【黒山の狼、乱世を嗤う】   作:パスカルDX

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第二百二十八話 祝いの席と黒山の頭領

第二百二十八話 祝いの席と黒山の頭領

 

 

許昌。

 

その日の朝は珍しく穏やかだった。

 

少なくとも張燕にとっては。

 

桂花に捕まる前に執務室へ入れた。

 

書類の山も昨日より少なく見える。

 

もちろん気のせいだった。

 

だが本人がそう思うなら幸せである。

 

そんな時だった。

 

一人の伝令が駆け込んでくる。

 

「報告です!」

 

「何だ?」

 

張燕が顔を上げる。

 

伝令は一枚の書簡を差し出した。

 

張燕は受け取る。

 

中身を見る。

 

そして。

 

「へえ」

 

少し驚いた。

 

その反応に桂花も興味を持つ。

 

「何があったんですか?」

 

「建業だ」

 

「建業?」

 

「孫権が子供を産んだらしい」

 

部屋が静かになる。

 

桂花も目を瞬かせた。

 

建業。

 

現在は蜀の重要都市。

 

そして蓮華。

 

元呉の王族。

 

北郷一刀の正妻。

 

その二人の間に子供が生まれた。

 

天下を見渡しても大きな出来事だった。

 

「なるほど」

 

桂花も頷く。

 

政治的にも意味は大きい。

 

一刀の立場はさらに強固になるだろう。

 

張燕は椅子へ深く座る。

 

しばらく考える。

 

そして。

 

突然立ち上がった。

 

「行くか」

 

「どこへです?」

 

「建業」

 

桂花の表情が固まった。

 

嫌な予感しかしない。

 

「何をしにです?」

 

「祝いだ」

 

張燕は当然のように答える。

 

「祝い?」

 

「子供が生まれたんだぞ」

 

それは確かにそうだった。

 

祝い事である。

 

だが。

 

相手は蜀。

 

しかも今は微妙な時期。

 

普通なら使者を送る。

 

本人が行くものではない。

 

しかし。

 

張燕は普通ではなかった。

 

「行く」

 

「却下です」

 

「何故」

 

「何故じゃありません」

 

桂花が額を押さえる。

 

だが。

 

張燕は本気だった。

 

昔からそうだ。

 

敵だろうが味方だろうが。

 

祝い事は祝いに行く。

 

そういう男だった。

 

結局。

 

数日後。

 

張燕は許昌を出発した。

 

しかも。

 

一人ではない。

 

雪蓮。

 

華琳。

 

二人の正妻を連れて。

 

道中。

 

三人は馬を並べて進んでいた。

 

「何で私達まで来るのよ」

 

雪蓮が苦笑する。

 

「旅行だ」

 

「絶対違うわね」

 

即答だった。

 

華琳も呆れている。

 

「あなたの場合、それだけでは終わらないでしょう」

 

張燕は笑う。

 

否定しなかった。

 

当然である。

 

祝いは本当だ。

 

だが。

 

それだけではない。

 

北郷一刀。

 

天の御使い。

 

今最も警戒している男。

 

その男を直接見る機会でもある。

 

「会っておきたい」

 

張燕はぽつりと呟く。

 

雪蓮と華琳も理解した。

 

結局そこだった。

 

戦うかもしれない相手。

 

ならば。

 

直接見ておきたい。

 

黒山の頭領らしい考えだった。

 

数日後。

 

建業。

 

蜀の兵士達が城門を守っている。

 

そこへ。

 

燕国の一行が到着した。

 

先頭にいるのは張燕。

 

雪蓮。

 

華琳。

 

護衛は最小限。

 

まるで観光だった。

 

城門の兵士達は大騒ぎになった。

 

当然である。

 

燕国の実力者達が突然現れたのだ。

 

報告はすぐ城内へ届いた。

 

そして。

 

北郷一刀も驚いていた。

 

「張燕が?」

 

「はい」

 

「本人です」

 

一刀は思わず笑った。

 

予想外だった。

 

本当に予想外だった。

 

まさか本人が来るとは思わない。

 

「何しに来たんだ?」

 

伝令は答える。

 

「祝いだそうです」

 

一刀はさらに笑った。

 

実に張燕らしい。

 

敵か味方か。

 

そんな事より祝い事。

 

そういう男だった。

 

やがて。

 

城内の広間。

 

張燕と一刀は再会した。

 

「久しぶりだな」

 

張燕が笑う。

 

一刀も笑う。

 

「本当に来たのか」

 

「祝いだからな」

 

「普通は使者だろ」

 

「俺だからな」

 

その一言で終わった。

 

周囲も苦笑する。

 

確かにその通りだった。

 

そして。

 

蓮華も現れる。

 

腕には赤子。

 

雪蓮は思わず目を細めた。

 

「可愛いじゃない」

 

華琳も頷く。

 

「元気そうね」

 

蓮華は少し照れながら礼を言う。

 

こうして。

 

祝いの席は始まった。

 

酒が運ばれる。

 

料理も並ぶ。

 

表面上は平和だった。

 

誰もが笑っている。

 

だが。

 

張燕と一刀だけは違った。

 

笑いながら。

 

互いを観察していた。

 

北郷一刀は思う。

 

やはり読めない男だ。

 

天下最大級の勢力を持ちながら。

 

まるで昔の賊のまま。

 

野心が見えない。

 

だが。

 

だからこそ危険だった。

 

一方。

 

張燕も考える。

 

やはり頭が回る。

 

言葉の選び方。

 

周囲への気配り。

 

人心掌握。

 

全てが自然すぎる。

 

戦場より怖い相手かもしれない。

 

宴が続く。

 

笑い声が響く。

 

だが。

 

その裏で。

 

二人とも静かに動いていた。

 

張燕は建業の様子を見る。

 

兵士達。

 

民達。

 

役人達。

 

蜀の支配体制。

 

全てを観察する。

 

一刀も同じだった。

 

張燕の行動。

 

雪蓮との関係。

 

華琳との関係。

 

そして燕国の空気。

 

互いに探り合っていた。

 

誰にも気付かれないまま。

 

祝いの宴は続く。

 

赤子の誕生を祝う平和な席。

 

しかし。

 

その裏では。

 

未来の天下を左右する二人の男が。

 

静かに次の一手を考えていたのである。

 




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