【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百二十二話 訓練場の決闘と黒山軍の賭け

第二百二十二話 訓練場の決闘と黒山軍の賭け

 

 

許昌へ連れ戻されてから三日。

 

張燕は早くも限界を迎えていた。

 

机。

 

書類。

 

机。

 

書類。

 

また机。

 

また書類。

 

桂花が持ってくる。

 

処理する。

 

終わる。

 

また持ってくる。

 

終わらない。

 

無限だった。

 

「おかしい」

 

張燕は真顔で呟いた。

 

「何がおかしいんですか」

 

目の前の桂花が即座に反応する。

 

「書類が減らない」

 

「減っています」

 

「増えてるぞ」

 

「新しい仕事が来てるんです」

 

「じゃあ減ってないじゃないか」

 

桂花の額に青筋が浮かぶ。

 

張燕は察した。

 

危険だ。

 

非常に危険だ。

 

これ以上ここにいると説教第二ラウンドが始まる。

 

そして。

 

張燕は決断した。

 

逃げよう。

 

黒山から連れ戻されたばかりだが関係ない。

 

逃げる時は逃げる。

 

それが黒山流である。

 

数分後。

 

張燕は窓から脱出していた。

 

「自由だー!」

 

誰も聞いていない場所で小さく叫ぶ。

 

気分は最高だった。

 

しばらく許昌の街を歩く。

 

平和だった。

 

民達は笑っている。

 

商人達も元気だ。

 

戦乱の時代とは思えない。

 

「良い国になったな」

 

張燕は少しだけ嬉しくなった。

 

だが。

 

自分がその仕事から逃げている事は考えない。

 

考えたら負けである。

 

そして。

 

気付けば軍の訓練場へ辿り着いていた。

 

大きな歓声が聞こえる。

 

妙に騒がしい。

 

何事かと思い中へ入る。

 

すると。

 

「おおおおおお!」

 

「やれー!」

 

「負けるなー!」

 

凄まじい熱気だった。

 

黒山軍の兵士達が大量に集まっている。

 

まるで祭りだった。

 

中央を見る。

 

そこで対峙していたのは。

 

張遼。

 

そして。

 

馬超だった。

 

「霞と翠か」

 

張燕は思わず笑った。

 

二人とも武器を構えている。

 

完全な模擬戦だった。

 

周囲では兵士達が盛り上がっている。

 

「張遼将軍に銀貨五枚!」

 

「馬超将軍に十枚!」

 

「俺は引き分けだ!」

 

張燕が目を細めた。

 

賭けていた。

 

完全に賭博だった。

 

しかも堂々と。

 

「何やってんだあいつら」

 

呆れながらも見てしまう。

 

黒山軍らしいと言えばらしい。

 

昔からこうだった。

 

戦より賭けの方が盛り上がる。

 

その時。

 

兵士の一人が張燕に気付いた。

 

「頭領だ!」

 

一瞬で視線が集まる。

 

「頭領!」

 

「時雨様!」

 

「帰ってきた!」

 

張燕は嫌な予感がした。

 

そして予感は当たる。

 

「頭領も賭けますか!」

 

即座だった。

 

「賭ける前提なのか」

 

「もちろんです!」

 

黒山兵達は真顔だった。

 

昔からそうだった。

 

頭領も参加する。

 

それが当然だった。

 

張燕は苦笑する。

 

そして中央を見る。

 

張遼。

 

馬超。

 

どちらも強い。

 

本当に強い。

 

武勇だけなら天下でも上位だろう。

 

「難しいな」

 

兵士達が注目する。

 

「どっちですか!」

 

「どっちですか!」

 

張燕は少し考えた。

 

そして。

 

銀貨を取り出す。

 

「霞だ」

 

周囲がざわつく。

 

張遼派が歓喜する。

 

「よっしゃあ!」

 

「頭領も霞将軍だ!」

 

反対に馬超派は悲鳴を上げる。

 

「終わった!」

 

「頭領の勘は当たるんだよな!」

 

馬超本人が聞いたら怒りそうだった。

 

その頃。

 

中央では試合が始まっていた。

 

馬超が先に動く。

 

速い。

 

凄まじい速度だった。

 

白銀の槍が突き出される。

 

だが。

 

張遼も反応する。

 

偃月刀が槍を弾く。

 

火花。

 

歓声。

 

土煙。

 

兵士達がさらに盛り上がる。

 

「おおおお!」

 

「速い!」

 

「見えねえ!」

 

二人とも本気だった。

 

模擬戦だが手加減はない。

 

馬超は豪快。

 

張遼は技巧派。

 

戦い方も対照的だった。

 

張燕は腕を組みながら観察する。

 

昔ならただ見ていた。

 

だが今は違う。

 

王道の戦も学んだ。

 

だから見える。

 

成長が。

 

「翠も強くなったな」

 

ぽつりと呟く。

 

馬超の踏み込みが鋭い。

 

無駄が減っている。

 

経験を積んだ証拠だった。

 

一方。

 

張遼も負けていない。

 

動きが洗練されていた。

 

力だけではない。

 

技術がある。

 

戦場経験の差が見える。

 

そして。

 

数十合。

 

激しい攻防の末。

 

張遼の剣が馬超の首元で止まった。

 

勝負あり。

 

訓練場が揺れる。

 

「おおおおおお!」

 

「霞将軍だ!」

 

「勝ったー!」

 

張遼が偃月刀を下ろす。

 

馬超は悔しそうに唸った。

 

「また負けた!」

 

「あと少しやったで」

 

張遼は笑う。

 

二人とも楽しそうだった。

 

そして。

 

黒山軍の賭けが精算され始める。

 

悲鳴と歓喜が飛び交う。

 

まさに地獄絵図だった。

 

張燕は笑っていた。

 

やっぱりこういう空気は良い。

 

黒山軍らしい。

 

その時だった。

 

後ろから冷たい声が聞こえる。

 

「楽しそうですね」

 

張燕が固まる。

 

聞き覚えがあった。

 

非常に聞き覚えがあった。

 

ゆっくり振り返る。

 

そこには。

 

桂花がいた。

 

笑顔だった。

 

満面の笑顔だった。

 

だが。

 

目が笑っていない。

 

全く笑っていない。

 

訓練場の空気が凍る。

 

黒山兵達も察した。

 

危険だと。

 

「桂花」

 

「時雨様」

 

「仕事は?」

 

「山ほどあります」

 

「そうか」

 

「そうです」

 

沈黙。

 

兵士達が後退する。

 

誰も巻き込まれたくない。

 

張遼も馬超も距離を取る。

 

そして。

 

桂花は優しく言った。

 

「戻りましょうか」

 

「嫌だ」

 

即答だった。

 

「そうですか」

 

桂花は笑う。

 

さらに笑う。

 

そして。

 

背後から大量の文官達が現れた。

 

書類を抱えて。

 

山のような書類を。

 

張燕は絶望した。

 

逃げ道がない。

 

完全包囲だった。

 

まるで黒山で捕まった時のように。

 

兵士達は黙って合掌する。

 

頭領。

 

頑張れ。

 

そんな視線だった。

 

張燕は空を見上げる。

 

青空が広がっていた。

 

自由は短かった。

 

あまりにも短かった。

 

こうして。

 

黒山頭領は再び執務室へ連行されるのであった。

 

一方その頃。

 

遠く成都では。

 

天の御使いが静かに次なる策を巡らせている。

 

張燕が知らぬところで。

 

天下の運命は再び動き始めていた。

 




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