 

星が輝いていた。

 

その時。

 

後ろから足音が聞こえた。

 

振り返る。

 

曹操だった。

 

「まだ起きていたのか」

 

「あなたこそ」

 

二人は並んで夜空を見る。

 

しばらく沈黙が続く。

 

やがて。

 

曹操が小さく笑った。

 

「時雨」

 

「何だ」

 

「これからもよろしく」

 

短い言葉だった。

 

だが。

 

その中には多くの意味が込められていた。

 

敵だった日々。

 

戦った年月。

 

失ったもの。

 

得たもの。

 

全てを越えた先の言葉だった。

 

張燕も笑う。

 

「こちらこそ」

 

夜風が吹く。

 

許昌の空には無数の星が輝いていた。

 

覇王曹操。

 

黒山の頭領張燕。

 

長き因縁の果てに並び立った二人。

 

そして天下は再び動き始める。

 

だが今だけは。

 

戦ではなく。

 

穏やかな時間が流れていた。

 




感想、評価、お気に入りよろしくお願い致します!

ヒロインアンケート

  • 雪蓮
  • 華琳
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。