【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百二十七話 黒山流の尋問

第二百二十七話 黒山流の尋問

 

 

許昌の夕暮れ。

 

城下町の一角にある古びた倉庫。

 

そこは表向きには物資置き場だった。

 

だが黒山軍の古参兵達は知っている。

 

ここが何に使われる場所なのかを。

 

元々黒山賊だった彼らには、怪しい人間を見つけ出し、捕まえ、情報を聞き出すための場所が必要だった。

 

今では燕国の正式な施設ではない。

 

だが。

 

昔からの慣習というものは簡単には消えない。

 

そして今。

 

その倉庫の中では、一人の男が椅子に座らされていた。

 

縄で縛られている。

 

目隠しはされていない。

 

周囲には黒山兵が何人もいた。

 

全員笑顔だった。

 

男はそれが逆に怖かった。

 

「さて」

 

古参兵の一人が言う。

 

「名前は?」

 

男は黙る。

 

「出身は?」

 

黙る。

 

「所属は?」

 

やはり黙る。

 

黒山兵達は顔を見合わせた。

 

そして。

 

全員が頷く。

 

「なるほど」

 

「なるほど」

 

「そういうタイプか」

 

男の額に汗が流れた。

 

何故か分からない。

 

だが。

 

嫌な予感しかしない。

 

一方その頃。

 

許昌城。

 

張燕は雪蓮と酒を飲んでいた。

 

「もう捕まった頃かしら」

 

雪蓮が言う。

 

「たぶんな」

 

張燕は酒を飲む。

 

黒山軍の行動力は異常だった。

 

怪しい人間を見つける能力も異常だった。

 

元賊だからである。

 

「本当に蜀なの?」

 

「まだ分からん」

 

張燕は正直に答えた。

 

証拠はない。

 

だが。

 

状況的には怪しい。

 

そして。

 

もし蜀なら。

 

北郷一刀が動いている可能性が高い。

 

「天の御使いね」

 

雪蓮もその名を口にする。

 

昔はただの男だった。

 

だが今は違う。

 

呉を滅ぼした男。

 

天下を動かしている男。

 

その存在感は日に日に大きくなっていた。

 

張燕は少し考える。

 

そして。

 

ぽつりと呟いた。

 

「面倒な奴だな」

 

珍しい言葉だった。

 

張燕は基本的に敵を恐れない。

 

董卓。

 

袁紹。

 

曹操。

 

どんな相手にも向かっていった。

 

だが。

 

北郷一刀だけは違う。

 

戦場で戦っていない。

 

考え方も分からない。

 

何を狙っているかも分からない。

 

それが不気味だった。

 

その頃。

 

倉庫では尋問が続いていた。

 

「腹減ってないか?」

 

黒山兵が聞く。

 

男は困惑した。

 

「……」

 

「飯食うか?」

 

また聞く。

 

男は答えない。

 

すると。

 

本当に飯が出てきた。

 

焼き魚。

 

漬物。

 

味噌汁。

 

なかなか豪華だった。

 

男は混乱する。

 

尋問ではないのか。

 

黒山兵達も一緒に食べ始める。

 

「うまいな」

 

「うまい」

 

「今日の魚は当たりだ」

 

完全に夕食だった。

 

男はさらに混乱する。

 

だが。

 

空腹には勝てない。

 

少しずつ食べ始めた。

 

その瞬間。

 

黒山兵達が笑う。

 

「食ったな」

 

男の顔が引きつる。

 

「仲間だ」

 

「仲間だな」

 

「仲間だ」

 

意味が分からない。

 

だが。

 

黒山兵達は満足そうだった。

 

元々彼らは賊である。

 

堅苦しい尋問など得意ではない。

 

酒を飲み。

 

飯を食い。

 

雑談しながら相手の口を軽くする。

 

それが黒山流だった。

 

そして。

 

一時間後。

 

男はかなり喋っていた。

 

本人も気付かないうちに。

 

「で?」

 

黒山兵が聞く。

 

「どこから来たんだ?」

 

男は答える。

 

「成都……」

 

その瞬間。

 

全員が静かになった。

 

答えが出た。

 

蜀だった。

 

男もハッとする。

 

やってしまった。

 

完全に口を滑らせた。

 

だが。

 

もう遅い。

 

黒山兵達は満足そうに頷いている。

 

「なるほど」

 

「やっぱりか」

 

「成都ね」

 

男は頭を抱えたくなった。

 

拷問も脅迫もされていない。

 

ただ飯を食っただけだった。

 

それなのに喋ってしまった。

 

黒山流恐るべしである。

 

翌朝。

 

報告は張燕の元へ届いた。

 

執務室。

 

珍しく張燕は逃げていなかった。

 

いや。

 

逃げようとして桂花に捕まった直後だった。

 

「成都」

 

張燕は報告書を見る。

 

雪蓮も隣にいる。

 

「当たりね」

 

「そうだな」

 

やはり蜀だった。

 

そして。

 

その背後にいるのは恐らく。

 

北郷一刀。

 

雪蓮は腕を組む。

 

少し不機嫌そうだった。

 

「私を調べてどうするつもりかしら」

 

「さあな」

 

張燕は笑う。

 

だが目は笑っていなかった。

 

「まあ」

 

報告書を机に置く。

 

「向こうが動くならこっちも動くだけだ」

 

黒山時代から変わらない。

 

仕掛けられたなら仕掛け返す。

 

それだけだった。

 

雪蓮はその顔を見て苦笑する。

 

「ああ」

 

知っている。

 

その顔だ。

 

張燕が嫌がらせを考えている時の顔だった。

 

そして。

 

遠く成都では。

 

北郷一刀が次の一手を考えていた。

 

自分の放った間者が既に捕まっている事も知らずに。

 

蜀と燕。

 

表向きには同盟国。

 

だが。

 

その水面下では。

 

静かな駆け引きが始まっていたのである。

 




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