【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百二十話 天の御使いの野望

第二百二十話 天の御使いの野望

 

 

成都。

 

蜀の都は勝利に沸いていた。

 

呉を滅ぼし、揚州と徐州を手に入れたことで、蜀はかつてないほどの繁栄を迎えている。

 

街には笑顔が溢れていた。

 

兵士達は勝利を祝い、民は平和の到来を信じている。

 

誰もが未来を夢見ていた。

 

だが。

 

その未来を最も冷静に見つめている男がいた。

 

北郷一刀。

 

天の御使い。

 

蜀躍進の立役者。

 

そして。

 

誰にも語らぬ野望を抱く男だった。

 

深夜。

 

成都城の一室。

 

机の上には天下の地図が広げられている。

 

一刀は静かにそれを見つめていた。

 

北。

 

燕国。

 

南西。

 

蜀。

 

天下は事実上二つに分かれていた。

 

呉は滅びた。

 

魏も敗北した。

 

残るは燕のみ。

 

「ここまで来たか」

 

一刀は小さく呟く。

 

長かった。

 

現代からこの世界へ来た日。

 

右も左も分からなかった。

 

だが今は違う。

 

天下を動かしている。

 

その事実を誰よりも理解していた。

 

そして。

 

彼は静かに笑う。

 

「あと一歩だ」

 

その視線の先には燕国があった。

 

張燕。

 

時雨。

 

黒山の頭領。

 

あの男だけは侮れない。

 

戦の才能。

 

人望。

 

奇策。

 

そして何より。

 

常識に縛られない発想。

 

一刀は張燕を高く評価していた。

 

だからこそ分かる。

 

真正面から戦えば危険だ。

 

勝てる保証はない。

 

ならばどうするか。

 

答えは一つだった。

 

戦う前に崩す。

 

それが一刀の結論だった。

 

翌日。

 

劉備の執務室。

 

桃香は大量の書簡と格闘していた。

 

呉征伐後の処理は多い。

 

新たな領地。

 

新たな役人。

 

新たな税制度。

 

やる事は山ほどあった。

 

そこへ一刀が現れる。

 

「桃香」

 

「あっ、ご主人様」

 

劉備は嬉しそうに顔を上げる。

 

相変わらずだった。

 

一刀への信頼は絶対的だ。

 

疑う事などない。

 

一刀はそんな桃香の前へ座る。

 

そして自然な口調で言った。

 

「燕との同盟だけど」

 

桃香が首を傾げる。

 

「うん」

 

「このままで良いと思う?」

 

その言葉に劉備は少し考えた。

 

「良いと思うよ?」

 

即答だった。

 

それが桃香らしい。

 

争いを嫌う。

 

平和を望む。

 

だから同盟を大切にする。

 

だが。

 

一刀はそれを知っている。

 

だからこそ急がない。

 

「そうだな」

 

一旦同意する。

 

そして。

 

ゆっくりと続けた。

 

「でもさ」

 

桃香は話を聞く。

 

「今の燕って大きすぎないか?」

 

劉備の表情が少し変わる。

 

一刀は地図を広げる。

 

河北。

 

兗州。

 

豫州。

 

関中。

 

広大な領土。

 

確かに巨大だった。

 

「私達も大きいよ?」

 

桃香が言う。

 

「そうだな」

 

一刀は頷く。

 

「でも燕には張燕がいる」

 

その名を聞き桃香は微笑む。

 

「時雨さんだね」

 

敵意はない。

 

むしろ好意がある。

 

昔からの縁だ。

 

だが一刀は続ける。

 

「もし時雨さんじゃなくなったら?」

 

「え?」

 

「もし次の世代になったら?」

 

桃香が黙る。

 

一刀はさらに言う。

 

「今は良い」

 

「うん」

 

「でも十年後は?」

 

「……」

 

「二十年後は?」

 

劉備は答えられない。

 

それは未来の話だった。

 

だが同時に現実でもある。

 

一刀は焦らない。

 

少しずつ種を蒔く。

 

疑念という種を。

 

「同盟は永遠じゃない」

 

静かな声だった。

 

「歴史が証明してる」

 

桃香は俯く。

 

一刀はさらに追い込まない。

 

ここで無理に説得しても意味がない。

 

必要なのは時間だ。

 

考えさせる事。

 

それだけで良い。

 

その夜。

 

諸葛亮の元にも一刀は現れた。

 

朱里。

 

愛紗。

 

鈴々。

 

蜀の重臣達。

 

彼らとも自然に話をする。

 

表向きは今後の国政について。

 

だが。

 

話題は少しずつ燕へ向かう。

 

「燕は今や天下最大級です」

 

諸葛亮が言う。

 

「そうだな」

 

一刀は頷く。

 

「味方なら心強い」

 

愛紗も言う。

 

「そうだな」

 

また頷く。

 

だが。

 

その後に続く言葉は違った。

 

「敵になればもっと怖い」

 

部屋が静かになる。

 

一刀は何事もないように茶を飲む。

 

誰も気付かない。

 

少しずつ。

 

少しずつ。

 

空気が変わっている事に。

 

疑念。

 

警戒。

 

不安。

 

それらが僅かに生まれ始めていた。

 

同盟はまだ存在する。

 

表向きは強固だ。

 

だが。

 

一刀が狙っているのはそこだった。

 

剣で切る必要はない。

 

内部から崩せばいい。

 

信頼を揺らせばいい。

 

「まずは同盟を壊す」

 

一刀は夜、一人で呟く。

 

月明かりが窓から差し込む。

 

その瞳は静かだった。

 

冷静だった。

 

そして。

 

どこまでも計算されていた。

 

張燕は強い。

 

だからこそ正面から戦わない。

 

まずは孤立させる。

 

蜀と燕の同盟を終わらせる。

 

そこから全てが始まる。

 

天下統一。

 

誰にも語らぬ野望。

 

それが北郷一刀の本心だった。

 

成都の夜は静かだった。

 

だがその裏で。

 

次なる天下の戦いは既に始まろうとしていたのである。

 




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