第二十二話 黒狼の挑発
汜水関前。
戦場にはまだ煙が残っていた。
焦げた臭い。
血の臭い。
倒れた兵たちの呻き声。
先鋒戦は、公孫瓚軍の勝利で終わった。
しかも。
董卓軍の猛将・華雄を生け捕りという大金星付きで。
「いや本当に何なんだよお前……」
白蓮は頭を抱えていた。
「開始早々敵将捕まえるとか聞いたことないぞ」
「俺も初めてやった」
「ぶっつけ本番だったの!?」
時雨はケラケラ笑う。
周囲の黒山兵たちは大盛り上がりだった。
「頭領最高!!」
「董卓軍ビビって逃げましたぜ!」
「このまま関も落とせるんじゃ!?」
実際、董卓軍の混乱は凄まじかった。
霞はすぐさま撤退を選び、汜水関へ籠城。
連合軍側の士気は爆発的に上がっている。
一方。
諸侯たちは微妙な顔だった。
「公孫瓚が功を立てた……?」
「いや、張燕が異常すぎるだけだろ……」
「賊の戦いだぞあれ……」
誰もが引いていた。
特に落とし穴と薬入り煙玉のコンボは評判が悪い。
だが。
効果は絶大だった。
「まぁ勝ちは勝ちだし」
時雨は酒を飲む。
愛紗は少し複雑そうだった。
「……納得はいかんが」
「あ?」
「確かに被害は少なかった」
もし真正面から華雄とぶつかっていれば、こちらも大損害だっただろう。
だが時雨は、まともに戦わなかった。
嵌めた。
徹底的に。
「戦に綺麗も汚いもねぇよ」
時雨は静かに言う。
「勝った奴が生き残る」
愛紗は黙る。
理解はできる。
だが。
どうしても、この男の戦い方には慣れなかった。
「まぁでも」
時雨は笑う。
「まだ終わってねぇ」
「……何?」
赤い目が、遠くの汜水関を見る。
「次は紫髪だ」
霞。
董卓軍の将。
あの女はまだ戦意を失っていない。
「捕まえる」
「簡単に言うな……」
星が呆れる。
だが時雨は本気だった。
そして。
その本気が、最悪の形で発揮される。
翌朝。
汜水関の上では、董卓軍が慌ただしく動いていた。
「華雄まだ見つからへんのか!?」
霞が怒鳴る。
「は、はい! 捜索隊も戻ってきません!」
「クソッ……!」
霞は舌打ちした。
嫌な予感がする。
あの赤目の男。
張燕。
アイツは絶対、普通のことをしない。
戦場の空気を読む勘が、霞に警鐘を鳴らしていた。
その時。
「張遼様!」
「何や!」
「敵軍が前へ!」
霞が城壁へ駆け上がる。
そして。
「……は?」
固まった。
平原の中央。
そこにあったのは一本の柱。
そして。
「華雄!?」
磔にされた華雄だった。
董卓軍が騒然となる。
「なっ!?」
「華雄様!?」
柱へ縛り付けられた華雄は、まだ気絶したままだった。
だが。
問題はそこではない。
その前に立っている男。
時雨。
赤い目で笑っている。
「おーい紫髪ぃー!」
最悪だった。
霞は頭を抱えたくなる。
「何やアイツ……」
時雨は楽しそうに叫ぶ。
「大将返してほしいかー?」
「当たり前やろ!!」
「じゃあ降伏しろー!」
「するわけあるか!!」
当然である。
だが。
時雨はニヤニヤ笑っていた。
「じゃあ仕方ねぇな」
そして。
華雄の鎧へ手を掛けた。
「……は?」
霞が固まる。
ベリッ。
肩当てが外される。
「ちょっ……!?」
董卓軍全体がざわついた。
「おい待て!?」
「貴様何を!?」
時雨は楽しそうだった。
「一枚ずつ脱がしてく」
「最低やコイツ!?」
星が頭を抱える。
「本当にやるとは思わなかった……」
愛紗も絶句していた。
「時雨ぃぃ!!」
白蓮が叫ぶ。
「お前それ絶対怒られるやつ!!」
「今さら?」
ケラケラ笑う。
その顔は完全に悪党だった。
桃香だけがオロオロしている。
「だ、大丈夫かなぁ……」
「姉者は気にしなくていいです!」
愛紗が慌てる。
一方。
汜水関上では霞が真っ赤だった。
「こ、このド外道ぉぉぉ!!」
「褒めんなよ」
「褒めてへんわ!!」
時雨は華雄の外套を剥ぐ。
さらに腰当て。
董卓軍兵士たちが騒然となる。
「やめろぉぉ!!」
「華雄様がぁ!!」
だが。
時雨の狙いは別にあった。
挑発。
徹底的な挑発だ。
霞は仲間想いだ。
義理堅い。
だからこそ、冷静でいられなくなる。
「出てこいよ紫髪」
時雨は笑う。
「助けたくねぇの?」
霞の拳が震えていた。
分かっている。
罠だ。
アイツは自分を誘っている。
だが。
「クソがぁ……!」
怒りが止まらない。
城壁の向こうで、時雨がニヤニヤ笑っている。
完全に煽っていた。
「時雨」
星が静かに問う。
「本当に来ると思うか」
「ああ」
時雨は即答した。
「アイツ、仲間思いだからな」
だからこそ。
引きずり出せる。
時雨の戦いは、正々堂々とは真逆だった。
相手の感情を揺さぶり、冷静さを奪い、罠へ嵌める。
汚い。
卑劣。
だが。
恐ろしく効果的だった。
そして。
城壁の上で。
霞はついに槍を掴む。
「開門や!!」
「張遼様!?」
「華雄助ける!!」
董卓軍がざわつく。
だが霞は止まらない。
怒りで目が燃えていた。
その様子を見て。
時雨は静かに笑った。
「釣れた」
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